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観客化、市場化と「いつでも充足」

 15730「 犯罪報道に対する違和感と観客化」でも触れましたが、観客化することで、人は単にそれを見る(楽しむ)だけの無責任な存在となってしまいます。つまり匿名存在の基礎となる顔無し、名無しの無責任存在へと人々が堕してしまう原因の一つが観客化にあるといえそうです。

 >テレビなどのメディアの発達は、この解脱充足をいつでも実現可能にしてくれた…。個室化を推し進めることを可能にさせたのは、この【常時充足】を実現したメディアの発達を抜きにしては考えられないのではないでしょうか。(吉国さん、16258)
 仰る様に観客化を、極限まで推し進めたのがメディアと言うのは、良く理解できます。 
 
 しかし逆にこの人々の常時解脱の欲求=いつでも手軽に充足したいという欠乏こそが、限りない観客化と匿名社会化を推し進めた有力原因とも言えるのではないか、と私は思います。
 
 実際市場社会の本格化とともにこの「いつでも解脱充足」出来る装置が拡大してきました、古くは新聞、本、映画、さらにレコードやラジオ、そしてそれらの集大成がテレビというメディアでしょう。
 これらはより手軽に、より感覚刺激を強めるベクトルで進化してきました。これらの媒体は一方的であり元もとの解脱にあった(お喋りにさえある)、参加充足は殆どありません。しかし、大衆は明らかにより手軽にいつでも解脱充足を楽しめると言う方向に選択を行ってきた事を意味します。
 
 さらに遡れば、人々が観客化した原因は、参加充足の場=「まつり」の場の崩壊←共同体の崩壊(村落共同体ではまつりは解脱の場として既に矮小化されかつ、非日常のものになっていましたが)にあり、その原因は市場による侵蝕にあります。
 
 ところで市場が登場する事によって、金を持つものは、生産(という苦労)をしなくても「いつでも消費充足」出来るというそれまでの自給自足とは全く異なる構造が生まれました。
 つまり考えてみれば、この市場そのものも、「いつでも(解脱or消費)充足」という欠乏=需要を母胎として発展し拡大したという事さえ言えるかもしれません。

 どうも結構この「いつでも充足」の問題は根が深そうです



北村浩司
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