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(武漢)ウイルス研究所は軍の管理下に置かれた

■真相追及が始まった
伝染病の蔓延が世界的になって、各国は、その爆発に対応するのに必死だが、一方で伝染病の蔓延の原因を真剣に追及し始めている。関心の焦点は二つだ。伝染病の蔓延はどうして起きたか?そして、ウイルスはどこから来たか。リンク

(以下引用)
 ★⑶ 新冠ウイルス研究所は軍の管理下に置かれた

 世論が病気の原因となるウイルスが武漢から来たものかどうかを疑問視している時に、 RFI(フランス国際ラジオ)中国ウェブサイトは、 2月8日、 「中国の生物化学兵器防衛の専門家の陳薇少将が最近、 武漢P4ウイルス研究所を引き継いだ。 これによって武漢P4ウイルス研究所と軍との間の可能性のあるつながりが明らかになった」と報じた。 (陳薇少将に次いては、 近藤大介「新型コロナワクチン」中国人民解放軍が世界に先駆けて開発した背景 参照)

 陳薇少将は現在、 軍医科学院生体工学研究所の所長を務めており、 1991年に清華大学を卒業して修士号を取得、 同年4月に陸軍に特別採用され、 陸軍に入隊してから20年以内に少将に昇格した。 彼女の軍医科学院生体工学研究所は、 2016年に人民解放軍(PLA)の中国解放軍後方勤務本部の下にあったが、 2016年に軍制改革が行われ、 中国解放軍後方勤務本部が廃止され、 中央軍事委員会兵站部が設置されたので、 軍医学校は中央軍事委員会兵站部に移管された。 2017年には、 再編されたばかりの軍事科学院に統合された。 陳薇の生物工学研究所は中国科学院武漢ウイルス研究所のカウンターパートナーであり、 彼女はその地位と少将という地位から、 軍の生物兵器防御の主席専門家であると考えられる。 

 1月23日に都市封鎖された直後に”落下傘降下”したタイミングとプロセスは、 微妙なものだった。 天河空港が閉鎖され、 民間便がない1月25日に武漢に到着したことは、 彼女の武漢行きは、 軍命令であり、 任務が緊急かつ重要であったことがうかがえる。 

 武漢ウイルス研究所に到着した彼女は、 武漢での肺炎発生関連状況を把握しようと、 地味な調査から始めた。 当時、 武漢ウイルス研究所はまだソーシャルメディア上で注目されていなかったが、 陳薇少将が急遽駆けつけたのは、 すぐに対応しなければならない大きな問題があることを知っていたというべきだろう。 

 このようなデリケートな時期に「普通の」研究所に、 このような特殊なステータスを持つ少将が関与していることは、 「普通ではない」ことを物語っている。 その後、 陳偉は武漢ウイルス研究所の特殊病原体・バイオ安全研究所を少将として引き継いだ。 

 軍による接収とは、 軍事的規律、 すなわち、 新冠状肺炎ウイルスにリンクしたこの研究室を統治するための軍事的規律と軍事法の適用だ。 ウイルスの研究を組織化する目的ではない。 通常の状況下では、 研究プロジェクトを進めるために軍が管理を行う必要はない。 軍事的な指揮下に入れるというのは、 厳格なバイオセーフティと機密保持のためである可能性が高い。 

 武漢ウイルス研究所の軍事統制は、 流行の源に対する外部の憶測は、 すべて検証できなくなったということだ。 軍事統制は、 研究所を完全に封鎖する高い壁を築くことに等しいものであり、 武漢市都市封鎖よりもはるかに厳しく、 漏洩した情報はすべて軍事裁判の対象となりうる。 

 2003年のSARS流行の原因では、 中共は、 後になってから、 「実験室汚染と職員の感染が主な原因」と認めた(新華社通信、 「非典疫情源于实验室内感染,吴仪要求认真吸取教训」(SARS epidemic stems from laboratory infection, Wu Yi demands serious lessons」、 2004年7月1日)。 

 しかし、 今回の流行の世界的な影響はあまりにも深刻で、 中共が後になって、 ウイルスの発生源を明らかにすることを期待したり、 本当の流行の源がどこにあるのかを、 外部から知ることは不可能である。 と言うわけで、 この全世界的流行のウイルスの起源は、 天にでも聞くしかない話になったのだ。
(引用終り)
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