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滅亡のイメージ

>経済破綻が起こった場合のシュミレーションを経済学的視野でしか掘り下げれていない事が、「市場板のなんとなく収束しない感」の要因のような・・・(72220にっすぃ~さん)

もう一つの要因に、滅亡という状態がどんな状態をさしているのかが分からないということもあると思います。人類が一人残らず死ぬことを指しているのか?そんなことは起こらないだろう、という疑問です。ハイパーインフレを起こした国もなくなっていない、何が問題だという疑問もここから来ているのではないでしょうか。

滅亡の問題を私は、歴史の停滞もしくは逆行の問題だと捉えています。人類は今、日本を先頭にして、本能に基づく私権闘争→序列原理の社会から、共認原理の社会への転換点に入ろうとしています。この大転換は、豊かさの実現により本能を直撃する貧困の圧力が無くなり、私権闘争が無意味化した事が実現基盤です。

ですから、国がなくなるとか、人類が滅びるとかいうほどの混乱ではなくても、国家秩序が崩壊し、生きるのがやっとという状態に逆行すれば、共認社会の実現は不可能となります。実現論で問題にしている滅亡状況とは、パラダイム転換を可能にするような豊かさの実現を支える、科学技術の継承が困難になるぐらいの混乱状態ということができるのではないでしょうか。

カンボジアはポルポト政権下、知識人を始めに大虐殺が行われ、内戦もあって人力に頼る農業生産のレベルまで後退しました。ユーゴスラビアの内戦もかなりのものだったと思いますが国連軍の投入でカンボジア状態までは行かずにすんだようです。カンボジアも、国際社会の支援を受けて何とか復興には向かっているようです。

西澤さんが述べられているような、従来のハイパーインフレ問題も、市場経済で敗者になった一部の国家の問題だといえます。これは、勝ち負けであり、滅亡ではありません。

しかし、今問題にしているのは、市場経済末期の問題であり、一つになった世界の資本市場が一気に崩壊すかもしれないという問題です。残念ながら、豊かさを実現しつつある国ほど大きな秩序崩壊の渦に巻き込まれることになります。国連も機能しなくなり、内戦の調停や復興の支援をしてくれるところもないでしょう。

これは、全人類が滅亡するわけでも国がなくなるわけではないとしても、先進国がすべてカンボジア、ユーゴスラビアのような殺し合い、混乱状態を経て中世のレベルまで後退することを意味しています。多くの人が辛酸をなめ、共認社会の実現は何百年も先になるでしょう。



野田雄二
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