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「異端」の正体

「異端」とは「正統」の動的な対義語と言える。
「正統」の定義が変化するのに従って「異端」も常に変化している。
大多数の人が信じているものが「正統」となり、少数派が「異端」となる。
つまり「数」が「力」へと変化した時、多数は正統になり、少数は異端と蔑まれる。
しかしこれは信じている数の問題であり、それが真実か嘘かはまた別の話であると言えよう。


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元々は宗教の世界において、宗派ごとの対立の際に自分の宗派を正統だとした時、別の宗派に対して「異端宗教だ」と言ったところが出展みたいです。

しかし異端児と言われる人を見てみると、今までなかったような考えを主張したり、全く新しい何かを作り出したりと、当たり前だと思われていたところから抜け出して、新しい流れを作ってきた人たちだな〜と僕は思っていたり。

”正統から外れる”と、聞くと何か悪い感じがしなくもないですが、そもそも何を持って正統とするのでしょうか。
特に日本おいては正統が曖昧です。マスコミや周りの意見に流され、多い方につき、それが自分の正統となってしまう。(もちろんそうでない人もたくさんいると思います)
何が正しいのかを分別できていないのに、その一場面だけを取り出して判断し、それが集団になると集団心理によってさらなる悪化を招くことも。
ぼくは今の日本の多くの人が「みんなそうだよ」と人数を理由にしたり、「昔からそうやってきたんだ!」と過去に縛られて正統を作り上げているように見えます。日本だけではなく、世界もかもしれません。そしてぼくも、あなたも。
しかし、「正統だ」と自信を持って主張できる根拠はどこにもない のではないでしょうか?

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このように往々にして異端者は社会に改革をもたらし、その異端は正統へと変化していくことが多い。
何が異端で何が正統なのか、何が真実で何が嘘なのか。
それは本当は自分自身が追求することでのみしか得ることはできないのだろう。




二島圭入
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