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マスコミの第一権力化

しかし、序列原理の前提にあるのが生存圧力であり、それを克服したことで、漸く統合原理を本能原理から共認原理に進化させる可能性、根本的な共認原理の実現可能性が開けたと言えるのでしょう。(59436石橋さん)


生存圧力を克服した事によって社会の統合原理が本能原理から共認原理へと転換したというのは、日本でいえばマスコミが70年代から力を持ち始めた事と非常に重なります。

70年以前の日本は土山さん(59310)が仰るように飢えの圧力という生存圧力を基に権力者から末端まで身分意識序列意識というものは絶対的なものとして働いていました。時の池田勇人首相が「貧乏人は麦を食え」という現在では暴言とも取れる発言をしても、殆どの人は否が応もなくそれを受け入れていましたし、有力者や権力者に妾がいるのは当たり前のように共認されていたというのも当時の序列意識が絶対化している事を物語っているように思います。またこの頃のマスコミ=ブン屋といえばゴロツキ、マユツバの集まりであり、政治家などの権力者に飼いならされている存在だったと思います。

しかし70年貧困が消滅し、生存圧力を克服したとたんにこの絶対的な序列意識が音を立てて崩れていったように思います。70年当時の田中角栄首相も初めはマスコミに家を建ててやるなどして懐柔していましたが、最終的にはロッキード事件で失墜させられたのを皮切りに、その後の宇野首相の妾によるスキャンダル暴露など有力者が悉く力を失っていった事が序列崩壊を端的に現しているように思います。

そういう意味では70年貧困消滅というのは社会の統合原理が生存圧力を基盤とした本能原理(=序列原理)から共認原理へとパラダイム転換した時代であるといえそうです。もう少し詳しく言えば、誰もが認める事のできる観念を共認していくことによって社会が統合される時代に変わったのだと思います。そう捉えるとその共認形成の要にいるマスコミが70年から急速に力を持ち始めた事とも合致します。それまでのゴロツキとは違いマスコミは誰もが憧れる立場に変わっている事も象徴していますし、現在ではマスコミによって政治家が決まっているといっても過言ではないくらい力を持っています。
そう考えると共認原理へと時代が変わったにも関わらず、ごく一部のマスコミや教育機関によって肝心の社会の共認内容が決まっている事に現在の根本的な閉塞の原因があるのは間違いないでしょう。



喜田育樹
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