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レミングの“集団自殺”はディズニーの映画制作者が作り出した

レミングは北極近辺に住むげっ歯類で繁殖力が高く、個体数が増えすぎると集団で入水自殺をするという説があり、人類の未来として例えられることもしばしばあります。

この“集団自殺”は、ディズニーのドキュメンタリー映像が根拠となっていましたが、その映像が、映画制作者達が強引に撮影したものであることが明らかになっています。

◇レミングは「集団で自殺する」という迷信はなぜ生まれたのか?リンク
<Gigazine>より
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「集団で入水自殺する」という迷信が存在するレミング(タビネズミ)について、なぜそのような奇妙な迷信が生まれたのかを科学者たちが解説しています。

アラスカ州立野生生物学者のトーマス・マクドノー氏は、レミングの入水自殺について「完全に都市伝説だ」と断言しています。また、なぜレミングに関するこのような迷信が生まれたのかについて、「1950年代のディズニーのドキュメンタリーがこの迷信の元となっており、いつの間にか迷信の方が主流になってしまい広く知られることとなった」と説明しています。

レミングは広々とした草原に生息する短い尻尾を持ったげっ歯類です。アラスカには冬に白くなる唯一のげっ歯類である襟付きレミングのほかに、3種類のレミングが生息しています。

迷信のもととなったと考えられたディズニーの映画は、「True-Life Adventures」シリーズのひとつである「White Wilderness(白い荒野)」です。1958年に制作された「白い荒野」では、集団自殺するレミングの不思議な行動が特集されています。

レミングが海に身を投げて自殺するシーンは以下のムービーの1分30秒あたりで見ることが可能。
リンク

カナダ放送協会のプロデューサーであるブライアン・ヴァリー氏が1983年に行った調査から、「白い荒野」で撮影されたレミングの行動は偽造されたものであることが判明しています。ムービー中のレミングが海に飛び込むシーンは実際にはディズニーの映画制作者たちに投げ入れられることで撮影されたものであり、編集と意図的なカメラアングルにより人工的に作り上げられたシーンであるというわけです。

また、「白い荒野」が撮影されたのはカナダ・アルバータ州ですが、アルバータ州は内陸部であり、自然のレミングが生息している地域ではありませんでした。そこで、ディズニーの制作陣はマニバト州などいくつかの土地でイヌイットの子どもたちから「自殺させる用のレミング」を購入したことも判明しています。

「白い荒野」ではディズニーで脚本家として活躍したウィンストン・ヒブラー氏がナレーターを務めているのですが、レミングが集団自殺するシーンでは「一種の強迫観念が小さなげっ歯類を捉え、理不尽なヒステリーによりレミングの集団を奇妙な運命へと誘っていった」と語られています。

もちろん動物ドキュメンタリーなどでは、「白い荒野」のように演出によりシーンが作り上げられることがしばしばあります。しかし、「ディズニーはどこかから(レミングが集団自殺するという)アイデアを得なければいけなかった」とマクドノー氏は語ります。レミングの個体群は、捕食者や食料、気候などさまざまな要素によりそこ行動を大きく変化させることが知られています。理想的な条件下では1年で個体数を10倍にまで膨れあがらせることが可能ですが、食料が足りない場合はビーバーなどと同じように群れを散り散りにする習性を持っているそうです。よって、無理やり撮影地のアルバータ州にレミングを連れてきて、さらに群れに外的なプレッシャーを与えることで混乱させ、レミングたちが自殺しやすくなるよう誘導したのではないかとマクドノー氏は推測しています。

レミングはもともと泳ぐことができる動物であり、連れてこられたアルバータ-州が食料が少ないなど生息に適さない場所であれば、水に飛び込み緑の牧草地を求める可能性は十分にあります。さらに、レミングの中には溺れてしまう個体もいます。そういったさまざまな要素が絡み合い「集団自殺するレミング」という映像のアイデアが生まれたのではないかと推測されているわけです。
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そもそも外圧(外敵闘争)に適応すべく形成された本能に、「諦める」という収束先はありません。(結果的に死に至るとしても)
メディアによる欺瞞を打破するには、事実認識に基づく判断が不可欠になります。




稲依小石丸
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サッカー熱を沸騰させて若者を、日本をミスリードしようとしている

異常なサッカー熱。
成人年齢を引き下げ、若者を、そして日本をミスリードしようとしている!
やっぱり日本危うい!<本澤二郎の「日本の風景」(3011)リンクから引用させていただきます。
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<ヒトラー戦法投入のサッカー熱>
 毎朝、毎日新聞や日刊ゲンダイ、そしてテレビ報道を見て、永田町の事情通が連絡をくれるのだが、昨日の6月20日はロシアでのサッカー世界大会一色の報道に仰天したらしく、電話を取るなり「日本の将来がアブない。思考しない若者だらけの日本に改造されている。危ない」と叫んだ。そういえば、国民を束ねるのにヒトラーは、スポーツを利用した。オリンピックを巧妙に利用したことは、歴史の教訓としてよく知られている。
安倍晋三の日本会議も、2020年東京五輪に向けて、ヒトラー戦法を、まずはサッカー試合で始動させたものだろう。日本が危ない、は事実である。
(中略)
 テレビを見ていない筆者は、NHKラジオを同日夕刻にかけてみると、事情通の心配はその通りだった。
 午後7時のトップニュースは、普通の感覚であれば「会期延長問題」である。なぜ32日も延長するのか。「財閥のための労働法制がそんなに重要なのか。理由はどこにあるのか」「カジノ法案に公明党が山口を先頭に率先して賛成に回った。原因はなんなのか。創価学会婦人部の抵抗は、単なる田舎の猿芝居なのか。やくざと政治屋の関係は、深くて長いとは、どうしてなのか」など国民の疑問は山ほどある。
 NHKは、それを簡単に後ろの方で、報道してしまったので、国民に印象が残らない。
 他方で、サッカー報道は現地の狂気じみたサポーターの声を、しっかりと伝えていた。

 思い出した。NHKはカジノ法案と言わない。IR法案として解説するため、素人はなんのことか理解できない。大衆が理解できないようにして報道する、理由は自公内閣にとってマイナスにさせないためだからである。
 日本国民は、政府与党から愚民扱いされているが、広報機関のNHKからも小馬鹿にされているのである。「博打とやくざ」「150万ドル賭博事件」といった教育上、大事な視点からの解説は100%ないのである。
(中略)
 本来の五輪は参加することに意味があるが、実際は金・銀・銅を、国単位で争い、競争することである。勝者には国旗が掲揚されて、それを見る人々は、いっぺんにナショナリストに変身する。独裁者の狙いは、ここに絞られるのである。
 この場面に9条解体のための改憲改悪の国民投票をぶつけてくる。莫大な金でそれを長期間繰り広げると、人類の宝物である日本国憲法は、若者の投票で、崩壊させられる運命を迎えることになる。このことについての、研究が今きわめて不足している。ハイル!ヒトラーだ。
(中略)
<安倍反対派はNHKと信濃町を包囲せよ!>
 この機会に、安倍・自公の改憲軍拡路線に反対する善良な日本国民に訴えたいことがある。
 敵は本能寺ということである。官邸や国会に向けたデモが無意味だとは思わないが、それによって安倍を退陣させることはできない。権威ある心理学の大家に占ってもらう必要もないほど、心臓の精神はイカレテしまっていて、普通の心臓ではない。

 そこで安倍を支えている二本柱に対して、集中攻撃の槍を向けるのである。信濃町を1万人デモでも、城は崩壊するだろう。それはNHKも、である。10万人包囲デモなら1日でケリがつく。100万デモなら、一瞬でケリがつくと思われる。
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上前二郎

ゆとり世代の転職が絶えない「本当の理由」~「自分らしいキャリア」を社会が煽っている~

リンクより引用

日本で1年間に何人が転職を経験しているかご存じだろうか。総務省統計局の「労働力調査」によると、2016年の転職者は306万人。2008年のリーマンショック以降、転職者数は減少傾向にあったが、7年ぶりに300万人を超えた。

■転職市場の主役はアラサー世代
年齢別に見ると、25~34歳が77万人と最も多く、転職者全体の4分の1を占める。
昨今は35歳以上の転職者が増加していると言われるが、35~44歳の就業者全体に占める転職者の割合はここ5年間で大きな変化はなく、25~34歳は約7%、35~44歳は約4%だ。
転職市場における30代前後、いわゆるゆとり世代の存在感が依然として大きいことが統計から読み取れる。さらに別の調査からは、ここ20年でアラサーの転職がより一般化している実態が見えてくる。

1997年に労働省(現・厚生労働省)が実施した「若年者就業実態調査(対象は30歳未満の労働者)」では、「初めて勤務した会社で現在勤務していない」と回答したのが28.2%だったのに対し、2013年の厚労省による「若年者雇用実態調査(対象は15~34歳の労働者)」では、対象者の約半数(47.3%)が、勤務していないと答えている。2つの調査の回答を25~29歳に限定しても、1997年調査では同34%であったのに対し、2013年調査では同45%となっている。

若年層の転職が増えている背景に、非正規雇用者の増加があるのはよく知られたことだろう。「一般的に不安定で離職や転職が多くなる非正規雇用者の増加が、見かけ上の労働市場の流動化を促している面がある」と教育社会学者の中澤渉は指摘している。ただ、非正規雇用の増加だけがその理由ではない。リクルートワークス研究所が実施している「ワーキングパーソン調査」によれば、正規雇用の若者に関しても転職者は増加している。

■若者は我慢が苦手だから転職するのか?
転職者へのインタビューで彼らに転職理由を聞くと、彼らはよく「自分らしいキャリア」という言葉で説明する。「自分がやりたい仕事」「自分の個性が発揮できる仕事」「自分ならではの仕事」を重視する姿勢が見て取れる。そうした若者に対し年配社員たちは、「下積みの時期やトレーニングがあってこそ、大きな実績や成果を出せる」という考えの下、転職していく部下を「わがまま」で「自分勝手」と思うケースが少なくない。

今の若者が昔より転職するようになったのは、本当に「我慢が苦手だから」「移り気だから」「やりたいこと探しが好きだから」なのだろうか。より広い視野で「若者の転職」をとらえると、違う理由も見えてくる。それは「転職しようという意思が芽生えやすい社会構造に変化したから」という理由だ。

転職市場に影響を与えた社会構造の変化とは、「少子高齢化社会の到来」と「企業間競争のグローバル化」である。この2つの変化がなぜ若年転職者の増加につながるのか、説明していこう。

まず少子高齢化はそのまま、労働年齢人口の減少を意味する。国が経済成長を掲げる中で、それを担う人材が減少しているのは致命傷といえる。少ない人数でも成長を維持できるよう、1人ひとりの人材ができるだけ早い段階から戦力として育つことを社会が求めることは非常に理にかなっている。
次に、企業間競争のグローバル化は企業の経営環境を厳しくし、人材への投資余力を奪っている。これにより企業が人材を長期に雇用すること、さらには就職したあとちゃんと一人前になるまでの育成の機会を提供することが難しくなった。

そして、こうした社会構造の変化により、できるだけ早く自立し、入社した会社の支援を受けることなく、自らキャリアを作り上げていける人材が求められることとなった。
自立したキャリアを実現するべく、彼らが受けるキャリア教育や就職活動も変化していった。「自分探しを前提とした“就職活動”」と「やりたいことを聞かれ続ける“キャリア教育”」の誕生だ。

就職活動で学生が企業に提出するエントリーシート(ES)は平均で25枚前後、多い人は100枚近くに上る。ESでは「志望動機」と「自己PR」の欄が設けられているため、自分がやりたいことや強みを各社の理念や事業内容に合わせて表現する必要がある。こうした「自己分析」というプロセスは、就職活動ではもはや当たり前となっているが、自己分析が行われだしたのはここ20年くらいのことだ。

それ以前はどのように就職活動がなされていたかというと、学歴、大学歴、あるいは研究室、さらにいえば家族などの縁故を基準とした採用と選考である。企業への就職を目指す学生すべてに、求人企業すべての情報が届くわけではなく、クローズドな状況でやりとりが行われてきた。インターネットの発達などにより今では就職の門戸が開かれた代わりに、自己分析など学生への要求も高度化しているのかもしれない。

■就活に合わせキャリア教育にも変化
そして、こうした就職活動の変化と呼応する形で発展してきたのがキャリア教育である。昨今、小学校に至るまでキャリア教育の弱年齢化が著しい。端緒は1998年の中学校学習指導要領の改訂で、職場見学や職場体験が学校行事として導入され始めた。1999年の中央教育審議会の答申には文部省(当時)関連の政策文書に初めて「キャリア教育」という用語が使用された。

そして、ゆとり教育において「総合的な学習の時間」が導入されたのに伴い、キャリア教育はどんどん広がっていった。さらに2011年の文部科学省の中央教育審議会の答申で、キャリア教育を通して身に付けさせるべき能力として「キャリアプランニング力」(自分のキャリアを自ら形成する力)が掲げられた。

20~30代前半のビジネスマンは程度の差こそあれこうしたキャリア教育と就職活動を乗り越えてきた。彼らにとってキャリアとは「やりたいこと」や「自分らしさ」を土台にして描くものなのだ。そして、彼らが社会によって誘導された「自分らしいキャリア」を求めた結果、転職者が増えているのが実情なのだ。




華里

朝米会談と共同宣言明らかになったマスコミの嘘

北朝鮮の本当のはなし より転載です。
リンク

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2018年06月13日18:30
朝米会談と共同宣言明らかになったマスコミの嘘


ようやく一つの峠を越えた。

史上初の朝米首脳会談では共同宣言が発表された。

共同宣言を文字通り読めばわかることなのに、色眼鏡でしか読めない日本のマスコミは、とんでもない評論を垂れ流している。

政府と同じく世界からカヤの外に置かれている。

北朝鮮が核廃棄を切り売りして見返りを求めているという構図でしか考えられない単細胞なマスコミがこんなに多いのかと驚愕した。

そういう構図の対話なら、アメリカが乗ってくるはずがない。

アメリカは自国の安全保障と国際的地位が脅かされたから、北朝鮮を核保有国とみなし独裁者と対等に話し合うという屈辱を味わってでもテーブルにつくしかなかった。

ただそれがトランプの金勘定にうまくマッチした。

だから会談に至った。

共同宣言書名の後、記者たちがトランプに一生懸命質問していた。

なぜ独裁者と話し合うのか、なぜ譲歩するのか。

トランプはああだこうだ説明していたが、それが最善にして唯一の道だと断言した。

当ブログが再三指摘してきた。


①北朝鮮が求めているのは体制保証でも、核廃棄の見返りでもなく、安全保障なのだ。

共同宣言を見ればわかるように、security guarantees=安全保障

President Trump committed to provide security guarantees to the DPRK and Chairman Kim Jong Un reaffirmed his firm and unwavering commitment to complete denuclearization of the Korean Peninsula.

体制保証を求めたとか嘘をつくから、北朝鮮がお願いして会談をし、見返りを要求しているような幻想が語られてしまうのだ。

そうではなく、トランプ大統領が約束したのは安全保障なのだ。

だからアメリカとの協議は軍事演習中止、終戦・平和条約締結、駐韓米軍撤退、朝米国交正常化ということになる。

朝米両首脳は、朝鮮半島の平和と安定、朝鮮半島の非核化を進める過程で段階別、同時行動原則を順守するのが重要であることについて認識を共にした。

北朝鮮はアメリカに核兵器の見返りとしての経済支援を求めたことはないし、それを話し合ってはいない。

アメリカは制裁を続けると言っていることでもわかることだ。

核廃棄の見返り議論はまさに政治家やマスコミ、エセ評論家のでっち上げなのだ。

このことは日朝関係にも言える。

北朝鮮が日本に求めているのは植民地支配の謝罪と賠償なのだ。


②朝米間で話し合われている「朝鮮半島の非核化」とは、北朝鮮の一方的な武装解除ではなく、南北含めた文字通り朝鮮半島の非核化であり、そこにはアメリカの核兵器も当然含まれる。

アメリカはこの点をぼかして焦点を北朝鮮だけに向けようとしているが、実際に話し合われていることはこういうことなのだ。

これも共同宣言を読めばわかる。

complete denuclearization of the Korean Peninsula


③朝米間で拉致問題が議題に上がる訳がない。

安倍首相が自ら、日朝間で話さないといけないと言ったように、朝米会談で議論する問題ではない。

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当ブログの過去記事を読めば、当方が幻想を語っているのか、日本のマスコミが幻想を抱いているのか、一目瞭然だろう。
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(転載おわり)




孫市 

次の東京は「五輪後の不況」を避けられるのか~五輪が持続的な成長をもたらすとは限らない

世界中がお祭り騒ぎになる五輪は、実は国債と同じで、単なる目先的な(一時的な)活性化をもたらすだけだということが分かります。しかも五輪後はほぼ例外なく開催国は経済不況に陥る。

リンクより引用します。
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オリンピックは、開催国の経済を刺激し、活況をもたらすことが期待される。開催前には、会場の建設、都市のインフラ整備、報道機関や観戦客を接遇するソフト面での準備などで投資が促され、その相乗効果で国内需要が拡大すると見込まれる。しかし、オリンピック開催後はどうだろうか。オリンピックに起因する経済刺激効果は消失し、それが高じると経済成長率が鈍化することも懸念される。

■証券不況に見舞われた前回の東京五輪後
ちなみに、かつて1964年10月に開催された東京オリンピックの後、高度成長期の最中「昭和40年不況(または証券不況)」と呼ばれる景気後退に直面した。その原因には、オリンピックの経済刺激効果がなくなっただけではなく、金融引き締め政策に起因した設備投資の減少、企業業績の悪化があり、さらには株価下落等の影響を受けた山一證券の取り付け騒ぎと経営危機が追い打ちをかけた。

当時、日本の実質経済成長率(実質GDP増加率)は、1963年8.8%、1964年11.2%だったが、1965年は5.7%と鈍化した。結局、山一證券の経営危機に対しては、日銀特融で対処して金融システム不安に波及することを避け、(現在の財政法が施行されてから)戦後初めて国債を発行して短期的に需要を喚起した。この経緯を知る人は、2020年の東京オリンピック後に、1964年の東京大会と似たような不況に直面するのではないかという見方をする人もいる。

オリンピックは、スポーツの祭典としてだけでなく、開催国の経済を活性化するイベントとしても注目されるが、過去の大会で開催国の経済はどうなったかをみてみよう。経済構造や統計の取り方によって差異が生じてはいけないので、以下では、OECD(経済協力開発機構)が統一的に公表しているGDP統計に基づいて比較可能で、石油ショック(あるいはスミソニアン体制崩壊後の変動相場制移行)以降に開催されたオリンピック夏季大会(1980年モスクワ大会のソ連を除く)9回について、開催国の実質経済成長率が大会開催前後でどう変化したかを明らかにする。

実質経済成長率の高低を比較するにしても、高成長期にある国と安定成長期にある国とでは単純には比較できない。そこで、オリンピック開催年の実質経済成長率を100として比較する。ちなみに、1980年前後のソ連のデータはとることができない。

■アトランタを除き軒並み成長率が鈍化
1976年のモントリオール大会以降、開催国の実質経済成長率を、オリンピック開催年を100とした翌年の成長率の大きさで指数化した(日本のみ、旧基準の内閣府「国民経済計算年報」に基づく値)。この値が100を超えていると、開催翌年の成長率は開催年よりも高くなったこと意味する。100を割っていると、開催翌年の成長率は低下したことを意味する。マイナスの値は、開催翌年の成長率はマイナスとなったことを意味する。

1996年のアトランタ大会後のアメリカ以外はすべて、開催翌年の実質経済成長率は、開催年の成長率よりも鈍化していたことがわかる。1992年のバルセロナ大会後のスペイン経済では、開催翌年はマイナス成長だった。分析対象とした9大会中8大会は、オリンピック開催翌年には成長率が鈍化していた。さらにいえば、オリンピック開催年と開催前年の2年間と、開催翌年と開催翌々年の2年間の実質経済成長率を比較した指数も、9大会中6大会は成長率が鈍化していることがわかる。

では、オリンピック開催翌年の成長率鈍化が、どんな要因で生じているか。要因の詳細は、開催国によって差異があるものの、OECDの統計をみると、大まかにいえば次のようなことが言える。オリンピック開催翌年に成長率が鈍化した国では、大半の国で民間設備投資が鈍化(スペイン、オーストラリア、ギリシャでは開催年より減少)している。

公共投資は、1992年のバルセロナ大会後のスペインと2004年のアテネ大会後のギリシャでは減少しているが、他では必ずしも顕著な変化があるわけではない。民間消費は、オリンピック開催前後で顕著な傾向が必ずしも観察されなかった。逆に言えば、オリンピック開催を契機に、民間消費が恒常的に増加するというわけではないようである。

■潜在成長率をどう高められるか
こうしてみると、オリンピック開催を契機に、開催国経済で持続的な成長が実現できる、と単純にはいえない。別の言い方をすれば、オリンピック開催の経済効果は、一時的な需要喚起にはなっても、潜在成長率を後戻りしない形で引き上げることにつながるわけではないといえる。オリンピックは、開催国にとって、その時代の象徴にはなるとしても、マクロ経済にとって新しい時代の幕開けを告げるものには必ずしもなっていないようである。

1964年の東京大会も、高度成長期という時代の象徴にはなったが、高度成長期の次のマクロ経済体制の幕開けを予見するものというわけではなかっただろう。日本経済にとって、高度成長期の次は、変動相場制へ移行した安定成長期を迎えることとなった。

4年後の2020年には、いよいよ東京でオリンピックを開催する。東京大会の成功に向けた準備に全力を注ぐのも大切だが、東京大会開催後の日本経済をどうするかも、今から準備をしておくべきである。重要なポイントは、オリンピックの一時的な需要喚起ばかりにとらわれず、2020年東京大会後にも効果が残る形で日本の潜在成長率をどう高められるかである。




佐藤晴彦

グーグルが握っているあなたの「個人情報」~情報量はフェイスブックよりずっと多い~

グーグルはフェイスブックよりもずっと多くの個人情報を持っている。それなのに、フェイスブックのような厳しい批判にさらされていない(もちろん最近フェイスブックが批判されているのは、同社が不正に個人情報を流出させていたからなのだが)。

なにしろ私たちは、ありとあらゆる場面でグーグルを利用している。ネット検索はもとより、メール(Gmail)、カレンダー(グーグル・カレンダー)、地図(グーグル・マップ)、写真アルバム(グーグル・フォト)、動画投稿・閲覧(YouTube)、スマホのOS(アンドロイド)、そしてブラウザ(グーグルクローム)でもグーグルを使っている。一般的なフェイスブックのユーザーが投稿する赤ん坊の写真やコメントよりも、はるかに幅広い。

■フェイスブックの12倍の情報量
それなのになぜ、グーグルの個人情報収集が批判されることは少ないのか。

この疑問に答えるため、私はまず、グーグルとフェイスブックが保有する私の個人情報をすべてダウンロードして、比較してみることにした。

まずわかったのは、グーグルは私について、フェイスブックの約12倍もの情報を持っていたことだ。ただし、驚くような情報は少なかった。グーグルが持つ情報のほとんどは、写真、文書、メールなど、私自身がグーグルのプラットフォームに置いたものだったのだ。

一方、フェイスブックに関しては驚きがたくさんあった。ダウンロードしたファイルには、私の連絡先を知っている企業500社のリストや、何年も前に削除したつもりの人を含む「友達」リストがあったのだ。

グーグルの場合は、不安ならいつでも、特定の情報(たとえば過去数年間に開いたAndroidアプリなど)をグーグルのシステムから削除できるとわかった。ところがフェイスブックの場合、私の閲覧記録の多くは完全には削除できないことがわかった。

グーグルは何年もかけて、ユーザーが自分の情報をダウンロードできるツールを開発してきたと、広報担当のアーロン・スタインは言う。「ユーザーは、グーグルにある自分のデータを簡単に把握し、管理できるべきだ。グーグルでは、このツールを使って自分にとって最適のプライバシー管理をするようユーザーに奨励している」。

グーグルやフェイスブックといったテクノロジー企業は、とてつもなく大きなパワーを持っている。それは、彼らが保有する個人情報の量と比例する。だから、これらの企業が持つあなたの個人情報を定期的にチェックして、取捨選択することを強くお勧めする。

~全文は(リンク)~





A.i

「言論(表現)の自由」を履き違える日本のマスコミ

副島隆彦の学問道場・重たい掲示板より引用リンク

==引用開始==
ジョン・スチュアート・ミルの『自由論』に基づいて、日本のマスコミ報道を批判する。「個人の自由の不可侵性、言論の自由の重要さ、政府(権力)の干渉の許容範囲」を明らかにした古典的名著『自由論』は、明治4年に中村正直訳『自由之理』で刊行され、自由民権運動の柱となって日本の社会に貢献している。その内容は、「他者に危害を与えない限り、個人の行動の自由は保障されるべきであり、それ以上の干渉を加えるのは国家の越権行為として慎まなければならない。」という現在では常識となった主張である。

ところで民主化された社会(国民の自由選挙によって選出される民主政体)の権力者は、メディアの動向によって右往左往する多数派を占める「国民自身」であるという主張に少し戸惑いを覚えるのは、日本のマスコミによって造られる権力者のイメージが、国家権力や政府の特権官僚になっているからである。ミルの“民主政体では、大臣を任命し国会を解散する権力を行使できる権力者は内閣総理大臣であるが、党の総裁としての次の選挙に勝つ「多数派の票」を得る事が全ての行動原理にある”というロジックを理解すると、報道内容で国民を無意識に誘導している日本のマスコミが「闇の権力者」という事実が浮かび上がる。

「言論の自由」が人類社会を進化させる原動力である事を100%理解した上で、マスコミ批判をしなければならない。なぜ、大桃珠生さん(女子児童殺人事件)の報道で氏名や写真を掲載しなければならないのか(匿名性を順守すべきである)。一方、福田淳一事務次官を退職まで追い込んだ女性記者をなぜ匿名性で扱うのか(実名と写真を公開すべきである)。「権力の乱用」を監視することは日本社会を健全にする大切な報道機関の役割である。しかし、痴漢や盗撮等の行為を伴うセクハラ問題は刑法で処罰されるが、隠し撮りされた録音行為(不正行為、録音する場合許諾が必要)の発言でセクハラの罪で辞任に追い込むのはいかがなものか。

組織内の上下関係を利用したセクハラに問題があるのは、組織内の力学(強制力)が働いているからである。しかし、記者と役人の関係は商取引のような自由な関係に等しいと私は考える。対等な自由な関係における会話中の発言が、隠し撮りの録音物による「セクハラ」の証拠となって退職に追い込むのは、「言葉狩り」と同じ行為であり、「言論の自由」を拘束している。権力者(特権官僚)の発言が、社会に損害を与える場合は、自由の領域の問題ではなく道徳や法の領域であるが…。
そして今回の発言は、道徳(品位、教養)の問題であって、法の領域ではないので処罰の対象にしてはいけない。

財務省の不祥事としてセクハラを認めた財務省の対応にも問題があるが…。私は「ノーパンしゃぶしゃぶ事件」と同じ匂いを嗅いでいる。福田淳一氏を財務省から外すことで、裏取引が行われたのか、麻生財務大臣を失脚させる為の犠牲者なのか分からない。このままだと大衆の権力者への嫉妬心は、いずれマスコミの「闇の権力者」へ向かうだろう。

日本のマスコミが健全になるには、官僚機構だけでなくマスコミこそ公平に情報公開しなければならない。匿名記事をなくし、堂々と個人名や写真を記載して自由に意見を公表すべきである。主権者である国民が、優れた才能と教養をもつひとりか少数の人物の助言と影響に従って判断する時、健全な社会が形成される。




匿名希望