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■5割以上のアメリカ人は自国メディアを信用しない=アンケート結果

マスコミによる世論操作がどんどん露骨に成ってきた。
さすがに、大衆もマスコミがおかしい事に気が付き始めている。

国民から絶大な信頼があった日本のマスコミでも、今や、ほとんどの人が「今のマスコミはおかしい」「本当のことを発信していない」が常識になりつつある。

スプートニク(ロシア・マスコミ)による、「アメリカマスコミは嘘つきだ」と云う発信だ。
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■5割以上のアメリカ人は自国メディアを信用しない=アンケート結果

スプートニク リンク より

「スプートニク・オピニオン」によるアンケートの結果、アメリカ人の多くが自国のテレビ放送やメディア出版物を信用していないことがわかった。アメリカのマスコミは公平か、政府や大企業の影響を受けているかといった質問に回答者が答えた。

回答者の59%すなわち半数以上がマスコミは自らの意見ではなく、政治家や企業経営者の意見を反映していると回答。同様のアンケートを2015年に実施した時より6ポイント増加した。さらに、報道が「概ね偏っている」と考える回答者は25%以上になった。

マスメディアを信用しないとした回答者の多くは共和党主義者(78%)であり、トランプ現政権も支持している。一方で、民主党支持者で偏向報道を疑うのは5割弱に留まった。

また、米国在住者で平均を僅かに上回る所得者の4分の3がメディアを信用しない傾向が強い。逆に高所得者の中では、報道は公平と回答した人が多かった。

■米国に主流のマスコミは国際、国内ニュースをどう報じているか 

                     2015年⇒2017年

◎政治家、大企業の視点を反映した報道をしている 53⇒59%

◎区別なく公平や報道を行っている        26⇒27%

◎分からない                  21⇒14%


アンケートは、「スプートニク・メディア」の依頼を受けたフランス世論研究所(Ifop)が米国内で9月20日から27日にかけて実施。性別、年齢、地理に応じて抽出し、18歳以上の802人が回答した。信頼度95%、最大誤差率3.1%となっている。





猪飼野
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改めて 米国は日本の味方ではない ~米国の発表を見て~

北朝鮮の核攻撃に関する記事を読んだ。北朝鮮が東京とソウルに対して自前の核兵器を使用した場合、最大で死者200万人・負傷者770万人にのぼる、というもの。マスコミ各誌が報じている。リンク リンク リンク リンク など

東日本大震災での死亡・行方不明・負傷者の合計は2.5万人。核攻撃は大変なものだと思う一方、未曾有の自然災害を上回ること400倍の死傷者は、大都市を狙い撃ちされたとしてもさすがに多過ぎじゃないか。信憑性を疑いたくなった。そんななか、冷静に反論している記事をスプートニクで見つけた。

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『パニック起こせば北朝鮮の核の恐喝の思うつぼ』リンク

~前略~

ロシア人専門家らは、北朝鮮の核攻撃がどんなに「成功」したとしても犠牲者の数はこれよりずっと少なくなるはずだとして、こうした試算には納得を示していない。ロシアの戦略情勢センター、最北端アジア軍事研究プロジェクトの専門家ウラジミル・フルスタリョフ氏は、「この試算は多くの要因を見過ごした雑な当て推量とみなす根拠がある」と語っている。フルスタリョフ氏の指摘では、ザグレク氏は攻撃が軍事基地ではなく、首都の中心部を直撃した場合を想定して試算しており、それを北朝鮮の核保有は敵国の軍産および経済ポテンシャルを破壊するには十分な力を持っていないことに動機づけている。このため北朝鮮には都市を攻撃する以外にないというのだ。

ここで思い出してみたいのが2016年に北朝鮮国家国防委員会の表した声明だ。この時 北朝鮮は同地域にある米軍基地に核攻撃を行う準備があると明言していた。そうした中には横須賀、岩国、普天間も入る。これは標的としては極めて大きい。たとえば横須賀基地の敷地面積は60平方キロで、半径4.2キロの円の面積と同様。これだけ大きな標的であれば北朝鮮の弾道ミサイルであればどんなものでも命中する。こうした基地を破壊あるいは損傷を与えれば米軍艦隊、航空隊、部隊の戦闘能力は大きく損なわれ、韓国軍は支援を断たれ、北朝鮮にとってみれば韓国へと攻め入る好条件が生まれる。
このことから北朝鮮が最大都市だけを攻撃するなど、単に想定であってもすでに信頼を欠いている。確かに軍事基地への核攻撃は近隣の居住区にも及ぶであろうし、特に沖縄でこれが顕著となるだろうが、それでも犠牲者の数はザグレク氏の予測よりはずっと少ないはずだ。フルスタリョフ氏は、ザグレク氏は重要なファクターを考慮に入れていないと指摘する。

~中略~

「まず日本、韓国の巨大都市では昼夜によって、また季節ごとに人口が大きく異なる。ということは同じ場所を攻撃してもそれがいつ行われるかによって犠牲者の数には大きな違いが生じるということだ。」

~中略~

「第2に今の都市は1945年当時の日本の都市の様相とは違う。このため、衝撃波も、現代のコンクリート建築にあふれた町ではずっと小さくなるはずだ。」

~中略~

もちろん奇襲というファクターを除外してはならない。それでも専門家らからは、根拠不十分で脅かすような試算を公表するのではなく、入念なモデリングを行う必要性が指摘されている。どんな予測もモデリングもせず、核爆発で起こりうるあらゆる条件やファクターも考慮せず行えば、不確かさが増すだけだ。あてずっぽうの予測でイライラやパニックを起こせば、それこそ北朝鮮の思うつぼになってしまう。
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記事を端的に要約すると、ロシアの専門家は以下の点で「米国の発表はまったくの見当違いだ」と言っている。

 ・そもそも前提がおかしい。大都市は狙わない。やるなら米軍基地を狙う。
 ・日韓の大都市の特性、建造物の堅牢性等からして死傷者はずっと少ない。
 ・あてずっぽうの予測を信じて、パニックを起こすことのほうが心配だ。

裏を返せば、ロシアの専門家は「恐怖心をあおる意図でしかない発表だ」と言っている。そこには「御用学者を使って、いつまでこんなやり方を続けるのか」という意思すら見え隠れする。

ロシアの方がよほど我々のことを考えてくれている。このスタンスの違いを見るにつけ、米国は日本の味方ではない、と改めて思う。




多田奨

『メディアの驕り』

最近はメディアの望まぬ「事実」は、なかったことにされる。
リンク

廣淵升彦・著 新潮社
廣淵升彦『メディアの驕り』を読んだ。テレビ朝日出身のジャーナリスト。偏向報道の総本山関係者かと少し警戒しながら読んだが、タイトル通りの内容で「変に使命感に駆られ、存在もしない物事を興奮気味に伝える報道が、どれほど危険なものか」がよく伝わってくる好著であった。

著者のメディア論は、「ベニスの商人=悪人」論は間違いだという指摘に見られる。日本人はみな金に目がくらんでいる、という論調があった。「万事を金で見ていくというのはあたかもベニスの商人シャイロックのようなものだ。そうなってはいけない」というお説教がかつてあった。「ベニスの商人」というシンボルは、大衆の意識を大きく変えた。マスコミは、金持ちを悪人にした。
好況経済そのものを悪者にした。しかし、マスコミには根本的な誤りがあった。シェークスピアが描いたベニスの商人とは、金貸しシャイロックではない。親友の苦境を見かねて借金の保証人になってやる、友情厚いアントーニオのことなのだ。彼こそ、正義の味方であり、プラスの価値の体現者なのである。
引用終わり

マスコミが煽った極めて情緒的な「ベニスの商人=悪人」論は最大級の誤解で、無知に基づいていた。誰も気がつかなかったのか。この誤謬が世論になってしまい、国策を誤らせた。その後、20年も官製大不況が続いた。著者は1995年の文藝春秋2月号にこの件を書き、大きな反響を呼んだ。その後、「ベニスの商人=悪人」論はメディアから姿を消した。誰も世論をミスリードした責任をとらぬままに。

著者は「同じような『実体とはちがうシンボルを用いて自説を押し通そうとする人々』は後を絶たない」と警告する。メディアが真っ当なら、悪意のシンボル操作をする論客は排除できるはずだが、メディアが挙げて偏向報道まっしぐら。モリカケ報道なんて「ベニスの商人=悪人」論以下の、愚劣ネタである。

「日本が戦争に巻き込まれる」「この道はいつか来た道」などという情緒的報道に慣らされ人々は、理性的な判断力を失っている。大東亜戦争に負けかけていたのに、朝日新聞らは勇ましい標語で国民の志気を高めようと煽りに煽った。日本を悲惨な運命に導いたのは、情緒過多のマスコミのせいではなかったのか。

新聞社出身のテレビキャスターたちは、例外なく自分の意見を言いたがる。この欲望がニュースの質を著しく低下させた。大方はピント外れか偏向である。こんな連中をあたかも良識の代表のように扱い起用し過ぎる。どう考えても、これはフェアではない。最近はメディアの望まぬ「事実」は、なかったことにされる。

著者の経験では、英国の街角でインタビューしようとすると「私には(それについて)語る資格がありません」と丁寧に断る人がかなりの割合でいた。思慮深い人は、微妙な領域についてはコメントを避けるのが普通だ。このような慎重さ、賢さが日本のマスコミを覆うようになれば、報道内容は深みを増すだろう。今の日本のニュースには、お仕着せの価値観しかない、愚論ばかりである。


戦後72年、日本が最も大切にしてきたもののひとつが、多様で柔軟な価値観でした。さらに権力や周囲の圧力をはねのけて、自分の考えを表現できる「自由」でした。その自由が、いま失われそうになっている、と私は感じています。

いよいよ総選挙、日本に迫り来る国際的危機に触れる野党はないだろう。大方の驕り高ぶるメディアも同様だ。魑魅魍魎を担ぐのに邁進中である。




志水満