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真実を語ると干される日本のマスコミ界

今夜、NHKアナウンサーの堀潤が退職願を出したとのツイートがTLを駆け巡っています。発信元は堀から依頼を受けた津田大介のツイートリンク、憶測が飛び交っていますが、堀潤とは既存メディアの限界を超えツイッターにて事実発信を試みた人、で結局圧力に屈して辞めざるを得なかったのが事実でしょう。

このように真実を語ったことにより大マスコミから干された事例は少なくありません。ここに紹介するのは元フジテレビアナウンサー山川建夫氏のツイートです。同世代の人なら顔を見れば思い出すでしょう、いつの間にかTVから姿を消したと思っていましたが43年前に壮絶な退社劇があったのですね、ご本人のツイートですから迫力があります。

以下、リンクから転載です。
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照美さんの番組終了は年初めから公表されていたが、43年前、出演していた朝のワイドショーでのぼくの降番については視聴者に最後の日まで知らされなかった。そのまま行けば、ぼくは突然、番組から消える事になっていた。レギュラー出演者が或る日急に消えるという「異常事態」が何故起きようとしたか

70年当時、ベトナム戦争は末期的な状況だった。メディアはベトナムでの米国の戦争を支持していた。だから番組内での反戦的発言は許されなかった。その一方、ゲスト出演者の中で米国を支持する者は沢山いた。その一人の発言に堪りかねて思わずぼくは言葉を挟んでしまった。

ベトナムでの取材を終えて出演したゲストは、それが命がけだったと言い、日本に帰って来てこの国が平和で素晴らしいと言った。ぼくは反射的に「あなたが平和だと言う日本の基地からベトナム人を殺しに米軍が出撃している事をどう思っているのか?」と強い口調で問いただした。

更に、「数日の取材でベトナム戦争が分ったような口は利かないでくれ」といった為、ゲストを怒らせた。この「事件」後、ぼくは上層部からゲストに謝罪するように言われたが突っぱねた為、問題が尾を引き、その後の「反戦発言」も重なって、とうとう番組から降ろされる事になった。その日が近付いて来た

ぼくにとっての番組最後の日、その枠内のどこかで視聴者に別れを告げたかったが、とうとう最後まで来てしまった。メイン司会者が「突然ですが今日で山川さんが番組を降りる事になりました」と告げた。そのままCМに入る筈だったのに、何故かまだ1分近く時間が余っていた。彼がぼくに発言を振った。

ぼくに発言のチャンスが回って来た!ぼくは、これまでの感謝と、この降番が自分の意志では無い事を辛うじて告げた。それでもまだ30秒程時間があったと思うが、言いたい事は山ほど有ったのに何も言えなかった。無言の、石と化したスタジオに永遠と思える30秒が経過しCМに入った。

CМに入った途端、突然スタジオが動いた。ぼくは10数人の管理職に手足を抱えられ、そのまま役員室に連れ込まれ、つばが飛んで来るほどの罵声を浴びせられた。一方、TVを見ていた視聴者は一体何が起きたのか分らず、一斉に局に電話を掛けた為、回線のヒューズが焼き切れ不通となった。

ぼくが引き起こした「事件」は、メディアからスタジオジャックとか言われたが、それまでのバーチャルな繋がりだった「視聴者」と直接会える事になり、ただ受け身の状態での視聴から、TVに主体的に係わり、視聴者の意見を反映させ、TVを変えて行こうという機運が生まれかけたのだが・・。

TV局の後ろに国が、そのバックに米国が、という構図の中で、一人で立ち向かったとしても所詮は線香花火。あっという間につまみ出されたというところ。局アナ生命の終わり。たったのワンチャンスでした。だから、ぼくは、吉田照美さんの果たして来た「役割」に本当に頭が下がります。
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転載、以上
これは、文化放送「ソコトコ」パーソナリティーでディア界の中で、突出して「事実」をリスナーに提供して来た吉田照美の番組が終了する(させられる)のを受けたツイートです。
私達はよく中国や北朝鮮などの情報統制下の国民を哀れみますが、実は自分達も同じ状況なのだと自覚する必要を強く感じました。真実を隠蔽・黙殺するマスコミ、社会に未来はありません。



ムカシ若者
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