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マスコミは社会・政治に対して何を成すようになったのか

> 革新政権とタレント議員の'70年代から、'80年代の片時の社共躍進後、前述の'90年代以降ガタガタ政権となって、マスコミの第一権力化が歴然となってきたと思います。
(67043)

政治家からマスコミへの権力移行を顕著に示すものとして、80年代後半~90年代の、テレビニュース・報道番組の変化が挙げられるのではないかと思う。

※主要報道番組の放送開始年
85年 ニュースステーション
87年 朝まで生テレビ
   サンデーモーニング
89年 サンデープロジェクト
   News23
91年 ウェークアップ!
92年 報道2001

80年代以前にも、その前例ともいえる「ニューススコープ」(62年~)という番組があったが、報道内容が佐藤栄作(当時首相)の怒りをかい、自民党に事実上潰されたといわれている。67046にあるとおり、当時は、政治のほうがマスコミより強かったことの証左である。

また、これらの番組が登場する以前は、ニュースといえば、NHKを除けば、長くてもせいぜい15程度で、アナウンサーが淡々と原稿を読むものであったように記憶している。社会(政治・経済)の話題は、一部の人だけが関心を寄せるもので、一般大衆には向かないもの、という暗黙の風潮があったのだと思う。

それが、80年代後半~90年代に、冒頭に挙げたテレビニュース・報道番組が登場し、かつ高視聴率を獲得する。その背景には、大衆の社会的関心の高まり(社会探索)と娯楽の衰退という状況変化があり、当時はそうした社会的(政治・経済)関心に応えることがマスコミに期待されていたのだと思う。

(NHKの世論調査によると、テレビに「いちばん多く放送してほしい番組」として、
85年 娯楽41.1% 報道40.0%
90年 娯楽37.9% 報道44.1%
95年 娯楽36.9% 報道45.5%
という具合に推移しており、80年代後半から90年代にかけて、実際にテレビにおける映画や歌謡番組の比率は半減している。)

そして、これらの番組を通じて、マスコミは政界に圧倒的な影響を与えるまでになってゆくのだが、政治家とマスコミの権力の完全なる逆転という点では、93年の総選挙が象徴的だったと思う。

この93年の総選挙で、細川護煕、羽田孜、武村正義が新党三人組として躍進し、非自民政権が誕生した。彼らが、連日のようにテレビに登場し、中身(政策・論点)はさておき、古参の自民党議員を仮想敵として、それとは反対の清潔そうな、何も悪いことをしそうにないイメージを繰り返し振りまき、そして、当時反権力的気分の強かった大衆の支持を得ていったことを記憶している。

(ほかにも、海江田万里、栗本慎一郎、高市早苗、簗瀬進ら、頻繁なテレビ出演で知名度を獲得し当選した議員も多かった。)

さらに、このことに関して、当時のテレビ朝日の報道局長が、「非自民政権の誕生が望ましいと考え、それにそって報道した」と発言して物議をかもしたが(いわゆる椿発言)、こうした発言がなされること自体、第一権力の座が完全にマスコミに移っていた証左と考えられる。

こうした変化の中で、注目すべきは焦点は、政治家に代わって第一権力化したマスコミは、一体、社会・政治に対して何を成すようになったのか?という点だと思う。

それは、結局のところ「政治の見世物化」ではないか。

大衆の社会意識の高まりを背景に登場した報道番組も、結局、政治を見世物として面白おかしくいじくりまわすことに終始しているようにしか見えない。そして、あらゆる社会不全は解決の糸口さえ提示されぬまま、状況は悪くなる一方である。こうした傾向は、近年の小泉・田中真紀子に関するワイドショー的報道にさらに顕著である。

こうした「見世物化」により、社会と人々の意識をもてあそび、傍観者を次々とつくり出していっているのがマスコミの正体ではないか。

※参考
『日本型ポピュリズム』 大嶽秀夫著 中公新書



岩井裕介
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