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スマホやSNSが生み出した権力

(リンク)より

政治家を除いて、インターネットやSNSが普及する直前に権力者だったのは、メディアにかかわる仕事をしている人達だった。20世紀後半の、あの肩で風を切って歩くようなメディア業界の栄華は、経済的成功だけでなく、彼らの絶大な影響力にも支えられていた。出版や放送に携わる人達によって、人に何かを語って聞かせる力、人に影響を与える力、人を集める力、人を束ねる力は寡占されていた。

ところがインターネットやSNSが普及したことによって、この権力の寡占状態が破壊されてしまった。  
人に何かを語って聞かせる力、人に影響を与える力、人を集める力、人を束ねる力は、メディア関係者の寡占物から、ネットユーザーそれぞれに分け与えられることになった。特にスマホとSNSがもたらしたインパクトは大きい。「スマホやSNSで生み出される権力」の特徴は、「シェア」ボタンや「リツイート」ボタンで誰もが権力の分け前に与れることだ。
 
SNS以前のインターネットでさえ、そこでなんらかの権力を獲得するためには、言語や文章に親和性が高くなければならなかった。「一定以上の文章を読み」「一定以上の文章を書ける」ような、いわば学校制度のなかで十分以上の成績が取れそうな人達によって権力が寡占されがちだった。当時のインターネットで持ち得る権力など、たかが知れていたが、それでもネットで生起する権力には《読み書き能力という意味の》リテラシーがしっかり結びついていた。
 
だが、SNSは違う。「シェア」ボタンや「リツイート」ボタンには「何かを書ける、文章にできる」能力も、手間暇も要らない。ボタンひとつで気に入った発言の拡散に参加できる。気に入った発言の拡散に参加できる=モノが言えるということであり、言葉が飛び交うメディアに権力を投射できる――あるいは“投票できる”と言い直すべきか――ということでもある。これまでメディアの傍観者になるしかなかった人達も、SNS時代には「シェア」や「リツイート」によって、簡単にメディアに参画できる。
 
もちろん、「シェア」や「リツイート」で最も大きな権力を獲得するのは、相応の文章やメッセージを作成できる人間だが、それだけではなくなったのだ。「シェア」や「リツイート」は、ボタンを押す人間に少なくともボタン一回分の“投票権”を提供する――これは、既存メディアにも00年代前半のインターネットにも無かった機能だ。今までは声をあげようにもあげられなかった人、学校制度のなかで劣等生のレッテルを張られていた人も、メディアに参画し、なにが正当でなにが不当なのか、なにがアリでなにがナシなのかの議論に参加できるようになった。また、忙しすぎてメディア空間からもデモンストレーションからも遠ざけられていた人達も、隙間時間でメディアに参画できるようになった。
 
だから、スマホとSNSが普及した社会は、「言論の自由」を謳いながらも専ら中産階級的なフィルター越しにメディアが営まれ、読み書き能力や時間に恵まれた人に権力や影響力が寡占されていた社会よりも、ずっと「言論が自由」な社会だとも言えよう。



柏木悠斗 
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