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トイレットペーパー不足が映し出す、新型コロナ問題の本質②

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※①より続き


要するに、新型コロナの怖さはその「毒性」ではなく、突然の集団感染により医療サービスの需給バランスを崩してしまう点にあると言えます。これは中国の武漢で感染爆発が起きた時の状況を見れば明らかでした。武漢で死者が急増したのは、重篤な肺炎患者が押し寄せた結果、医療体制が崩壊したからでしょう。
中国の医療水準も、現在はそれなりに高いと考えられます。しかし、そもそも機材繰り、人繰りができなくなれば普通なら助かる病気でも治せなくなります。私たちは「新型肺炎による死者数」に目を奪われがちですが、武漢ではそれ以外の病気や事故の患者も、治療ができずにたくさん亡くなっているのではないでしょうか。


同じ悲劇は日本でも起き得ます。問題の本質は新型コロナの致死率や、その国の医療水準ではないのです。日本の高齢化率は中国や韓国以上です。例えば大きな高齢者施設で集団感染が起きたらどうなるでしょう。その地域の感染病棟はあっという間に埋まり、人工呼吸器などが足りなくなるかもしれません。さらに、医療スタッフの間に感染が広がれば万事休す。新型コロナ以外の治療にも支障をきたします。

しかし、私たちがそうした混乱を事前に想像するのは困難です。これまでの経験から、いつでも質の高い医療サービスを受けられるのは当たり前だと思っているからです。しかし、医療サービスも微妙な需要と供給のバランスの上に成立しています。マスクやトイレットペーパーが突然、店頭から姿を消したように、「ほんのちょっと」バランスに偏りが生じただけで、盤石に見えたシステムがドミノ式に崩壊していく可能性はあるのです。

日本は芸術的と言っていいほど精緻な社会システムを作り上げました。秒単位で時刻通りに発着する電車や、いつでも必要なものを買えるコンビニ網は、その象徴です。しかし、「無駄」や「あそび」を徹底して排除した効率至上主義のシステムは、すべての条件が予想の範囲に収まっている限りにおいてしか機能しません。私たちは災害大国に住みながら、「想定外」に極めて弱い社会を作ってしまったのかもしれないのです。パンデミックや大地震がその脆弱性を突く前に、なんとか先手を打って危機を乗り越えたいものです。

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