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新しい経済学の可能性

>やはり、人間の意識を把握しないと、経済学も含め時代は語れないと言うことでしょう。

今の経済学が終わっており、古臭いものになっていることは、みんな分かってますし、批判するだけなら(学者自身が自己否定しなくても)子供でもできます。古典派経済学以降、サプライサイド、マネタリズムなど、いろんな学派が登場して学会の論争は賑やかなようですが、どの理論も現実の財政赤字の問題、不良債権の問題などの出口の見えない構造不況の問題やグローバル化による国際不均衡の問題などに答えを見出せていないという点から考えて、現実にそぐわなくなっていることは誰の目から見ても明らかでしょう。

そうなってしまった大きな原因の一つに、学者の先生方も、パラダイム転換が鮮明には認識できていないという問題があるのではないでしょうか。経済学というと、なんだか難しそうな数式や統計モデルを駆使して、数理的な科学として追求されてきたというイメージがありますが、その反面、数理的に捉えられない人間の意識などは対象の外として捨象してきたのが主流だったのではないかと思います。これは、科学技術を先導役としてきた近代学問の歴史的な流れとしては必然だったかも知れませんし、実際、工業生産の成立・拡大期にモノの生産と流通を説明する理論としては、ある程度の有効性はあったのだと思います。しかし、モノが飽和し、市場が拡大停止して、人々の意識が現実を動かすように大きくパラダイムが転換してきている現在、モノを説明する経済理論だけでは、現実の世界を説明できなくなってしまったのも必然なのです。勿論、社会経済学なるものが登場して、経済を動かす要因として、人間の意識や心理に着目する学問にも目が向けられていますが、パラダイム転換の認識が不十分なせいか、まだまだ社会学と経済学を統合し、新たな現実を切り開くような学問にはなっていません。

おそらく、これからの経済学は、人間の意識から物的活動を把握するようなアプローチがますます必要になると思いますし、人間の意識構造や社会構造を解明する理論と統合的に追求されなければ現実の答えは出せないのではなかろうかと思います。そして、人間の意識の世界とモノや自然の世界とが調和するような経済のあり方が追求テーマになってゆくべきだろうと考えています。新しい経済学の可能性は、先ずパラダイム転換という事実を明らかにし、発想を変えてゆくところに出発点があるように思います。



雪竹恭一
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