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ゴーン逮捕でみえてきたモラルと法律、そして国家戦略の矛盾②

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日本に滞在しているある中国の友人が、中国には報道の自由がないことを嘆いていました。そして、三権分立が民主主義だけではなく、そこにマスコミというもう一つの監視の目がないことが中国社会の問題だと批判をしていました。
確かに、彼のいうことには一理があります。マスコミを含む4つの権力がお互いを監視することこそが民主主義の基本かもしれません。しかし、そこにもう一つ必要なことは、主権者である国民自身の監視の目です。この目がこなれていない場合、政治の場ではポピュリズムが横行し、マスコミも責任ある報道ができなくなります。

今回のカルロス・ゴーンの逮捕についていうならば、司法取引に応じた外国籍の人物の意図とその背景をしっかりと見極めることが重要です。同時に、ルノーの株主であるフランス政府とルノーとの関係、そこでのパワーバランスとフランス政府の自動車産業への思惑に対する視点をもった報道が必要です。具体的には、日産をいかに守ってゆくかという国家レベルでの戦略が必要なのです。
なぜ、ルノーではカルロス・ゴーンは役員として留任したのか。そして、そんなカルロス・ゴーンとフランス政府とは過去に経営を巡ってどのように対立していたのか。このあたりをしっかりと見つめてゆくには、まだマスコミ自体に情報がなさすぎるようにも思えます。

カルロス・ゴーンの功罪のみにスポットをあてて、日産をがんじがらめにしてしまうことは、以前東芝のスキャンダルによって、東芝が世界企業の生存競争の中で一人沈没していった状況と同様の結果を招きかねません。

日本は、官も民もこうした世界での生存競争の中でいかに戦略を研ぎ澄ましてゆくかというノウハウに、大きな瑕疵があるように思われます。
現在、グローバルに成長した企業は、その国の経済を左右する力を有しています。それは、政治の力をも凌ぐ影響力を有しているといっても過言ではありません。であれば、政治と経済、官と民との間にいまだに歴然とした上下関係がある日本の体質に、大きなメスをいれる必要があることはいうまでもありません。また、カルロス・ゴーンの逮捕によって、企業やベンチャーをリードして、未来社会に貢献する優秀な人材が、過剰な税金やコンプライアンスの鉄の鎖によって葬られないようなバランス感覚が必要です。

もし、カルロス・ゴーンが日本の法律を破っていれば、それは処罰の対象となるでしょう。しかし、ただ、彼の行為を叩き批判するだけでは何も起こりません。
彼の処罰という法的な問題と、日本の硬直した税制のあり方や税金の使い方、さらに企業家や起業家のモラルの問題とを同じ土俵で処断することは、グローバル経済の波にさらされる日本にとっては、決して良いことではないはずです。
今後のフランス政府の出方、ルノーの戦略を注視しながら、日本人にとっては苦手な果敢で迅速な対応が、我々に求められているのではないかと思われます。





伊達政宗
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