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「闘う君の歌を、闘わない奴等が嘲笑うだろう」

我々は現実社会の中で、現実に向き合って生きている。その現実とは「事実」に対峙する事だ。その中でしか全うな道は見出せないのではなかろうか。

全うに生きる道をしめすブログがありました。
山崎行太郎さんのブログ(リンク)からの引用です。

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小池百合子」を批判・罵倒する人々へ、告ぐ。CommentsAdd Star


「闘う君の歌を、闘わない奴等が嘲笑うだろう」(中島みゆき)という歌を知っているか。小池百合子を批判・罵倒する人々の多くは、「闘わない奴等」でしかない。

要するに、自分は何もしない、何もできない野次馬でしかない。野次馬とは、闘いの前、あるいは闘いの渦中では、何も言わず、付和雷同するだけの無責任な一般大衆。闘いが終わり、勝ち負けの結果が明らかになると、急に、居丈高に発言を始める居酒屋老人、井戸端会議のおばちゃん、テレビの前で、大ボラをふいている「ネット右翼」・・・、それが野次馬の正体である。

新聞、雑誌、週刊誌、ネット、YouTube動画などで騒いで、「小池百合子バッシング報道」に熱中しているものの多くは、その種の野次馬たちである。

私は近著『ネット右翼亡国論 ー桜井誠と廣松渉と佐藤優の接点 』(春吉書房)で、「情勢論、原理論、存在論」の三位一体論を主張している。つまり、無責任な匿名の一般大衆や、物知りが自慢の学者、ジャーナリストの多くは、「情勢論」や「原理論」のレベルにとどまっている人種でしかない。つまり、「生きるか死ぬか」の極限の闘いの出来ない人種である、

私は、「情勢論、原理論、存在論」の三位一体論をさらに拡大して、「勝負する実践組、不平不満組、付和雷同組」の三位一体論を主張したい。つまり、今、総選挙が終わってから、小池百合子や前原誠司の大失敗を批判嘲笑している野次馬は、不平不満組から付和雷同組でしかないということだ。彼等、野次馬は、自分から、「勝つか、負けるか」の一発勝負の出来ないデクノボーでしかない。




井上誠
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医者は正しい?上司は絶対?疑いもなく信じている「常識」を壊せ

世の中には「ステレオタイプ」というものが存在する。
これは簡単に言うと、世間一般的に「当たり前」だと思われている考え方のことである。

例えば、
・お医者さんが言う事は正しい
・上司の言う事は絶対だ
・先生は聖職者である
などであり、上司や医者、教師など「一般的な」権威を持っている人のことをステレオタイプスという。

現在はこの「ステレオタイプ」に翻弄されることが多く、もはやこの常識を壊していかなければ、世の中の常識的な考え方に一方的にコントロールされた状態にあると言っても過言ではない。これを突破しなければ本当の意味で生きていると言えないのではないだろうか。

参考:リンク




二島圭入