洗脳・思考停止ワード 「普通」

普段、私たちがよく使用する言葉の中に、思考停止に陥る言葉がありそうです。

読書奴リンクより引用します。
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類義語としては、平凡、典型的、人並み、十人並み、なんの変哲もない、など。
普通という言葉について、村上龍の小説「希望の国のエクソダス」にはこんな一節があります。

“普通”の中学生である中村君が語った言葉です。

「ずっと言われてきたんですよ。親と話したことでよく憶えているのはそれだけです。普通というのがぼくはわからなかったし、今もわかりません。みんなと同じようにすることだと親が言ったこともあるけど、みんな一人一人違うじゃないですか」…

「普通という概念は一定のものじゃないとぼくは思います」…
「だから普通でいなさいと言われてもよくわからないんです」

「普通」を定義できますか?
自分にとっては普通でも、他の人にとっては普通でない可能性があります。
自分の国では普通でも、他の国では普通でない可能性があります。
普通というのは、どこまでいっても相対的なものなのです。

ぶっちゃけた言い方をすれば、世の中で言われている”普通”とは、「幻想」にすぎません。
あるような気もしますが、ないような気もします。空なんです。

つまり「普通」とは、解釈次第でどうにでも言えるわけです。
だから、自分の意見を正当化して人に押し付けるときに非常に役に立つんですね。

「それが普通だから、そうしなさい」というように。思考停止していることを隠したいときにも使える言葉ですね。

用例としては、
「普通に就職して、普通の人生を送る」
「なにかにチャレンジするのはつかれるから、普通の人生を送りたい」
「わが子が普通に育ちますように」
など。

ちょっと怖い話をしましょう。
「普通」というのは、「作れる」ものです。
どうやって作るかといえば簡単で、テレビや新聞・雑誌などを利用すればいい。
しかもその時つくられる「普通」とは、権力のある人にとって都合のよい「普通」です。

たとえば、最近の日本の家庭は「核家族」が大半です。
核家族とは、「父と母と子ども」という、家族として成立する最小単位の核だけを持っている家庭のことです。

いまの日本で”普通”なのは、核家族です。
しかし、その”普通”は、数十年さかのぼると普通ではありませんでした。
今となっては、おじいちゃんやおばあちゃん、いとこなども一緒に住んでいるというのは少数派ですが、昔はそうではありませんでした。戦後間もないころの日本や明治・大正・昭和期の一般家庭を思い浮かべていただくと納得できると思います。

では、なぜ核家族化が進んだのでしょうか?
おそらく、家電メーカーや車業界、住宅建築業界の要請があったのではないかと私はにらんでいます。

たとえば核家族が増えれば増えるほど、洗濯機はそれだけ需要が増えます。
テレビもそうですし、冷蔵庫も一家に一台ですから需要増です。
また核家族が増えるほど、車の需要も伸びます。
一戸建てに住む核家族が増えるほど、住宅需要も伸びます。
それらの業界にとっては、「核家族をもっと増やしてくれ」なのです。

これを陰謀論だと言うのは勝手ですが、事実それらの業界にとっては核家族化は利益になっているのです。

最近でいえば、大学生のイメージする普通の人生とは
「普通に就職する」
「公務員になって普通に暮らす」
「30代になったら普通に結婚する」
などでしょうか。

これらの「普通」も、”つくられたもの”である可能性が高いです。
普通に就職活動をすればリクルートがボロ儲けしますし、
普通に公務員になろうとすれば就職の大原が儲かりますし、
30代になって普通に結婚しようとすればブライダル業界と婚活業者がウッハウハです。

普通であろうとすること自体は悪いことだとは思いませんが、その「普通」とは、誰かに洗脳された結果「普通だ」と思っているのではないか? と疑ってみることをおすすめします。






匿名希望
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