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報道の自由,知る権利

国民の知る権利に応えるために,報道機関には,表現・報道の自由が保障されなければならない,という.

私達は,国民である前に人間だ.
いつのまにか,国という制度下の国民として,知る権利が与えられ,報道機関はそれをたてに,特に知りたくもない報道,番組を垂れ流しているし,無駄が多すぎる.ワイドショーなんてその典型だ. (タマちゃんを知る権利,とか,他人の不倫を知る権利っていうのがあるのか?そんなものを報道する自由って必要なのだろうか?)

社会的強者である報道機関が主張する,報道の自由によって,人間的な生活を脅かされる人がたくさんいる.
それに,国が弱くなると,強い国の報道の自由を押し付けられてしまうことだってある. (イラク国営放送の報道の自由はアメリカの報道の自由の前に押し潰された)

国に与えられた知る権利を大事にして何かを要求したり,報道の自由を押し付けるテレビに期待するのは,もうやめて,仲間と手ごたえのある何かをつかむため行動に出る人々の動きに,人間性を感じるし,可能性も感じる.

テレビが面白くない,という実感は,国民としてではなく,人間としての意識の変化からわいてきているのだろう.


やすにし
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