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本当に恐ろしいのは、パニックによって引き起こされる人間の分断

■非常時に豹変する人
非常時にこそ人の本性が見える、という方は多い。

それが「本性」なのかどうかはわからない。
しかし、非常時に豹変したり、人格が変わってしまうひとがいる、というのは事実だろう。


彼らは、世の中が非常事態となったときだけではなく、私生活でも不安に抑圧されたり、不運に見舞われた際、同じようにパニックに陥る可能性が高い。

そしてひどく利己的な行動に走ったり、暴言を吐いたり、奇行を繰り返したり、突然消えたりして、周りの人を驚かせる。

もちろん、それは強い印象を残す。
「ああ、あの人って、本当はこういうひとだったんだ」と。

前述した「ブラック・スワン」には、1987年の暴落の際のパニックが詳細に書かれていた。

その日、金融市場で衝撃的なことが起こった。(現代になってから)史上最大の株価の暴落だ。(中略)ファースト・ボストンのトレーディング・ルームで、大の大人が何人も静かにすすり泣いてきた。(中略)

一発食らって、ショックに陥り、ヘッドライトのまん前に出たウサギみたいに走り回っている人が大勢いた。

家につくと従兄弟のアレックスが電話してきて、近所の人が自殺を図ったという。アパートの上のほうの階から飛び降りたのだ。でも、それが異常という感じはしなかった。

現在も、同様のことが起きている。

ネット上にはパニックに陥っていると思しき発言が、大量に残されており、中には怖いものもある。


更に悪いことに、それらの「パニック」の感情は容易に伝播する

イェール大学の、ニコラス・クリスタキスによれば「感情は集団暴走する」のだ。
感情の状態が広く伝染していく現象は、数世紀にわたって報告されてきた。

ブコバで突如起こったような笑いの伝染だけではない。感情が人から人へ広がり、多くの人に影響が及ぶ現象を、現在では集団心因性疾患(MPI)と呼んでいる。

集団ヒステリーという詩的で古めかしい表現はあまり使われない。

MPIは明らかに社会的な現象であり、ほかの点では健康な人びとを心理的カスケードに巻き込んでしまう。群れのなかで一頭だけ驚くバッファローのように、一人が一つの感情的反応を示すと、ほかの大勢の人たちも同じことを感じて感情の集団暴走が起こるのだ。(つながり 社会的ネットワークの恐るべき力 ニコラス・クリスタキス 講談社)

ある一人がパニックに陥ることによって、周りの人々の不安も煽られ、影響はその友達の友達にも及ぶのだ。


■「孤独なコロナウイルス後」になりそうな人が可視化されている
だが、そんな事が延々と続けば、いずれ周囲の人も気づく。

「ああ、なんかあの人の周りにいると、疲れるな。」
「あの人、なんかおかしいな。」
「いつもの発言は、平時だったからこそなんだな。」
と。

そうして、「パニックを起こす人」が周りを傷つけるほど、彼は呆れられ、次第に親類縁者・知人・友人のネットワークを失っていく。

コロナウイルス禍に乗じて、不安に負けて何かを強く攻撃したり、パニックまがいの言動を繰り返すことは、百害あって一利なしだ。

たとえそれが「正しいこと」であっても。

人は「正義」の側にいると確信できるときほど、攻撃的になると聞いた。

それが本当かどうかは知らないが、非常時にどんな発言をしたか、どんな行為をしたかは、周りの皆がはっきりと覚えていることは確かだ。

それをうんざりだと思われてしまえば、平時にも相手にしてもらえなくなる。

つまり、コロナウイルス騒動で「孤独なコロナウイルス後」になりそうな人が可視化されている。

本当に恐ろしいのはコロナウイルスと、それにより引き起こされる疫病ではない。
パニックによって引き起こされる、その後の人間の分断なのである。

別所彦次郎
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