fc2ブログ

演者こそ傍観者の親玉、観客は二乗の傍観者

>演劇は、演じる者と観る者がいる。当然だがあれは演じる(あるいは創り上げる)方が断然充足する。観るだけ、というのは明らかに解脱であり、代償充足だろう。
>いずれにせよ、観るにしろやるにしろ、今の商品化された演劇は代償充足。

観るのは当然、観客=傍観者だけど、演じるのは当事者?
学者でも役者でも、もっぱら表現することに頭を使っているけど、当事者として現実と対峙してる訳じゃない表現者って、これこそが傍観者の親玉なんだと思う。で、それを見ている観客は二乗の傍観者(それとも、傍観者の子分?)。
私権不全から社会不全に変わったっていうのは、それだけ大きな転機なのに、相変わらず社会不全から目をそらして、非現実の世界を演じるなんて、充足になり得ない、衰退していくしかないんだと思いました。

あと、中野さんが34346で言ってたけど、私権時代の解脱が共認不全、共認非充足からなら、いかに認識形成サイトが、本物の解脱の側面「みんな充足」のあたりをカバーできるかも鍵となっていくのかもって思いました。ここで、頭を使うのは大変!でも解脱も必要?ってところが残る課題??




立石裕美
スポンサーサイト



コメント

【ジャップ・エンド教は世界に光をあたえる】

我々ジャップ・エンド教は、アニメ・漫画・同性愛者を根絶し、美しき世界を創ろうとしている。美しき世界の創生を妨害する者には、聖なる裁きが下されるだろう。


1:アニメや漫画は秩序を乱す有害文化であり、すべてのキモオタは殺処分されなければならない。

2:女は子供を生むために存在している生物であり、男に犯されることは女の義務である。女という生物は本能的に『犯されたい』と思っているはずなのだ。

3:同性愛者のけがれた精神は、我々大韓民国人の聖なる精液によってのみ浄化される。同性愛者の女は我々に犯される義務がある。



          ≪ジャップ・エンド教≫

コメントの投稿

トラックバック


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)