言論の自由を弾圧しているのはマスコミ

『マスコミ批判をする自由を弾圧するマスゴミ-井内特捜部長を守れ!』と題するブログ記事を以下に紹介します。マスコミの断片報道でいかに言論が歪曲されているかがよくわかります。少し長いですが以下に転載します。

以下ブログより転載
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特捜部長の文書『穏当さに欠けた』
 東京地検特捜部の井内顕策部長が今月初め、複数報道機関の記者に「マスコミは、やくざ者より始末におえない悪辣(あくらつ)な存在」とする文書を配っていたと週刊誌に報道されたことを受け、南野知恵子法相は二十八日の閣議後記者会見で「穏当に欠ける部分があった」と弁明した。しかし、「私信であり、本人も謝罪した」と述べ、井内部長を処分する考えはないとした。
 文書は「東京地検特捜部長に就任して」と題するもので、▽マスコミの取材と報道は捜査にとり有害無益▽卑しい薄汚い動機に基づいて捜査を妨害し、犯罪支援を行っている▽マスコミほどいいかげんで無責任な組織はない-などと書かれている。
 これについて野党は「国民の知る権利を侵害する重大なメディア規制だ」としており、通常国会で法相を追及する方針だ。
(東京新聞 2005/1/28)


マスゴミお得意の切り貼り記事じゃぁ井内部長が本当に不適当な事を言ったかどうかが分からないので、ここにその全文を掲載しておく

===============転載開始==============
東京地検特捜部長に就任して
(中略)
 さらにマスコミとの戦いがあります。正直なところ、マスコミの取材と報道は捜査にとって有害無益です。マスコミが無闇に事件関係者に取材したり、特捜部が誰を呼びだして取り調べたとか、捜索をしたとかの捜査状況の報道をしたり、逮捕や捜索の強制捜査のいわゆる前打ち報道をしたりすることによって、事件関係者に捜査機関の動きや捜査の進展具合を察知され、事件関係者が否認や黙秘に転じたり、その口が固くなって供述が後退したり進展しなくなったり、証拠隠滅工作がなされたり、関係者の逃亡やあげくの果てには自殺に至るということが少なくありません。そのような報道や取材は、まさに、捜査を妨害し、事件を潰して刑事責任を負うべき者や組織にそれを免れさせ、社会正義の実現を妨げ、犯罪者及び犯罪組織を支援している以外の何物でもありません。それは、同時にマスコミが犯罪者そのものに成り下がっていることの現れであると言って少しも過言ではありません。私は、常々、記者らに、そのような取材や報道に何の社会的意味があるのか、君らは犯罪支援をしていて恥じないのかと言っているのですが、まともな反論を聞いたことがありません。私の指摘が正鵠を得ているが故に有効な反論をし得ず、逃げているだけなのです。

 その上、マスコミは、無責任に捜査をあおるだけあおっておいて、結果があおった通りにならないと、一転して手の平を返すごとく捜査を揶揄したり皮肉ったりするのが常套手段です。

 しかも間違ったあるいは捜査妨害の報道や取材をしても、謝罪するどころか、論理をすり替えて他に責任を転嫁するのが彼らのこれ又常套手段です。この世の中で、マスコミほどいい加減で無責任な組織はないというのが、私が特捜検事を長くしてきた経験に基づく実感です。

 そして、そのような取材や報道をする記者達の動機は、社会正義の実現などという崇高なものでは決してありません。自分がマスコミの社内で高く評価されるための功名心、あるいはそれと裏腹の自分が低く評価されて左遷などされないための自己保身以外の何物でもないのです。実際に、数は少ないのですが、それでも多少でも心ある記者は、私に内々そのような動機に基づく取材や報道であることを認めています。

 以前に、法の華三法行という組織の犯罪について強制捜査(これ自体は警視庁が担当したものですが、本質は何も変わりません)の前打ち報道をしたことが原因となって証拠隠滅がなされたことがあり、読者からその前打ち報道について批判されたことがありました。その批判に対して、その社の記者は、「捜査の進展を把握し、正確かつできるだけ迅速に伝えることは、報道機関の責務であり、捜査機関をチェックするうえでも必要なことだとも考えている」旨の弁明記事を掲載しました。しかし、これは、私に言わせれば詭弁の最たるものです。どこに捜査の進展を把握し、正確かつできるだけ迅速に伝えることによって事件が潰れ、犯罪者がその罪を免れて良いと考える国民がいるでしょうか。少なくとも良識のある国民はそんなことは一つも望んでいません。しかも正確な報道どころか、誤った報道が多いのですからこの弁明は噴飯ものです。また、そもそも捜査機関のチェックをすることによって事件を潰してしまったら元も子もないはずです。それ以上に捜査機関のチェックができるだけの見識と良識を持った記者に今までついぞお目にかかったことがありませんし、本当に捜査機関のチェックをするというなら捜査後でなければし得ないはずです。

 そのような意味で、マスコミは、やくざ者より始末に終えない悪辣な存在です。少なくともやくざ者は、自分たちが社会から嫌われ、また社会にとって有害な存在であることを自覚し、自認しています。ところが、マスコミは表面的には社会正義の実現などというきれい事を標榜しながら、実際はそのような卑しい薄汚い動機に基づいて捜査を妨害し、社会正義の実現を妨げ、犯罪支援を行っているのです。厚顔無恥も甚だしいものがあります。まさに百年河清をまつ思いです。
(以下略)
===============転載終り==============
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以上ブログ転載

権力を笠にきて、マスコミ批判をし、言論を弾圧しているかのような新聞記事ですが、本文を読めば特捜部長の論旨は明解で、多くの人が支持するところでしょう。当然、マスコミが全文を掲載することはありえません。これこそ「編集権を笠にきたマスコミの言論弾圧」といえるのではないでしょうか。

阿部和雄
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