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朝日だけじゃない!“新聞サマ”はすでに死んでいる ②


以下①より続く


月刊誌『創(つくる)』の編集長として長年、新聞の栄枯盛衰を見守ってきた篠田博之氏は、今回の問題について、こう指摘する。

「朝日もひどいけど、それを叩く読売もひどい。新聞社には、明治以来の伝統を背負っているという意識があるようですが、例えば読売の清武(きよたけ)問題についての報道なんて、客観的事実と当事者である読売の主張との区別が紙面でつけられていません」

ここで新聞の歴史を振り返ってみると、新聞は明治時代、激動の最中に生まれ、大正時代にどんどん部数を伸ばしていったーー。

「新聞は日本の近代化に伴って成長していきました。かつては新聞とラジオ以外に情報を得る手段がなかった。新聞に載らないと事実として流通しないというのは、圧倒的な権威です。そうした背景のもと、部数が伸びるほど権力も強くなり、『公器』という存在になりました」(篠田氏)

しかし、その公器になったタイミングと、言論の自由がなくなった時期――つまり第二次世界大戦は重なる。新聞が政府の言い分を垂れ流して国民の戦意を高揚させた「大本営発表」の時代だ。

戦後はその反省をもとに、新聞は「権力監視」という役割を担ってきた。それと並行して、朝日新聞と読売新聞が熾烈(しれつ)な部数競争を展開。1977年に読売新聞が朝日新聞を抜いて発行部数世界一を達成した。

しかし、その後も「インテリは朝日を読む。読売を読むのは巨人ファン」とされる時代が続いた。

「読売が朝日の部数を抜いた後も、経営者などへのアンケートを見ると『朝日のほうが質が上』という結果が出ていたといわれるし、朝日の記者も確かに、『オレたちのほうが上だ』という意識を持っていた。かつては新聞業界を希望する学生の応募者数も朝日が1位で、筆記試験を同じ日にすると学生が朝日に行ってしまう。読売はずっと朝日に対してコンプレックスを持っていたんです」(篠田氏)

ところが、1990年代以降はマスコミ不信、ネットの普及などで、新聞の地位はだんだんと低下。今回、朝日新聞の体力が衰えてきたところで、読売新聞の鼻息が荒くなった、というわけだ。

「朝日の一連の問題が起きてから、読売は今が好機とばかり、慰安婦報道についての拡販用冊子を配って読者を獲得しようとしています。一部報道によると『A作戦』というそうです。朝日が叩かれているタイミングで拡販に乗り出すのは、いかにも読売らしい。

新聞も企業である以上、思想的な部分と商売的な部分があるわけですが、部数減による権威失墜と同時に『権力批判』という原則論がだんだんと希薄になり、企業の論理が優先されるようになってきてしまいました。実際、今の新聞社は不動産収入のウエートが高くなっているといわれています」(篠田氏)

篠田氏は、新聞の衰えを肌で感じた瞬間があるという。

「朝日は慰安婦問題の訂正を春頃から準備していたのですが、以前の朝日であれば、訂正記事を“防衛線”にしながら新事実を発掘する取材も同時に進め、ポジティブな“反撃”に転じる体力があったでしょう。でも、今回はそれができなかった。

朝日の上層部は訂正記事で慰安婦問題にケリをつけるつもりだったのでしょうが、逆に火をつけてしまった。池上氏のコラムの掲載中止問題など、やることがすべて裏目に出ています。余裕がなくなって、つい過剰反応してしまうんですね」

そして現在、読売新聞の今年7月時点での発行部数は約925万部で、昨年7月から約60万部減。朝日新聞は今年7月が約727万部で、前年同月比約30万部減(日本ABC協会調査)。朝日騒動があってもなくても、両紙ともに、部数減に歯止めがかかりそうにはないのだ。

■週刊プレイボーイ39号「昔は“エラかった”らしいけど、今はもう……『新聞サマ』とっくに死んでるし
・・・・・
以上です。



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