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テレビ報道で自民党潰しが始まった?

4/10(日)夕方、ヒマなので何気なくテレビの番組欄を見るとMBS(毎日放送)「テレビ史を揺るがせた100の重大ニュース 今夜一挙公開」が目に付きました。「何で? 今頃?」が頭をよぎりましたが、そのまま風呂へ。1時間後、やっぱり気になるので・・・

全ては見ていませんが、明らかに「自民党潰しの報道ではないか」=「マスコミの支配構造が変わり始めている」と感じたポイントを紹介します。


○ペルー日本大使公邸人質事件(1996年)
1996年ペルーの日本大使公邸を14人のテロリストが襲撃し日本人24人を含む72人が人質にとられました。
番組では人質救出作戦を間近で記録したペルー政府軍撮影の映像を日本初公開。爆破までのカウントダウンなどが映っていました。
さらに、作戦を指揮していたフジモリ元大統領から番組宛に直筆の手紙が寄せられました。そこには人質救出のための極秘作戦が記されていました。その内容とは?

⇒日本大使館に軍が突入したときに、軍が助け出したのは日本人以外であることを明確に報道。日本人は、2階から飛び降り脱出に成功。日本政府は、一体どのような交渉をしていたのか? という不信感を抱かせる番組編成。


○日朝首脳会談(2002年)
2002年小泉純一郎首相が初めて北朝鮮を訪問。史上初の日朝首脳会談が実現しました。番組では首脳会談実現に向けて行われた水面下での交渉にスポットを当てます。北朝鮮側の交渉担当者ミスターXの正体とは。首脳会談実現までの緊迫の舞台裏に迫ります。

⇒拉致問題を解決しようと水面下の交渉に入ろうと考えたのは政治家でなく官僚。小泉に水面下の交渉の承諾を取りに行ったときに「失敗したら責任を取れないので、絶対に極秘で」の指示。
当事者の官僚のインタビュー付きので、拉致被害者の日本への返還は全て官僚がお膳立てをし、政治家は官僚のお膳立てに乗っただけ、を強調する番組編成。


○羽田闘争・学生運動激化(1967年~)、成田空港開港:警官、機動隊員の暴力

⇒機動隊や警官が、反対する学生や住民に対して、警防で殴ったり、蹴ったりする映像が異常に多かったこと。

極め付きは、反対する学生たちは成田空港開港前の管制室に窓のガラスを叩き割って内部に入り、機器等を破壊。その後、機動隊がかけつき、機動隊も管制室の外部から中に入ったのだが、学生たちは無抵抗(恐らく、学生たちの目的は、開港時期を少しでも遅らすことを目的とし、機動隊と闘う意思は無かったと感じられた)であるにも関わらず、機動隊が学生たちに警防を振り下ろしていた。
かつ、機動隊が学生を確保した映像が流れたときに。(このような大人しい学生が何の理由もなしに)このようなことをするとは思えないというコメントが。


○ミグ25亡命事件(1976年)
1976年ソ連の戦闘機ミグ25がレーダー網をかいくぐって北海道の函館空港に着陸。乗っていたソ連軍の中尉がアメリカへの亡命を求めます。その後、ミグ機の奪還、爆破を目的としたソ連軍ゲリラが日本に侵入するという情報が入り自衛隊は警戒態勢に。番組は当時最前線にいた自衛官らを取材。北の空で起きた一触即発の危機、緊迫の現場を検証します。ミグ25亡命事件の全貌が明らかに。

⇒ミグ25をソ連軍が取り返しに来るという情報が流れ。自衛隊の陸・空・海が応戦する準備に入る。しかし、内閣の指示が無ければ交戦出来ないので待機。
一方、政府は、ロッキード事件から三木降ろしに夢中で、全く国会議員は誰もその重要性を認識していなかったと番組で断言。当時の指揮官もインタビューで同様のコメント。

さらに、上記の状況の中で3機の未確認飛行機が函館空港方面に来ていることが判明。自衛隊の指導部は、内閣の指示は無かったにも関わらず、迎撃指示を出し、危うく撃墜するところだった。当時の指揮官もインタビューでそれを裏付ける証言。(実は、陸・空・海の連絡の不備。3機は自衛隊の飛行機であった。)

また、上記記録が自衛隊の記録から削除(2行程度の紹介に)されたことも報道されていました。

ここまで、作為的な再現映像を作るか・・・・・(何のために? を感じとらされる構成)



「テレビ史を揺るがせた100の重大ニュース 今夜一挙公開」は、ユーチューブリンクで見れます。



加藤俊治
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