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息苦しい社会を明るくするために~小学6年生の作文~

この社会はマスコミによる共認でどんどん息苦しくなっている。そのマスコミが何よりひどいのは近代観念に侵されているから。だから事象の原因追求に向かわず、切り取った断片だけの情報で判断し、発信し、大衆を誘導する。
近代観念、自分観念で権利ばかりを主張する社会。その中に次代の答えはない。
そんな時代に、小学6年生ですら的確に叫び声をあげている。
そして向かうべきは、類的価値。関係づくりだと。


法務省“社会を明るくする運動”中央推進委員会主催
第 6 4 回“社会を明るくする運動”作文コンテストリンクより紹介です。(2011年の記事です)
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■息苦しい社会を明るくするために

岐阜県・本巣郡北方町立北方南小学校 6年(北中 陽菜)

私は、最近の社会に息苦しさを感じます。テレビのニュースなどを見ていると特にそうなのですが、ある人が間違いをしてしまった時に、とことんまでやってやるぞという周囲の空気や気配を感じる事があるのです。

もちろん、間違いがあったのだから、その原因をきちんと調べて、よく整理し、再び同じ間違いを起こさないようにする事は大切です。しかし、この頃は間違いの原因を探す事よりも、間違えた人の責任を追及する事の方が大切にされているように感じるのです。

実験結果を証明出来なかった科学者さん、災害や事件の対応が遅れてしまった市長さんや町長さんのニュースが、連日のように新聞やテレビを騒がせています。そして、そのニュースのどれもが、彼らは責任をとってやめるべきだというように周りの皆で追い込んでいるように感じます。

まして、これが非行や犯罪であったなら、なおさらの事です。いかにそれが悪い事なのかを、ことさらに皆が口々にまくし立てて、重く罰するべきだというような事を言います。

テレビの話をしている人は特にそうで、事件の当事者でもないのに、無責任とさえ思えます。でも、この傾向は少し前に始まった裁判員裁判によって現実のものになりつつあります。なぜなら、普通に裁判をした時よりも、刑が重くなりつつあるようだからです。

私には、この状況が息苦しくてたまりません。人間、誰だって間違いの一つや二つはあるものです。何も間違いを起こさずに一生を終える人など、この世に存在するのでしょうか。大きな問題になったかどうかの違いだけなのではないかと思います。何か間違いをおかしたら、もうずっと許されない世の中なんておかしいです。


私達の学校生活の中で、自分勝手な事をして、周りの仲間に迷惑をかける子達がいました。皆が注意してその子達を追い込んでいくので、その子達は逃げ場が無くなって、ますます人がいやがるような事をしてくるようになりました。でもこのままではいけないと、ある時に、何か理由があるかもしれないからどうしてそんな事をするのかよく話を聞いてみようという事になり、すぐに非難したりする事はしないで、どうしてそんな事をするのかを冷静に話し合うようになりました。
すると、段々とそういう行動が減ってきて、今ではそんな事をしないようになりました。
(略)

では、どうしていけばいいのでしょうか。私は、関係作りが大切だと思います。私達の学校では、児童みんなで取り組む四つのきらりと言うのがあります。そのうちの一つにあいさつがあります。学校の行き帰りにすれ違う知らない人でも、こちらがあいさつをするとにっこりと返してくれます。あいさつだけでなく、優しい言葉をかけてくれる大人もいます。こう
して、気持ちよいあいさつをお互いに交わし合う事で、目には見えないつながりができていきます。

そうすれば、非行や犯罪に走ってしまった人達にもつながりができます。そうして、皆でよく話を聞いてあげれば、再び悪い事をしないように見守ってあげる事ができると思います。

私は、学校で一番に取り組んでいるあいさつを地域に広げて、社会を明るくしていきたいです。

山本紀克
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