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「テレビは面白くない」に疑問。でも‥‥。

>テレビが面白くないとき、それは現実が「生き生き」している証拠ではないかと思う。(51484)

これは衝撃だった。私はテレビ全般をを面白くないとは思わずに日々生活している。
中には面白くない番組はあるし、これは嘘だろうと疑問に思うことは多々あるが、テレビが私権を追求しているのを承知で見ている。

何故なら、常にその情報が真実で客観的なものか疑問を抱く心を持ち、その情報だけを鵜呑みにさえしなければ、1つの情報源として得られるものはあると考えていたからだ。

しかし(51484)の方の上の言葉を目にし、テレビを私が面白いと感じる理由をもっと深く掘り下げようと思った。

私はドキュメンタリーを好んで見る。生身の人間、自分に近い部分を持つ人々が頑張ってる姿を見ると勇気づけられ、私も頑張ろうという気になるからだ。

そこで気づいた。私はそのドキュメンタリーの出演者と自分を重ね、あたかも自分が体験しているようにその番組を見ていたことを。

私がテレビを見たいと思う理由が「こういった体験がしたい、こういった感動を日々味わいたい」というものであるなら、私は(51484)の方がいう「生き生き」した日常を欲するが故の代償行為として、テレビを見ていたのではないか。

つまり『現実が「生き生き」していない』が故にテレビが面白いという結論に達してしまう。
いや、違う。私は今の生活が「生き生き」していないとは思わない。悩みはあるが、毎日が楽しいし充実している。

では何故か。
もっと自分は何か出来るはずだという気持ちが常にあるからだ。
日々は充実していても、日々いろんな事に疑問を抱いている、「どうしてなんだろう」と。
しかし周囲とそういった疑問について軽い話しはしても、深く話す機会はあまりない。それ故、もやもや感は払拭されず日常を過ごしてしまう。

私はもっと人と考えたかったのだ。幸せになる方法を。
物理的ではなく、もっと精神的に幸せになりたい。人が人を騙したり、傷つけたり、殺したりしない日本、または世界であって欲しい。
これは自分の幸せのためであり皆の幸せのためである。
きれい事みたいであるが、今の時代における混沌はそれを求めなかった結果ではないか。
こういった事を話したかったのだ。

こういった場で、いろんな人の考えに反応出来る状況を欲していた自分に、この機会が無ければ気が付かなかったかもしれない。
私以外にもこういった人が声を出す機会を窺っているはずだ。そういった人への気付きの場としてここがもっと広く存在する事を希望する。



黒澤美樹
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