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テレビの偏向報道がひどいと感じる出来事が増えた|テレビ報道の存在価値について

「魂を揺さぶるヨ」さんの記事を紹介します。
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■テレビの偏向報道がひどいと感じる出来事が増えた|テレビ報道の存在価値について

【テレビ局は昔から真実を歪曲したり報道しない自由を行使してきたのではないだろうか

テレビ局が偏向報道や事実を歪曲して報道してきているということが、この2,3年で広く一般に浸透してきたと思います。
偏向報道や事実を歪曲して報道するというのは最近始まったことではなく、おそらく昔からの慣習としてつづいてたのでしょう。
それがここ最近インターネット普及やSNSの一般化により「嘘が見抜かれる」ようになったのだと思います。
私の周囲の知人の多くはテレビの報道は信じていませんし、テレビニュースなどの報道はネットニュースに比べて遅いことから、最近ではテレビでニュースすら見ない人も珍しくなくなりました。
テレビ番組もどんどんと面白くなくなり、CMが何度も続いて引き伸ばしを行ったり、Youtubeを編集して流すだけの番組であったりと、視聴者のニーズから外れた番組作りが続けていることもあり、視聴率は年々落ちているわけですが、ニュースですら「テレビは信用できない」という風潮が広がりテレビ離れが進んでいます。
以前からテレビ局が偏向報道や事実を歪曲して報道してきているという意見が一部のネットでは常識化していましたが、今回のラオスのダムが決壊したニュースが全く報道されないところをみると、日本のテレビ局が自ら偏向報道や報道しない自由を行使することが事実であることを世間にアピールして、一般常識として浸透させたいと考えているようにも思えてなりません。

【テレビ局は自ら偏向報道を行い信頼を失わせて衰退の道を選択している】
偏向報道や事実を歪曲して印象操作するといったことは公平な報道機関としては本来あってはならないことですが、それが長年の慣習として定着しており、本日まで至っているのだと思います。
SNSの普及で個人が情報を発信できるようになり、一般の方がインターネットにより情報を容易に調べれるようになった為、テレビで報道されたニュースが事実であるのかどうかを調べれるということも可能となりました。
しかし、不思議なことにテレビ局はニュース報道が明らかに偏向報道や事実を歪曲して印象操作することがバレているにもかかわらず正そうとはしません。
まるで嘘も何度もいえば真実になるという考えがあるのか、繰り返し繰り返し公平では無い報道を繰り返しています。
こうしたテレビ局の姿勢が視聴者に対しての報道機関としての裏切りを感じさせて、次第に「テレビの報道は信頼がおけない」と考える方が増えたのでは無いかと思います。
そして、テレビ局はその姿勢を今日も変えること無く継続し、自ら衰退への道を力強く邁進しています。
近い将来、広く世間から「テレビ報道の存在価値は無い」と判断される日も近いのではないかと思います。



匿名希望
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コメント

NHK教育はもっとヒドイ

NHK教育テレビは創価学会グループの宣伝母胎って知ってる?
創価学会系でなくちゃ放映して貰えない。
だから、NHKの事を信じている人の頭の中の障害者像は、すべて創価学会が作りあげた障害者像。それに反すると凄いエンガチョに合うのだ。
その実態はこちらで見てね https://mindblindness.blog.so-net.ne.jp/archive/c2306149915-1

No title

メディアが何をしたいのか、よくわかりませんな

No title

言葉だけで翻弄されて居場所を狭められたこともあったかもしれない、不登校や引きこもりなった人間に公害や伝染病や放射線等の問題から生じたような風評被害を同じように与えたいのだろうか。

 あるメディアがここ半年ほどの間に、引きこもりに関して発信した記事の中には、川崎連続殺傷事件直後に引きこもりは犯罪予備軍のような印象を持たせたり、時には世間から甘えた存在と思われながら、一方で社会的、精神的に追い込まれているだの、最近になって引きこもりの3分の1程が発達障がいの疑いで早期に対策出来た方がよかったなどの体を装いつつ、その割合の数値が大勢の頭の中から揮発してしまえば、障がいのない引きこもりにもさらに発達障がい者という不利な事情を背負わせる恐れのあるものだった。
 人によっては、引きこもりとの接触に警戒したり、気を遣いそうな内容。

 一般人にとっては、大事な人を守りたい意識から(潜在的)問題を遠ざけたい心理が働き、それが幾人にも拡がって社会的に偏見、ひいては将来、差別に繋がり得るとすればその対象が引きこもりになると、彼らがいざ社会復帰を目指そうにもその難度を増し、報道された内容によっては、されなかった場合に比べ余計に就職や婚活の社会的活動、人同士の交流の幅を狭めてしまうなど将来の可能性を毀損しかねない。
 確かに、引きこもって不利益を被った分は自己責任だろうが、それとは別に外から余計に風評を乗っけて損害を与えた分は、それをした側の責任。
 あたかも全体主義に傾けようというくらいに世間に負の印象で働きかけ、引きこもりの行動を強要するような機運を作れば、彼らの自主性は委縮させられてしまう。
 引きこもりは不適切な状態であるかもしれないが、犯罪ではなくメディアから過剰に社会的制裁や私刑を与えられる対象でない。

もし政治家が「引きこもりの3分の1は発達障がい」と発言すれば、メディアはこぞって’誤解を与える表現’、’引きこもりの実情を不要に歪曲しかねない発言’などと批判のネタに使うのではないか?

 公共性の高いメディアが引きこもりが発達障がい者であるかのような報道をしてしまうと、発達障がい者にとっても引きこもりにとっても不要な風評を負うかも知れず、公共の福祉に反し個人の権利を結果的に脅かすのではないか。
 少なくとも’引きこもり≒発達障がい者’というレッテルを貼った発端はどこのメディアか記録し、記憶しておきたいところ。
 このメディアにとってはきっと、悪影響が出たとしても時間差があり、限定的で問題視されることはないと見ているはず。

そもそもメディアが’引きこもり’を汚名のように着せ、風当りを強くしてきたのはどういう理由からなのか。
 表向きは正常でない、社会(保障)の負担になり得る等がありそうだが、しかし本心は
 引きこもりのような社会的弱者がメディアの活動に葛藤を与えている、或いは足かせになっていることへの不満、さらにインターネット上のメディア批判の一角と見なし、脅威に感じて感情的になっているからではないかと。メディアにとっては理念・道徳・コンプライアンスなどと、速やかに率直に発信したいこととの板挟みのところ、ネットで’横槍’、’ツッコミ’が入ることでの苛立ちから、原因と見込む引きこもりの発言力や信用を弱めたいために、潜在的・長期的に悪評を積み上げてイジメているのではないか。
 とはいえ戦いの舞台にいない、戦意喪失状態で無防備、無抵抗のほとんどの引きこもり相手に鎧を装備し一方的にタックルを仕掛けるのはフェアでないし、’ノーサイド’の精神からかけ離れている。
 引きこもりは不適切な状態ではあるが犯罪ではなく社会的懲罰・私刑を受ける対象でもない。そうしたいというなら意図して差別・迫害を引き起こすつもりなのだろう。
 それとも、そんな弱者を叩くことで別の目的でもあるのだろうか?
 その’犯罪予備軍’とした人たちの誰かが凶行に追い立てられ、事件が起こればさらに引きこもりの社会的立場を失墜させることを念頭に置いているとなれば、到底認められるものではない。

 長文、失礼しました

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