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市場社会に組み込まれた装置=テレビの不全


民放テレビ局の視聴者は,消費者になることを,期待されているのではないか?
民放は,企業の広告宣伝費が主な収入源である.
企業は,広告宣伝費というコストを支払い,視聴者が消費者として,市場で自社の商品,サービスを購入してもらえることを期待し,実現できれば収益を得る.
企業にとっては,何よりも,視聴者から消費者への転換が重要で,最優先される.企業にとってよき視聴者とは,競合他社ではなく,自社の商品,サービスを購入してくれるのが,よい,のであって,つまり,自社だけのよき消費者の育成だけが目的になる.
真っ当な番組づくりや番組の質など二の次,あるいは副産物でしかなく,番組作りの収入源が広告宣伝費である以上,この枠から企業自身がはみ出すことはありえない.

視聴者=消費者の方も,高度成長を達成し,生活必需品の需要が減退し,同時に地域社会や世間体などが解体しはじめたころから,日常生活の中で,これ以上何を買ってよいのかわからず,どういう豊かさを実現できるのかわからず,どういう家庭を築けばよいのか,どういう政治家を選んだらよいのか,さえもわからなくなり,テレビに依存収束したのかもしれない.
しかし,もちろん民放は,企業の売上拡大に貢献する装置でしかない.
視聴者が置かれている現実社会を直視し,その課題を現象として表面的に提示できても解決の糸口など提示できるわけがない.
なぜなら,視聴者=消費者という仕組みを隠蔽しなければ,誰もチャンネルをあわせてくれず,その仕組みの追求は,民放自身の存立基盤を揺るがす問い,になってしまう.
視聴者の抱えた,消費者としての期待は満たされるかもしれないが,その他の課題=政治,地域社会,などの消費者を越えた期待は,テレビに依存しても,満たされることはない.

a企業→bテレビ→c(視聴者=消費者)→d市場→e企業
この私権統合が不全になるためには,消費者の消費意欲の減退(宣伝されたって買わない,という行動)が不可欠だ.
しかし,視聴者としての市民は,
f現実社会→gテレビ→(h視聴者=一般市民)→iテレビ→j現実社会
という,構造にいる,と錯覚している.
テレビそのものが面白くないのではなく,(企業そのものが面白くないわけではないのと同じ意味で)この構図を見事に隠蔽したまま,あくまでも視聴者が,企業に消費者になるよう期待されることの不全と,視聴者が,あくまで一般市民としての現実課題を満たしてくれるようテレビに依存することの不全,が,問題になっているのではないか?

では,実現論滅亡 ニ,市場の崩壊(実現論3_4_02)の,
<従って、大恐慌に成れば(既に現在の日本人の消費態度が明示している様に、)先行き不安に備えてサイフのヒモを締め、食糧と日用品以外の物は殆ど買わなくなる。従って、需要は一気に7割減まで落ち込み、失業者も5割を超えて終う。これは、市場が過去に経験した事のない事態である。>

となったとき,テレビを支えていた仕組みはどうなるのだろうか?
こういう状況を記録する力はまだ,残っているのだろうか?
一般市民が(市場社会の消費者)という枠からはみ出されたとき,その課題は,不全感は,誰が何処で,受け止めてあげられるのだろうか?


テレビの不全をまずは,検証することからはじめようではないか.


やすにし
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