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がんの「完全な」治療法? “怪しい”ニュースを拡散させたメディアの責任

がんの「完全な」治療法? “怪しい”ニュースを拡散させたメディアの責任
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より転載。

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1年以内にがんの完全な治療法を生み出す──。イスラエルの医薬品関連企業の怪しい主張を取り上げた記事が、米国に飛び火して急速に拡散した。患者にとっては「偽物の希望」となりかねないニュースを安易に報道したメディアの責任が、いま問われている。

「がんの治療法発見」という見出し以上に人をぬか喜びさせるものはない。かたちこそ違えど、こうしたまやかしのニュースはほぼ1世紀以上前から現れては消えていっている。

こうしたニュースがどんな内容であっても、なんとしてもがんを治したいと願っている患者とその家族は期待や希望をもつものだ。しかし19年の現在になっても、がんという病(実際には複雑でさまざまなかたちがあるのだが、便宜上まとめてこう呼ばれている)は人々を死に追いやっている。世界保健機関(WHO)の最新の統計によると、がんによる死亡者の割合は男性が8人に1人で、女性が11人に1人だという。

さすがにもう、ニュースのつくり手も受け手も学習しただろうと思うだろう。しかし、今回のトンデモ医療のニュースはこれまでにも増してお粗末な内容だ。人々はがん治療の話題となると、まるで記憶喪失のようになってしまう。メディアはクリック数を稼ぐためにそれを利用する。事態はいままでで最悪だ。希望とは過去を忘れさせてしまうものなのかもしれない。

発端はイスラエル発の記事

19年1月28日、イスラエルの中道派新聞『エルサレム・ポスト』が1本のオンライン記事を掲載した。記事によると、医薬品関連の小さな企業Accelerated Evolution Biotechnologies(AEBi)が2000年から抗がん作用のある飲み薬の開発に取り組んでいるのだという。見出しは「がんの治療法、イスラエルの科学者が発見か」という断言を避ける表現で、内容のほとんどは同社の会長であるダン・アリドールのインタヴューが占めている。
ただ同社のウェブサイトでは、彼を含めて3人の名前しか記載されていない。

インタヴューのあちこちでアリドールは大言しており、例えばこんなことを語っている。「1年以内にがんの完全な治療法を生み出すことができると思います」
AEBiが人に対して一度も治験を実施しておらず、培養細胞や実験マウスを用いた研究のデータもまったく発表していないことを踏まえると、これは極めて性急な行動と言える。製薬関係のスタートアップが薬品を開発する場合、人に対する臨床実験を行なう前段階で製品の効能の裏付けとして論文の査読を受け、その結果を利用して臨床実験の資金を集めるのが一般的だ。AEBiの宣伝活動は順序を一足飛びにしているように思える。

一方で、1月29日のインタヴューでは同社の創業者で最高経営責任者(CEO)のイラン・モラッドが『The Times of Israel』の取材に対して、AEBiが研究データを発表していないのは資金不足が原因であると発言している。

エルサレム・ポストの記事では、がん研究に関する外部の専門家に対してインタヴューを行なっていない。さらには、研究室という管理された環境での理論的かつ前臨床的な作業と、1年365日のうちいつ行なうかわからない実際の治療とは異なるという事実を指摘しなかった。がん研究について知っている者ならどんなに有望に見える治療法も、ほとんどが人への治験で効果を出せずに終わることを知っている。最新の統計によると、がんの治療薬が実際に効能を示して市場に出る確率は3.4パーセントという悲惨な数字だ。

1月29日の朝までに、「FOXニュース」は独自の報道を行なった。番組では信憑性について注意喚起を促しており、なかにはニューヨークのがん研究の専門家から届いた語気の強いコメントもあった。その専門家はAEBiの発表を「これまでにも幾度となくあった誤報のひとつにすぎず、がん患者に対して不誠実で残酷極まりない偽物の希望」のようなものだと話している。

大手メディアの多くはこのニュースを黙殺したが、『ニューヨーク・ポスト』と『フォーブス』はいずれも、大部分がエルサレム・ポストの記事に基づく高揚した論調の記事を掲載した。しかし、それから24時間以内に両紙はがん研究の専門家にインタヴュー取材を行ない、明らかに前回より楽観的な姿勢を抑えた内容の記事を出した。

フォーブスにいたっては追加記事を2本出している。最初の記事と執筆者が同じ1本目の記事は「がんの治療法を発見したというイスラエルの開発チームに対し、専門家から非難の声」というタイトルで、2本目の見出しはさらに直接的な内容だ。「イスラエル企業が1年以内にがんの治療法を確立すると発表。決して信じるなかれ」

問題は「偽りの希望」を売り物にする行為

ソーシャルメディアを利用していると、情報をうのみにしてしまいやすい。実際、ひたすらスクロールを繰り返す動作は思考を鈍化させる働きがある。それと同時にTwitterやFacebookなどのアプリが垂れ流す不快なコンテンツに囲まれるなか、人々は明るいニュースという救命道具を欲している。

インターネットの日常が政党、性別、人種、階級さらには世代間で繰り広げられる争いの日々だとすれば、がんはインターネットユーザー全員の共通の敵なのだ。「がんの克服」という話題は、人種や世代など社会的属性の違いを超えて相手に渡す“一時休戦の印”となり得る。もしくはほんのいっときではあるが、自分の体はもはや死に向かって止めることのできない細胞変異を起こすことはないという、幸せな幻想に浸らせてくれるだろう。
だが、がん治療に関して、どうやっても曲げられない真実がひとつある。それは、偽りの希望を売り物にする商売は倫理にもとるということだ。


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古越拓哉
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