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GHQが昭和天皇を処刑せずに天皇制を存続させた真の理由


『516.敗戦後、天皇制が存続したのはなぜか?』(福田元昭の「桜の木になろう」)リンクより転載します。
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(1)敗戦後、天皇制が存続したのはなぜか?

GHQが存続させたから。GHQが存続させた理由は、多くの臣民が昭和天皇を崇拝していて、国際世論を考慮して昭和天皇を処刑したら、日本を間接統治しにくいから。こうした説明が一般的である。

 ~中略~

(5)敗戦時、本当に多くの臣民が昭和天皇を崇拝していたのか?

ところで、敗戦時、本当に多くの臣民が昭和天皇を崇拝していたのだろうか。崇拝している振りをしないと、治安維持法違反容疑で暴力を振るわれる時代だった。下手をすると小林多喜二のように暴力で殺される時代だった。面従腹背だった人々もかなりいたのではないか。

リンク
↑画像 1945年8月14日に撮影されたにもかかわらず、1945年8月15日と言う事にした臣民が宮城前で土下座している写真

<一部簡略化した上での転載開始>宮城前の玉砂利で臣民が土下座している写真、実は14日にヤラセで撮影されたものである。

1945年8月14日、『宮城前に来たから拝んでいこう』という気持ちで二重橋の方へ歩いていったところ、ちょうど『写真』の位置で、腕章を巻いたカメラマンに呼び止められ、『写真を撮りたいので、土下座してほしい』と云われた。他に写真のように多くの人々が座らされ、『撮影しますからお辞儀してください』と云われて撮られたのです。

ノンフィクション作家鬼塚英昭は『日本のいちばん醜い日』で、「私は八月十五日について書かれた本をたくさん読んできた。あの日、あの広場にいて、そのことを書いた人の記事を探した。無い、のである。」と書いている。つまり、宮城前で自発的に国民は三々五々集まってきて、玉砂利にひれ伏して号泣したとか、天皇に詫びたなどという事実はまったくなかったのである。

ただ唯一、鬼塚が見つけたのは木戸幸一の日記の中に、玉音放送のあと、宮城前に続と集まった人々はいて、彼らはやっと絶望的な戦争が終わった解放感から「万歳」を唱えていたという記述を見つける。戦争を嫌っていた国民が「天皇陛下万歳」ではなく、ただ戦争が終わったことを(喜んで)「万歳」と叫んだだけであった。

1945年8月15日付けの新聞に掲載された“土下座写真”については、佐藤卓己著『八月十五日の神話 終戦記念日のメディア学』(ちくま新書)でも虚構であることが検証されている。<一部簡略化した上での転載終了>

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残念な事に多くの歴史教師は、“土下座写真”がヤラセだと解っていない。他の例も含め嘘を嘘だと解らずに教えている教師が余りにも多い!

上の転載記事を読むと、敗戦時、本当に多くの臣民が昭和天皇を崇拝していたという話は虚構である可能性が高い。

それが虚構だとすれば、(1)で記した天皇制存続の理由も根拠を失う! その分、(4)で記した真の理由が光ってくる!

 ~後略~
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猛獣王S
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