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歴史が示唆する新型コロナの意外な「終わり方」

過去のパンデミックはどう終息したのか→リンク

新型コロナウイルスのパンデミックは、いつ、どのようにして終わるのだろうか。

パンデミックの終わり方には2通りあるという。1つは医学的な終息で、罹患率と死亡率が大きく減少して終わる。もう1つは社会的な終息で、病気に対する恐怖心が薄れてきて終わる。

■「感染症の終息はとても混沌としている」
「『いつ終わるんだろう』と人々が言う場合、それは社会的な終息を指している」

つまり、病気を抑え込むことによって終わりが訪れるのではなく、人々がパニック状態に疲れて、病気とともに生きるようになることによっても、パンデミックは終わるということだ。ハーバード大学の歴史学者、アラン・ブラントは、新型コロナウイルスでも同様のことが起こっているという。「経済再開の議論を見る中で、いわゆる『終わり』は医学的なデータによって決まるのではなく、社会政治的なプロセスによって決まるのではないかと、多くの人が思っている」。

■インフルエンザ――人々が忘れ去って終息

1918年のインフルエンザ(俗に「スペインかぜ」と呼ばれる)は、パンデミックによる大きな被害と、隔離やソーシャル・ディスタンスの有効性を示す事例として、今日でも引き合いに出される。このインフルエンザでは、世界で5000万人から1億人が死亡した。若者や中年に犠牲者が多く、子どもたちは親を失い、家族は稼ぎ手を失い、第1次世界大戦のさなかに、兵士たちも失われた。

世界を席巻したあと、このインフルエンザは徐々に消えていき、毎年あらわれるような、弱いインフルエンザに変わっていった。

■ワクチンがなくても終息する可能性
新型コロナウイルス感染症の場合はどうなるだろうか。

1つの可能性として挙げるのは、医学的に終息する前に、社会的に終わりを迎えるのではないかということだ。人々がさまざまな制約に嫌気がさし、まだウイルスがくすぶっていても、ワクチンや効果的な治療方法が開発されていなくても、もうパンデミックは終わったと宣言する。

極度の疲労やフラストレーションといった、社会心理学的な問題があると思う。人々が『いい加減うんざりだ。もう普通の生活に戻っていいはずだ』と言うようになる可能性がある」。

それはすでに起こっている。アメリカのいくつかの州では、公衆衛生の当局者が時期尚早だと警告しているにもかかわらず、州知事が規制を解除し、ヘアサロンやネイルサロン、ジムなどの営業再開を認めた。ロックダウンによって経済状況が壊滅的になっていくにつれ、さらに多くの人たちが「もううんざりだ」と言うようになるかもしれない。

「誰が終わりを宣言できるのか」「もし終わったという考え方に反対するのであれば、どこの部分に反対しているのか。『まだ終わっていない』と言う場合、どういう主張なのか」。

難しいのは、きっぱりと勝利宣言が出せないこと。パンデミックの終わりを定義するのは「長くて困難なプロセスになる」。
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