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コロナウィルス禍が与える人類的課題とは~脱マスコミと追求収束

コロナウィルスの拡大が日に日に拡がっている。
特効薬も有効な対策もないこの状況は人類に何を迫っているのか?
最も恐ろしいのは自らの健康でもなく人口の問題でもなく帰属する集団の破壊ではないだろうか?また様々な報道によってもたらされる過剰な偏った情報操作の恐怖。
今与えられているマスコミ情報は常に最悪のケース、最も考えうる極端なケースに行きつく。この情報が本当に必要な情報なのか?必要なのは事実。ニュートラルな極端でも最悪でもない無色な情報。それとどうするという方針。

ただ、それは誰も、どこも教えてくれない。強いて言えば自ら考えるしかない。あるいは様々なマスコミ情報は一旦置いといて、仮説を組み立てて論理整合性を図るしかない。これだけ進んだ情報化社会もまた科学技術同様に砂上の楼閣である可能性が見えてきた。結局スマホやインターネットを通じて知らされる情報とは少なくとも事実ではない。

例えばこういう問いを立てればまったく違う状況が見えてくる
・なぜ最初に発生した中国は情報を隠さずに開示したのか?中国とは常に情報を隠蔽し、情報を操作する。特に数字などはいくらでも操作できる。何かおかしいのではないか?
・なぜ最初に発生した中国の罹患率がこの間急激に下がったのか?
・なぜアメリカは数万人の死者を今年出したインフルエンザは報道せず、まだ1000人も死者をだしていないコロナに対してここまで神経質になるのか?
・そもそもインフルエンザより100倍も致死率が低いコロナウィルスをなぜここまで恐れるのか?
・なぜヨーロッパの中でイタリア、スペインだけが患者数を増やし続けているのか?
・なぜ日本ではパンデミックが起きないのか?
・コロナウィルスは人工的に操作されているという説があるが本当か?
・なぜ東京オリンピックは急に中止になったのか?
・同時に起きている経済破局の危機についてなぜマスコミは取り上げないのか?

上記の問いに対してマスコミも学者も答えは与えてくれない。
全てマスコミの情報操作と捉えれば事実は何かを自ら考えなければならない。或いは誰かがこのコロナ騒動の糸引きをしていると考えれば見えてくるかもしれない。あまりに全てが不自然だからだ。まるでホラー映画のようにストーリーが極端だ。

ロナウィルス禍が与える人類的課題とは「自ら追求せよ」という事ではないか?「追求する為のコアとなる共同体を作り出せ」という事ではないか?

縄文時代に最も重宝されたのは「情報」だった。遠距離交易も隣接集団との贈与関係も幹は情報だ。大陸の東の果ての日本には世界中の情報や技術が海を越えて入ってきた。それをありがたく受け取り、かつ自らの集団に役立つ情報として鵜呑みにせず、加工して組み込んでいった。それが我々日本人の情報との付き合い方である。

今、最も恐ろしいのは自粛空気だ。
集団から分断され自宅待機で家庭に閉じ込められ、マスコミだけの情報で洗脳され恐怖とストレスで免疫力が低下し本当にコロナに殺られてしま事だ。

一方で学校という人工集団の鎖から放たれた子供たちが逆に元気になっている事は参考になる。
彼らは、家庭から飛び出し、仲間たちと外遊びをし始めている。勉強の事などもう眼中にない。日々遊びを通じて追求が始まっている。
大人も同じかもしれない。マスコミを断ち、焦らず今何をすべきか、事実は何かを追求していく。追求仲間を作る。コロナ騒動とは意図的に仕組まれた世界戦略であった、意外とそういう事が簡単に見えてくるのかもしれない。
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