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自由主義教育改革が破産(3)

続きます。その通りだなと思いました。

長州新聞さんより

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 現実の社会と遊離 特徴は短絡思考

 D 社会科の教師にひどい教師が目立つといわれる。それは新自由主義による学問の崩壊が関連しているのではないか。社会科学というものが崩壊し、自分の興味・関心で好きなことをいっていればいいとなった。社会科の教師のなかに、新自由主義の影響が強い。社会科の教師こそもっとも社会性がないと困る。

 F 大学では理系の教員の方が、日本の基礎学問の崩壊を憂えている。大学の市場原理改革批判でも、物理学など理学系、農学とか水産学とか実学的な分野の教員のなかで、真っ先に批判の声が上がっている。人文系、社会科学系の沈滞が目立つ。60年安保斗争の頃は経済学部などが拠点になっていたのに。

 E 現実社会に立脚して、現実を理解することから出発するというものが崩されている。観念論だ。そして現実をより深く解明する、事物を目先の現象だけではなく経過をたどり他との関連のなかで、変化発展するものと見るというのができない。子どもに対しても「暴れた。敵だ! 警察だ」としか見ない短絡思考だ。アメリカの金融資本が大がかりな金融詐欺の仕掛けをつくって荒稼ぎをした。しかしバブルが崩壊するのを計算に入れずにパンクした。ブッシュが対テロ戦争だと息巻いてアフガン、イラクに攻め込んでにっちもさっちもいかなくなった。安倍元首相も北朝鮮制裁一本槍で、結局相手にされなくなり外交カードをなくして手も足も出なくなった。嶋倉教育長の警察による武力鎮圧も、かえって破産をひどくするもので短絡思考の典型だ。

 A 嶋倉教育長は、40代で校長らより若い身だが、文科省の課長だから、市の部長級とか県の教育長よりかも役人世界でははるかに格上のランクらしい。法律知識などはすらすらで切れるともいわれる。しかし本当に賢いのかどうかだ。その辺の価値観が分かれ目だ。就任早早に在日朝鮮人の人たちが朝鮮学校のことで相談に行ったとき、「朝鮮侵略の歴史はなかった」と言い張って、連日の抗議を受ける羽目となった。東行庵問題でも、ここだけは民営化の流れに逆らって市立記念館にしたが、やっているのは高杉晋作の改ざんという大胆なことだ。役人としてエライ人といって突っ走るが、下関の実状や教育現場のことはなにも知らない。2学期がどうなるか考えずに突っ走ったとすると浅薄な思考ということだ。

 B 大胆なことはやらせるが、自分は隠れて人前にでない。幼稚園統廃合の説明会は、子どもを持つ母親が集まれない夜七時から開始した。逃げる姿勢が本当の心情ではないか。「朝鮮侵略はなかった」と発言したときも、退教協のヨボヨボ爺ちゃんたちが教育長室に入っていったら「警察を呼ぶ!」といって大騒ぎした。そんなに恐れなくてもいいのに、人前にでる自信がないようだ。

 A 小学校の統廃合問題のとき、嶋倉教育長は向井小で住民からものすごく抗議された。すると向井小の説明会には二度と行かなかった。

 F 中学校のPTA関係者も「教育長は下関の学校現場のことを全然知らない。いろんな会合のなかで一般的、抽象的に報告するだけ」という。石川教育長ぐらいまではよかったという。その後、県から松田教育長が来て無気力・無関心の小役人路線をやって沈滞と荒廃が広がり、その上に文科省課長の嶋倉教育長が来てひどくなった。校長のなかで自分の立身出世や保身しか考えない無責任なヒラメが増え、教師のなかでも非教育の突っ走りが増えた。

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谷光美紀
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自由主義教育改革が破産(2)

続きます。

長州新聞さんより

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 教育を否定し排除 新自由主義と対応した教育改革

 E 警察は排除の論理だ。教育は育てる論理だ。警察が入るのは教育の否定だし、敗北ということだ。実際上、学校内は信頼関係が崩壊し、収拾がつかなくなる。この中学校の通報した教師は、二学期がはじまったらつらい目にあうことが予想される。
 学校も信頼回復するのが大変だ。これは「ゼロ・トレランス」まできた文科省直伝の嶋倉教育長指導の破産を物語っている。手柄を上げて文科省に帰ろうという主観的動機だろうが、客観的に見るとこの間の教育改革の破産を立証するために下関で暴れているという関係だ。
 教育改革は1980年代の中曽根臨教審から始まった。「教育の機会均等」を建前上でも取っ払った。90年代に入ると新学力観、「個性重視」の学習指導要領となる。教師は「指導するのではなく寄り添わなければならない」といい、「努力しなくていい」「そのままの君でいい」といって、子どもの好き勝手な自由主義をあおった。学校は放し飼いの動物園状態、サファリ状態になった。そして九九や分数や漢字がわからないまま中学校を卒業する子が増え、大学に入学した者も東大を筆頭に低学力、自己中心で、社会に出ると役に立たない者が増えた。
 「知育偏重はいけない」といって「ゆとり教育」といわれたが、知育もない点数偏重になった。学力テストの点数、生徒も教師も数値評価ばやりだ。体育や徳育は、明らかに切り捨てられたが知育も崩壊した。そして暴れる生徒への警察の武力鎮圧まで来て教育改革の全面崩壊だ。
 教育改革というのは、アメリカを中心にした新自由主義の改革だった。新自由主義というのは物事をあまり考えないというのが特徴だ。後先を考えず、自分の目先の利益のために他と争って突っ走る。木を見て森を見ない、事物が別の質に変化するなどとは考えない。ブッシュの対テロ戦争が失敗し、なによりもアメリカの金融自由化という自分の目先の利益だけが関心で大がかりな金融投機の詐欺で世界の金を巻き上げるという自由市場経済が破綻した。教育改革もその一環として破産している。

 B 社会の根幹である経済は、構造的な金融詐欺をやってきた。支払い能力のないアメリカの低所得者にローンを組ませて家を建てさせ、その債権をハイリターンの証券にして世界中に買い込ませる。そして保険会社が保険をつけ、格付け会社が高い評価を与えてだます。バブルがはじけたら世界中の金融システムがパンクした。金融詐欺の支配は、労働者にとっては地獄となった。ヘッジファンドが大がかりな株投機をやり、企業買収を商売の道具にする世界の略奪だ。企業は目先の株価至上主義となり、非正規雇用を増やし、その結果生産現場の技術継承もできなくなってどんどん衰退する。さらにギリシャ危機などが起きたら、ヘッジファンドが国債の空売りをやって暴落させ、国債の下落分をもうける。労働者も一国の国民経済も、社会全体もどうなってもかまわぬ、自分だけがもうけるのが唯一のこと。それを恥知らずにやるのが規制緩和であり新自由主義だ。新自由主義とは反社会だ。教育改革は、自由主義を称揚して、社会性を否定するのが根幹だ。

 D この問題は根が深いと論議されている。教育にも「お客様のニーズにもとづいて」という考え方が持ち込まれた。「市場原理」「消費者原理」という自由市場主義だ。教育改革の問題であるが、社会全体と関連した大きな力でやられてきたという問題意識が強まっている。

 F 規制緩和、構造改革の基本的な特徴は、個人のカネもうけの自由だ。そしてもうけているのは金融投機集団だ。教師を含めて一般のサラリーマンが株や証券に投資しても巻き上げられるためにやるようになっている。そういう金融投機集団の金儲け、略奪の自由のために社会的な規制を撤廃する。労働者は不安定な非正規雇用だし失業だ。そして社会的に保障すべき医療、介護、福祉などは民営化、営利化だ。図書館とかも金儲けの民営化だ。知育が崩壊だが学問が崩壊している。地方自治体を営利企業のようにする。教育改革はそういうものの一環としてやられた。そして教育の当たり前の姿が破壊されていく。
  
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谷光美紀

自由主義教育改革が破産

長州新聞さんより

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 乱暴な教員人事への批判も 父母・地域の中で

 B 同じ中学校の教師のなかでも、非常にショックを受け無念の気持ちを持つ教師がいる一方で、「前の中学校でも警察を入れた。そうして線を引かなければ子どもにはわからない」と開き直る教師もいる。今回、警察に通報した教師は、前の学校のPTA関係者からは「やっぱり」といわれていた。親のなかでは、教師にも二つのタイプがあると見られている。

 C 市内の親や自治会長、補導員など地域の人たちのなかでは、嶋倉教育長が強引にやっていることへの批判が非常に強い。「服を破っただけで鑑別所送りとはひどすぎる。本当に予防拘束だ。教育長がやらせているのだろう」、と。そして共通して語られる一つは、教員の人事の問題だ。「地域との関係も持ち、生徒を理解していた生徒指導の教師を現場の実情も無視して勝手に動かして、どこも荒れがひどくなった」といわれる。今度の問題でも、新しく送り込まれた教師らが突っ走っている。古くからいる生徒指導の教師を異動させていた。教員人事もゼロ・トレランスの線で動いている。

 B 市内の退職校長のなかでも「嶋倉教育長はもうやめないといけない。それを残している中尾市長も悪い。教育改革は安倍さんがやったものだが、アメリカの真似ばかりで、アメリカで破産しているものを持ってきてやっている。警察をどんどん入れるのも、アメリカで学校に常駐しているスクール・ポリスだ」と話していた。前回の中学校には警察OBが常駐してきた。
  
 県内でも大話題に 「教育とは何か」巡り

 C 下関の中学校の問題は県内でも大きな話題になっている。学校関係者のなかでは、「担任の教師や生徒指導担当、校長にも相談せずに警察を呼ぶなどありえないことだ。教師間でもまた親ともよく相談をするものだ」とか、「学校には金持ちの子もいれば生活の厳しい家庭の子もいる。いろんな要因をつかんで子どもをのばしてやるのが教師だ。教師がやらずにだれがそれをやるのか」と話されている。

 A 市内のある中学校の教師は、「現場を知らない行政の考え方が大手を振るっているが、一時しのぎで警察に送っても解決しない」と、教育とはなにか、子どもとはなにかを深く考えていた。「下関は昨年のT中問題からはじまったが、市教委の対応はどうだったのか問いたい。県教委も教育をサービス業化して塾をもうけさせるようなことばかりしている。“学力テストは競争ではない”というが、テストの成績で藤井教育長が現場を怒鳴りあげている。親を“モンスター”“クレーマー”といって敵視するような見方がある。子どもを指導するには子どもを理解することがなければできない。学校生活だけではなく、家庭生活、社会生活を理解し、初めて指導ができる関係だ。教師が本気になって裸と裸で向きあってはじめて、子どもは心を開いてくる」と話している。

 D ある高校教師は「これほど警察、警察とやっているのは下関だけではないか。それで去年どころではない荒れ方になっている」という。そして「警察を入れても、警察には教育の論理はない。だからその場はおさまっても次の日からもっと崩れる」「日本の教育は教科指導と生徒指導を一緒にやっているところによさがある。乱暴だった子が優しい子になるというのがプロとしてのやりがいだし、喜びだ。そのために部活もやっている。アメリカのように教師は教科指導だけやればよく、生徒指導は監視カメラと金属探知器……というものとは違うんだ」と話していた。

 A 下関の場合は、教育委員会が上に抵抗する力を失っているということが論議になっている。他の市町村教委はまだ、文科省や県から指示がおりても「これはうちではすぐにできません」といって、選別しながらやっている。他の市町村は、警察を下関のようには学校に入れていない。下関は文科省課長が来て、全国先端のゼロ・トレランスだ。
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谷光美紀

貧困国で軍事政権と戦争が起こる仕組み

『貧困国に軍事政権と、戦争が起こる「仕組み」』(オルタナティブ通信) より転載します。
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医薬品メーカー最大手のファイザー製薬は、ナイジェリアで子供に対し、薬物の残虐な人体実験を繰り返して来た。

この企業がナイジェリアで展開した大人用の抗生物質トロバフロキサシンが、「子供にも効果があるか、どうか」という人体実験等では、ナイジェリアの現地の人間達に対し、「この薬品は、子供に対しても安全な薬品」と説明が行われ、人体実験が行われた。

この強制的人体実験の結果、ファイザー製薬によって「病気の治療のために必要な薬品の投与を行う」と説明を受けていたナイジェリア人の子供11人が死亡し、この薬物投与によって障害を持つ結果になった子供を含む、ナイジェリア人30家族が、現在、ファイザー製薬を米国ニューヨーク連邦裁判所に告訴している。

このファイザー製薬は、オバマ大統領の大統領選挙の際、「多額の政治献金を行っていた」企業でもある。

アフリカ第2位の軍事大国と言われるナイジェリアでは、過去、軍人によるクーデターが繰り返され、軍事独裁政権によるマスコミ弾圧、民主化のホープと言われた司法長官の暗殺等、政治の混乱と、軍人による政権の「たらい回し」が続いて来た。

ファイザー製薬のような先進国の多国籍企業等が、ナイジェリア現地で「子供に対し強制的な人体実験を行う許可」と引き換えに、こうした軍事政権は政治献金を受け、その献金がナイジェリアの市民を弾圧する兵器購入費用に「姿を変えてきた」。

過去、乱立したナイジェリアの軍事政権と結び付き、ナイジェリアの原油開発利権を入手し、軍事政権の「運営資金=兵器購入資金」を出して来たのがロックフェラーのシェブロン石油である。

このシェブロンは米国・前ブッシュ政権の国務長官コンドリーザ・ライスが経営に関与して来た企業である。

 ~中略~

*・・・こうした具体的企業名・人名を明らかにせず、「全てはユダヤ人の悪行、全ては、イルミナティ・ルシフェリアンといった宗教組織の悪行」と主張し、現実的な政治経済問題を「宗教問題に置き換え、ゴマカシ、事実関係を見えなくさせる」情報操作が、イルミナティ陰謀論者、ルシフェリアン陰謀論である。具体的企業・人間によって引き起こされている、こうした問題を「ユダヤ人が原因」という人種差別問題に、スリカエル犯罪行為を行っているのが、イルミナティ陰謀論者、ユダヤ陰謀論である。既報の様に、こうしたデマ宣伝屋達の活動資金は、日米欧に拡大しつつある、ナチス勢力から出資されている。
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猛獣王S

【講演録】私が考えるカジノ経済の弊害(1)後半 ビル・トッテン氏

続きです。
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【講演録】私が考えるカジノ経済の弊害(1)ビル・トッテン 2009年02月26日 

5.貸し渋り
・1997年末に、1998年4月1日から外国為替を規制緩和すると発表してから、2008年までの間に、日本の銀行の預金残高は84兆円増えた。しかし、その一方で日本企業や個人への貸付残高は136兆円減少した ※10。
・つまり、1998年から日本がゼロ成長という景気後退期に入ったのは、220兆円(預金増加分と、貸付減少分の合計)が日本経済から流出したことが大きな原因だと私は見ている。もし銀行が「貸し渋り」をしていないというなら、貸付残高の減少分、預金残高の増加分はどこへいったのか。
・他の企業と同じく、銀行は一定の規制の下、可能な限り早く、多くの利益を手にするための施策を自由にとることができる。たとえその行動が日本経済や社会にマイナスの影響を及ぼそうとも、多くの利益を手にすることを求めるよう、常に駆り立てられている。
・日本がアメリカと同じカジノ経済になれば、日本企業もアメリカ企業と同じ行動をとるのは仕方がないことであろう。つまり銀行は、国内外の投資家・投機家を喜ばせるために、より早く、多くの利益を出して株価を上げ、配当を増やそうとした。日本の企業や個人に貸し出しをするより、国債を買ったり海外に貸付や投資、投機をした方が利益がたくさん得られるのであれば、銀行はそちらを選んだ、ただそれだけのことなのである。それが日本の銀行の220兆円が向かった先だと私は思っている。
・こうして、外国為替が規制緩和される直前の1997年末あたりから、日本の銀行は企業や個人に貸し付けるかわりに、海外での貸し付けや投資、投機、または日本国債の購入を選んだのである。

6.改悪された日本
・アメリカを崇拝する日本の政治家、官僚たちは、こうして日本の経済、社会を改革してきた。いや、正しくは「改悪」であろう。佐々木レポート以前、日本経済は年間10~15%で成長していたが、佐々木レポート以降は5%になり、今では退行している。佐々木、前川、そして小泉、竹中による改革が日本にもたらした破壊と貧困の指標を挙げてみる。

 失業率は50~60%増加※12
 生活保護世帯数は13%増加※13
 ジニ係数によると所得格差は10%以上広がった※14
 犯罪は19%増加※15
 自殺は35%増加※16

<出所>
※7株式市場分析 (データは講演用統計資料ページ参照)

※10金融ビッグバンによる資金の流出 (データは講演用統計資料ページ参照)

※12失業率 (データは講演用統計資料ページ参照)

※13被保護実世帯数・保護率の年次推移 (データは講演用統計資料ページ参照)

※14所得の格差:総所帯の等価可処分所得のジニ係数 (データは講演用統計資料ページ参照)

※15犯罪件数 (データは講演用統計資料ページ参照)

※16自殺者数の推移 (データは講演用統計資料ページ参照)

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 株式市場の意義は銀行を通さず、直接市場から資金調達することにあると言われます。しかし、実際には「新規発行株による資金調達額はわずか1%未満」、つまりは残りの株式取引の99%は、賭けに勝った人が儲かり、負けた人が損をする博打である、という指摘は愕然とします。

 株式市場は、すでに博打化しており、その原因はアメリカからの外圧による規制緩和であり、それをアメリカの意のままに日本市場を開放した小泉、竹中の構造改革(市場原理主義への転換)だったといえます。

 そして、意図的に膨張させられたバブル崩壊によって、急激な信用縮小を起こし、企業や個人への貸しはがしがおきている。

 現在の不況の原因も、意図的に作り出されたバブルにあるのであり、それを推進したアメリカ的資本主義(博打経済化)によるのだといえる。






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【講演録】私が考えるカジノ経済の弊害(1)前半 ビル・トッテン氏

 日本への警告を続けるビル・トッテン氏の講演録を紹介します。

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【講演録】私が考えるカジノ経済の弊害(1)ビル・トッテン 2009年02月26日より抜粋引用 

日本が直面している問題の根本的な原因は、日本が「カジノ経済」になったことにある。

1.外国為替
・2007年、世界では1日に452兆円(約4.5兆ドル)の外国通貨が売買された。1日あたりの外国通貨取引高は、過去20年間で6倍以上に増えている※1。また、外国通貨の取引額は世界貿易額の86倍もあり、1年間で世界のGDP合計の27倍にもなる※2。
・これはまったくの博打である。より正確に言えば、世界貿易(および海外旅行も含む)に必要な金額は、外国為替取引全体のわずか1%に過ぎないということであり、残りの99%はまったくの博打なのである。それは、例えば円をドルに交換し、そのドルの価値が上がったらそれを売って円に替えて為替差益を手にするという、その儲けのためだけに行われていることだ。
・このような博打が行われるようになったのは最近のことである。1971年、ニクソン大統領の「米ドルと金の交換停止」の発表により、事実上、金本位制度が廃止されるまで、主要な国家の通貨は金に対して固定相場であったため、通貨は相互に固定した金額で対比され、通貨価値の変動を狙って売り買いされることはなかった。
・言い換えると、1年間の外国為替取引高は日本の1年間の貿易額の84倍にものぼる。したがって、円の通貨売買にかかる金額の1%以下で製品やサービス(海外旅行含む)をカバーでき、99%以上は、円が他の通貨に対して上がったり下がったりすることに賭ける、純粋な博打なのである。

3.株式市場
・10年前、日本の全証券取引所では日本のGDPのおよそ4分の1にあたる金額が取引されていた※7。過去10年間に日本のGDPはほとんど増えていないが、株式売買代金は6倍に増え、GDPの半分以上になった。
・企業の株式による資金調達額は、この株式取引全体のわずか1%未満である。残りの99%以上は、すでに発行された株式を投機家、投資家が値上がりを期待して行うものである。新規発行株と違い、これはいくら取引が増えても企業の資金を増やすことはない。
・つまり、株式取引の99%は、賭けに勝った人が儲かり、負けた人が損をする博打である。これが日本経済にどのように貢献しているというのだろう。また、経済を循環させるために企業の資金調達に使われるのがわずか1%の取引だけだと考えると、このやり方は資本を集めるためには極めて非効率で無駄なやり方だといえる。

4.規制緩和
・カジノ経済を可能にしたのは、アメリカが1980年頃から始めた金融規制緩和であった。以来、カジノ経済は急速に広まり、実体経済を破壊するまでになった。
・カジノ経済が癌のように広まるのと並行して、アメリカでは研究開発や製造が減少し、産業基盤が空洞化して貿易赤字や財政赤字が増大した。失業率が増えて貧富の格差が広がり、その結果、アメリカの大部分の国民の生活水準は大きく低下した※8。
・さらにアメリカは多くの人を貧しくして少数の人を富ませ、また自国の経済と社会を破壊させるだけでは満足せず、他の先進国にも規制緩和と民営化を迫っていった。その一方でIMFを使って途上国にも同様のことを行った。
・今苦境に立たされているのが、アメリカの要求に屈服した国、特にイギリスと日本である。
・日本における規制緩和や民営化の始まりは、1983年、日銀第22代総裁(1967~1974年)を務めた佐々木直による「世界国家への自覚と行動」(通称佐々木リポート)である。その内容は、市場開放と自由化、官僚の規制や指導の禁止、産業構造の変革を求めるものであった。
・これに次いだのが1986年に出された前川リポートで、日銀第24代総裁(1979~1984)前川春雄を中心に提出された。
・「前川リポートはアメリカ側通商代表の要望リストのようだった。リストはまず行政改革からはじまった。基本的には規制と許認可を中心としたシステムから市場メカニズムに基づく「原則自由、例外制限」という体制に転換する。また輸入の増大、市場アクセスの改善、それに「規制緩和の徹底的推進」が目標とされた。要するに、目標は政治体制そのものの変革、戦時経済体制の廃止、アメリカ流の自由市場経済の導入だった」(『円の支配者』リチャード・ヴェルナー著より)※9
・アメリカからの要望を翻訳しただけの、佐々木、前川リポートの青写真を実行に移したのが、小泉純一郎、竹中平蔵といった人々だった。

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つづく




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新自由主義がもたらした日本社会の全面的な崩壊④

続き
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 客観的真理の否定蔓延 日本社会は後進国化

 A 学問分野が崩壊したら社会の発展性はないということだ。あらわれているのは現実を基準にした客観的真理性の否定だ。つまるところ金融資本が認めてくれるかどうかが基準になっている。大変な腐敗、堕落だ。御用学者の存立の根拠だが、金融資本主義のもとでの金余りのおこぼれで養われているからだ。働く者は金がないが、あるところには有り余っていて、マネーゲームのバクチで荒稼ぎをしている。これは資本輸出による超過利潤が元だ。その金で御用学者を買収し、メディアも文化人も労働貴族も買収して、強欲金融資本を喜ばせることを競っている関係だ。

 B 今回の参議院選でも国民に足を置く政党がない、みな親米だ。全政党が得票数激減だ。民主・自民はもちろん、「日共」集団、社民も全部がその超過利潤で養われた部分で、大企業に奉仕するために役割分担をしてやっている。だから国民から見ると、自分たちを代表する政党がない。空中遊泳だし大衆の現実からの遊離が特徴だ。民主主義ではないということだ。そして安倍晋三にしても菅直人にしても、KY=空気が読めない者が多くなった。アメリカにいわれるだけで、それが国民にどう受け止められるかというのがわからない。そして現実のなかでパンクする。政治の劣化だ。

 A 社会があるから個人がいる。ある個人が生まれるずっと前から社会はあり、その社会の歴史があって個人がいる。社会をよくすることによって個人もよくなる。個人が社会より上だという独裁者は勘違いもいいところだ。新自由主義は、目前の個別利害だけで人民をバラバラにして競争させ、社会的な視野を破壊する特徴だ。

 E 学問の規制緩和だ。自分の思い、興味・関心でこうなっていますと現象を個個バラバラに羅列したらいいとなる。今の社会が直面している問題に具体的に分け入って、なにが本質的な問題でどうしたら変革できるのかという考え方を破壊している。

 A 体系的・歴史的なもののとらえ方でないから破産する。ヘッジファンドの金融工学がそうで、最高の頭のいい計算をしているというが、バブルが永遠に続くという前提で計算している。目前の限られた条件のなかだけの計算だ。証券化でも部分でやっているうちは計算が成り立つが、投資銀行がやるし大銀行もやるというふうに全体がやり始めたらパンクするわけだ。俺がどうやってもうけるかというだけで開発して、その結果パンクする。目前の自分の利害だけで突き進んで大損をする。

 D アメリカでは80年代から、「ポジティブ思考」を一つの産業にして、各企業が社員教育に使っている。「サブプライムローンが失敗する」などという悲観的な考え方はいけない、常に前向きにといってやみくもに目前にかりたてる、宗教みたいなものだ。「幸せです」と叫んだら幸せになるという中尾市長の「明言素」が同じだ。ダサイ田舎市長だと思ったら、アメリカ式の最新の市場原理イデオロギーなのだ。

 A アメリカがダサイということだ。本当にお粗末限りない。社会をコントロールできないというのが市場原理主義であり、今度のリーマン・ショックだ。敗戦後から60年代の「高度成長」期にかけては、日本は製造業が中心だ。銀行が支配してはいるが、物づくりを発展させることでもうけるし、そのためには労働力を発揮させなければならないし、福祉政策もある程度やっている。それがニクソン・ショック以後は慢性的な過剰生産危機で製造業ではもうからない。金融資本が後ろにいて「もっと競争力をつけろ」「もっと株価を上げろ」といって、日本の製造業は切り捨てられ、賃金も土地も安い中国、アジアに出ていく。これがリーマン・ショック以降加速している。それが根拠で、農業も漁業もいらない、製造業もいらない、労働力も切り捨てだ。
 資本主義の大きな発展から見ると、産業革命はイギリスから始まる。ここで製造業が発展するが、第一次大戦以後はアメリカに移る。第二次大戦後、60年代になると、ドイツ、日本などが発展してきた。アメリカはそこから新しい金融技術の開発へとすすむ。そしてアメリカの産業の空洞化がすすみ、貧困がひどくなった。文盲は4400万人だ。

 B 日本の現状に対して、最近「棄民政策ではないか」という声はよく出る。農漁業も破壊、労働者も子どもを生み育てることができない。「多民族国家」といって、外国人労働者を入れればいいという。パナソニックなど、新規採用で1390人とるが、そのうちの1100人が中国、韓国などアジア人だ。もう日本はつぶすんだということだ。日本はアメリカの新自由主義、グローバリゼーションに追随してきたが、結局「医療は金がなかったら受けられません」「教育も受けられません」となり、「新興衰退国」といわれるように、後進国に逆戻りしている。規制緩和・構造改革というものがものすごく残酷な、本当に日本社会をつぶしてしまうものとしてあらわれている。
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続く




新井重雄

新自由主義がもたらした日本社会の全面的な崩壊③

続き
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 腐敗が甚だしい学問 御用学者がかりに

 D 市場原理主義によって、学問分野は腐敗がはなはだしい。国立大学の法人化以降、論文のねつ造や研究資金の不正使用がものすごく増えた。とくにエリート大学の東大、京大、阪大などがひどい。06年に早大理工学部の教授の事件が発覚したが、研究費2億円を投資信託などに不正流用し、論文ねつ造もしていた。国の補助金が競争的資金になって、成果があがるところに注ぎこむので、億をこえる巨額な資金が一つの研究室に行く。そしてこの教授は、競争的資金を選定する国の総合科学技術会議の議員だった。こうした論文のねつ造というのは、自然科学分野で多い。
 05年に韓国の大学教授が「ヒトクローン胚を使ってES細胞をつくった」「臓器移植や再生医療にとって画期的」と騒がれ国家の英雄となったが、これがねつ造だった。しかしそれは氷山の一角だ。最大のねつ造事件は、ノーベル賞候補にもなった、ITバブル崩壊後のアメリカのベル研究所だといわれる。アメリカではバイオ研究者の3分の1が不正行為に手を染めているという調査もある。

 E 地球温暖化問題でも、「CO2が原因」というデータはウソばかりだ。中部大学教授の武田邦彦氏は「北極の氷が溶けて海面が上昇するというのは、アルキメデスの原理からしてあり得ない。コップのなかの水に氷を浮かべて、溶けたらあふれるか」といっている。また、「南極の氷が溶けて海面が上がり、ツバルという島が沈みつつある」といわれる。しかしツバルというのはもともと海面下だ。ツバルは珊瑚礁の島で、サンゴは海水中の植物プランクトンを食べて生きているので、満潮時には海面下にならないとサンゴは死んでしまうからだ。そこを第二次大戦中にアメリカが埋め立てて滑走路をつくった。その後撤退し、そのときの木の杭が今朽ちてボロボロになっている。それを写真にとって「温暖化でなった」と宣伝する。それもIPCC(国連の温暖化に関する政府間パネル)などの国連の権威を使ってやる。「温暖化」といったらなんでも許されるような、科学とは縁もゆかりもない世界になってしまった。そのインチキに今、世界の科学者が一斉に異議を唱え始めた。「CO2主因説はねつ造」ということで、ヨーロッパではだいたいけりがついた。

 A 要するにアメリカが環境ビジネスをやりたがっているわけだ。それに認められることをやったら出世できる、金が入るというものだ。金融資本の願望にあわせる、もうけたいという願望から現実をねじ曲げウソがはびこる。真理、真実なんてどうでもいいんだ。自然科学までがそうなっている。自然があって自然界の法則をそのなかから見出してくるのが自然科学なのに、金もうけという願望のための超観念論だ。学問ではない。金融投機主義の市場原理で御用学者ばやりになった。
 社会科学になるともっとひどい。東行庵問題などを見ても、「薩長史観の見直し」「敗者の側から」などというが、それは明治維新のようなものの真実を認めたらアメリカが日本を占領するのに困るというものであり、アメリカの機嫌をとって地位と金を得よう、そのためには歴史の真実なんてどうでもよいというイデオロギーだ。

 E 歴史学はかなりの崩壊だ。社会の発展に法則はないとか、進歩や社会の発展そのものを否定する。最近「グローバル・ヒストリー」というのがはやっている。それは「民族の垣根をこえる」といって、「環境」「疫病」「人口」などテーマにあわせて、歴史の断片をつなぎあわせてよしとするものだ。

 D 考古学でも、社会の発展に法則があるということが否定され、基準がなくなって、遺跡の評価も100人が100通りの主張をする不可知論がまかり通っているという。10年前には、「日本の旧石器の歴史を大きく変えた」と評価され教科書にも載った、宮城県の遺跡の発掘そのものがねつ造だということがわかって問題になった。

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続く





新井重雄

新自由主義がもたらした日本社会の全面的な崩壊①

新自由主義がもたらした日本社会の全面的な崩壊①

長周新聞から転載します
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 本紙では先週「新自由主義が意味するもの」をテーマに世界経済の概観図を描く論議をした。中曽根政府の国鉄などの民営化、橋本政府の金融自由化、小泉政府の構造改革とつづいてきたが、それは市場原理主義、新自由主義、規制緩和というものの強制としてやられた。そのもとで日本社会は全面的な崩壊に瀕してきた。それはいかなる論理立てでやられているか、いわゆる新自由主義の哲学はいかなるものであるか、そしてそれに対する方向性はどこにあるのか論議をすすめた。

 現実世界で破産する目先の損得至上主義 生産原理、社会性に展望

 司会 前回の論議では、とくに08年のリーマン・ショックを契機にした世界的な経済恐慌になったが、どうしてそうなったかを論議した。とくに戦後の資本主義世界の発展のなかで、1971年のニクソン・ショック、金ドル交換停止が大きな転換点になっており、世界の通貨が金に規制されるのではなく、ドルに規制されるという逆立ちした関係になった。そしてIT技術革新とともに金融技術革新に力を入れ、新しい金融技術を武器にして世界を略奪するという道をすすんだ。そのために、金融自由化を中心にして、社会構造の変革を強要してきた。

 この金融支配のもとで、農漁業はもちろん製造業も破壊され、その担い手である労働者の困窮度ははなはだしいものとなった。社会的に保障すべき教育や医療や介護、福祉の崩壊、学問分野やメディア、文化の分野もインチキがはびこってきた。それは新自由主義による改革といわれて実行された。その異常なるイデオロギーとはいかなるものか、対置する発展的なものはなにか、論議したい。

 A 一連の市場原理改革は、1980年代の中曽根内閣による国鉄の分割民営化あたりから始まる。96年には「日米安保共同宣言」をした橋本内閣が、行政、財政、経済、金融、社会保障、教育の六大構造改革を打ち出した。この間、公共企業体の民営化、金融自由化・金融規制の緩和、行政改革、労働規制緩和、流通再編、福祉・医療の切り捨て、教育改革、大学民営化、司法改革などが進行した。それらはみなアメリカの指図としてやられた。

 B それ以前にあった常識の覆しだった。「まさかやるはずがない」ということをやってきた。とくに小泉構造改革以後は、「受益者負担」とか「自己責任」という考え方を浸透させ、行政でももうからないものは民営化するといって、大学も病院も独立行政法人、図書館は民間委託・指定管理者制にした。下関の満珠荘がいい例だが、これまで市民が税金を払って市が福祉ということで運営してきたのに、7000万円を市が出すことが「赤字」という扱いになる。病院もそうだ。地方自治体による公共の福祉ということで不採算部門でもやってきているわけだが、それをカットの対象にする。行政運営も市民の役に立つかどうかという基準が影を潜めて、効率的かどうか、もうかるか損するかが基準になってきた。地方公共団体でなくなった。

 C 80年代、それまで無料だった高齢者医療を切っていく段階で政府がいい出したのが、「枯れ木に水をやる必要はない」という論理だ。利潤追求第一、効率化一点張りだ。公立病院の医師は「不採算部門が全部赤字扱いになる。でもこれは赤字ではなく、公益のためにやっているんだ」という。それをどんどん切っていく。社会的に絶対に必要な小児科とか産婦人科も、少子化などの影響で不採算部門とされ、病院によっては廃止するところが出ている。

 B 保育園統廃合や学校統廃合もそういう流れで、角島のような地域から保育園をなくし、離れた滝部に通えというようなことをへっちゃらでやる。それは送り迎えだけでも大変だが、「働く親がいるから近くに保育園が必要」という現実を転倒させた考え方だ。学校の統廃合もそうで、子どもも少ないしまとめたら教師も効率化できるというものだ。

 C 小泉内閣が進めた市町村合併も、それによっていかに経費が削減されるか、しかいわない。どれだけ職員が減るからいいとか、行政効率をいって強行する。その結果は郡部の切り捨てで、役場も病院も郵便局もない、人が住めない町になっている。今度の水害でも役場は支所になって八人ほどで旧町内全部を担当する。口蹄疫対策もなってなかったが、水害対策も切り捨てる。町の崩壊だ。
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続く




新井重雄

小沢一郎前幹事長は、「国家の興亡」を意識してディビッド・ロックフェラーとの「孤独な戦い」を続けてきた

参議院選挙が終わり、現在、小沢一郎は、不気味な沈黙を続けていますが、彼がこれまで、米国の金貸しとどのように戦ってきたのかの記事がありましたので紹介します。(板垣英憲・マスコミに出ない政治経済の裏話し)

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◆民主党の小沢一郎前幹事長は、民主党最大派閥(衆院130人、参院37人)を率いていながら、実は、対アメリカ、とくに対ロックフェラー第三世代末子(五男)のディビッド・ロックフェラー(94歳)とその手下たちと熾烈な戦いにおいては、極めて「孤独な戦い」を行っているようである。それは、日本国内では、小沢前幹事長と政敵との関係が国民の目にも、ある程度視界に入っているからである。これに反して、海外の敵を個々別々、具体的に見分けることは難しい。だから、大雑把に「アメリカ」とか「英国」とかという捉え方で受け止めて、議論するしかない。

しかし、日本が外から攻撃される場合、実際には個々の担当者なり関係者なりが強い目的意識を持って攻め立ててくるのであり、漠然とした勢力が仕掛けてきているわけではない。必ず特定できる敵がいるのである。

小沢前幹事長は、こうした具体的な認識を持って対外政治を行える数少ない政治家の一人である。過去には、岸信介元首相が、相手をよく見極めて、国家の興亡に携わっていた。大変優れた政治家であった。その岸政権下、衆院衆議院安全保障条約等特別委員長を務めていたのが、小沢前幹事長の実父・小沢佐重喜元運輸相だった。

そこで、まず、小沢前幹事長が、孤独な戦いを進めてきた経緯をザッと整理しておかなくてはならない。私は、拙著「民主党政変 政界大再編」(ごま書房新社刊)で、以下のようにまとめているので、紹介しておく。

国家の興亡にかかわる防衛政策は、日本国憲法第九条の改正に踏み切るかどうかによって、大きく分かれる。そこで小沢一郎は、いかなる防衛政策を持っているのかを知るには、小沢一郎がこれまでの人生の過程で、アメリカとどう関ってきたかを確認しておく必要がある。

〔1〕太平洋戦争は、日本の総資本(三井、三菱などの財閥)とアメリカの総資本(ロックフェラー、ロスチャイルなどの財閥)の対立を背景とする国家どうしの総力戦であった。日本が戦った真の敵とは、アメリカの総資本であったという戦争の本質を無視してはならない。

〔2〕日本はアメリカの軍門に下り、武装解除・戦争の永久放棄、戦力不保持を核とする日本国憲法を与えられ、アメリカ従属国となった。(終戦時、小沢一郎は三歳)

〔3〕日本国憲法改正に向けて、小選挙区制度導入への動きに出る。真の独立国への再出発であった昭和三五(一九六〇)年、父・小沢佐重喜(元建設相)は、日米安保改定当時の衆議院日米安保特別委員長で、憲法改正のため小選挙区制度導入に向けて準備中、他界した。小沢一郎は昭和四四年(一九六九)一二月二七日、父の遺志を受け継いで政界入りする。

〔4〕田中角栄首相は小選挙区制度導入を閣議決定したものの、オール野党の反対に阻まれ、原子力の独自開発に乗り出してアメリカに睨まれ、失脚した。小沢一郎は、その姿を目の当たりにする。

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八代至誠

何を壊すのか?

>この国は、小沢一郎でもだれでも、強力なこわし屋によって一度、経済界も含む、社会全体を壊し、再構築した方が良い。小泉の足りなかったところは、政治だけの変革に終わり、社会変革、メディア界、学界、法曹界、社会全体に至る変革の認識がなかった。

アメリカ・とりわけ親戦争屋のために断行されたのが小泉改革である。

年次改革要望書で指示を受けた小泉の指揮のもと、メディア、学会、法曹界は"一丸"となり、日本国民が汗水垂らして蓄積した財産をアメリカに献上し、その見返りに己の利権と地位を確保している。

これを売国といわずして何と言おうか。

彼らはアメリカから見て都合の悪い日本のシステムを破壊し、アメリカに利権が流入するように作り替えたのである。


しかし、売国政策はこれだけではない。
特に戦後は顕著だが、実は明治以降、日本の伝統的な社会統合様式は破壊され、個人主義・市場原理主義に挿げ替えられている。
そして、個人主義・市場原理主義は、政治・経済・教育といった社会統合システムに悉く浸入し、日本人の生活を貶めている。

このような母国の惨状に憂慮して立ち上がったのが前政権、とりわけ小沢と亀井である。
彼らはこの国に蔓延る邪心の根の絶やすところから手をつけた。
官僚支配、マスコミ支配の破壊がそれであった。
しかし、案の定というべきか親米派から死に物狂いの妨害を受け、野に下らざるを得なくなったことは周知のとおりである。


我々国民はこの事実を受け止め、強く反省すべきだろうと思う。
マスコミに洗脳された状況に甘んじ、戦っている愛国者をフォローしなかったのはほかならぬ我々だからである。
次はそういうわけにはいかない。
ともに戦い、何を壊し、何を構築してゆくのかを一緒になって考えてゆけるよう、転換・成長が求められる。

そのためには、このようなネットを通じて仲間を募り、マスコミの洗脳から脱退したうえで、社会を再構築してゆくために史実を調査し、今の日本に求められるものは何なのかを真剣に追究してゆくことが当面の課題となる。






火中の栗

公教育の成立構造を考える~公教育は金貸し支配のための洗脳システム~

産業革命によって市場拡大はさらに推し進められた。

>市場はどこまでも私権闘争の抜け道でしかなく、従ってそれ自体では決して自立して存在できず、国家に寄生するしかない。だから、市場は、云わば国家というモチに生えたカビである。

とあるように、市場拡大には国家の発展が必要となる。それを見逃さないのが、金貸し達である。教会を見限り直接国家に寄生するようになる。

市場を拡大していくためには、庶民の私権追求意識と生産力とが鍵になる。量は小さいが数が集まれば、莫大な利益となる。
そのためには、庶民に“その気”になってもらわねばならない。そのために、教会に代わって、国家による観念支配が必要となった。

私権追求を喚起させる観念は、それまでのキリスト教思想ではなじまない。そこで、新たな観念が必要となった。それが近代思想である。
前稿のようにキリスト教を、都合のいいように進化発展させたその“教義”は、庶民の自我・私権欠乏を刺激し、かつ、本源風の“甘み”をにおわせ、金貸しの思惑どおり見事に受け入れられていった。

それは、既に宗教改革の時から仕組まれている。

○1534年からの宗教改革では、「職業を天職、資本主義は神の摂理」と謳われ、庶民は生産へ、そして私権追求に向かうよう仕向けられた。

さらに、教育関連では
○1663年には、J・ロックによる『教育に関する考察』や『人間悟性論』で、「人間は白紙(タブラ・ラサ)で、教育により書き込まれる」とし、「一般大衆(労働貧民)に対しては、ジェントルマン教育とは異なる労働学校を想定し、階級社会にふさわしい階級別教育制度を構想」するなど、分相応の職能意識の形成に向けて準備されている。

○1762年には、公教育提唱の元祖といわれるルソーが『エミール』で、「理想的人間像は、独立自営の職人で、市民としての役割を果たす人間」と展開。

○1776年には、アダム・スミスが『諸国民の富』(国富論)で、
・「市場の発見」と呼ばれる(ルソーの「子どもの発見」に対して)
・市場原理が機能するためには、強力な国家作用としての公教育制度と国防体制が必要であると主張
・分業に基づく資本主義的生産様式のもとでは、労働者はある一つの能力だけが発達させられ、これが身体や能力の奇形を生み出す危険性を持つために、それを回避するための公教育を提唱

○そして、ついに、19世紀半ばにイギリスにおいて、「庶民のための教育」:公教育がスタートし、それが各国の実情に応じて改良されながら、各国に取り入れられていった。

※マスコミや出版業をも牛耳っていた金貸しにとって、普及させることは簡単であったのではないだろうか。

(各国の特徴については、以下が参考になります。
新たな時代の教育制度の提案に向けて~総集編)

このように、金貸しによって仕組まれた壮大な“騙し”=洗脳システムは、今尚、教育制度として存在し、庶民が社会のことを考えないようにさせている。

但し、金貸しにとって誤算だったのは、日本人すべてが、その勤勉さと本源性により、みんなが豊かになって“欲しいもの”がなくなったということだろう。それにより、社会閉塞が露になり、社会に対して目を向け始めたのである。
この社会収束の潮流こそ、金貸し支配を突破する可能性になるに違いない





佐藤祥司

庶民の敵は3つの権力=官僚・マスコミ・従米財界人

『「われわれの敵は3つの権力である」(EJ第2850号)』(Electronic Journal) より転載します。
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 ~前略~

既にご紹介している副島隆彦氏と佐藤優氏の最新刊の対談本において、私の「敵たち」として次の記述があります。これがこの本の前提になっているのです。

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 ①各省庁の官僚トップたち。とりわけ2010年2月の「小沢
 対検察」で国民に丸見えになった検察・警察の幹部と法務省と
 裁判官。それから②公共電波であるテレビと新聞(マスコミ)
 を握る者たち、③そして戦後65年間、アメリカの下僕となっ
 て、甘い汁を吸ってきた財界人たち。この3つの権力との正面
 からの闘いです。  ──副島高彦×佐藤優著/日本文芸社刊
  『小沢革命政権で日本を救え/国家の主人は官僚ではない』
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まったく同じ考え方であると思います。この本は、2009年12月14日から2010年3月17日まで、4回にわたって行われた(佐藤優氏と副島隆彦氏との)対談に拠っている──本書のトビラにはそう書かれています。

本書のまえがきは佐藤優氏が書いており、日付は2010年6月6日になっています。そこにはこうあります。

―――――――――――――――――――――――――――――
 当初、私たちはこの本を2010年の秋に出版する予定にして
 いた。7月に予定されている参議院選挙で、民主党が大敗し、
 検察官僚が小沢一郎氏を政界から放逐し、外務官僚が鳩山由紀
 夫氏を統制下に置くクーデターを今年末(特には11月~12
 月に予定される沖縄県知事選をにらんで)に行なうと見ていた
 からだ。目に見えない権力闘争の姿を、普通の国民に伝え、日
 本がファッショ化することを何としてでも阻止したいと思い、
 本書を準備していた。しかし、事態は予定よりも早く進捗して
 いる。そこで、本書を緊急出版することにした。菅直人氏が第
 94代目の内閣総理大臣に就任し、闘争はますます深刻化して
 いる。            ──前掲書「はじめに」より
―――――――――――――――――――――――――――――

副島氏の本や副島氏と佐藤氏の対談本はほとんど全部読んでいますが、今回の本は凄い内容が書かれています。すべてが真実であるとは思いませんが、われわれの知らない驚くべき事実が詳細に実名で明かされています。このあとEJでもエッセンスは取り上げていきますが、ぜひ一読をお勧めしたいと思います。
本書の対談において、メディアと官僚の関係が話し合われている部分があります。ご紹介しましょう。

―――――――――――――――――――――――――――――
 副島:官僚と新聞記者たちは本当にベタベタしていますね。根
 が同族なのですね。特ダネ貰いという「恩義・互恵の関係」が
 ありますからね。
 佐藤:恩義や互恵など実際には関係ないことです。官僚にすれ
 ば自分たちの利益になるから特ダネを流しているだけで、逆に
 新聞記者のほうが使われているのです。ところが記者たちはこ
 の辺を冷徹に理解していないのです。
 副島:これは本当は腐敗ということです。官僚も腐敗していま
 すが、新聞記者である自分たちも腐敗しているという自覚がな
 いのです。新聞記者というのは、正義の味方であるフリをして
 「冷蔵庫の中で腐ったままの状態で、いつまでも冷凍状態でい
 るような存在」です(笑)。
 佐藤:いっそ冷蔵庫ごと捨てたほうがよいと思います(笑)。
 副島:普通の官僚は、裏金や汚いお金は貰ってこそいませんが
 ク表に出ている汚い金〟で動くのです。やはりそれは天下りで
 す。天下ることで高い給料が付随している地位を貰うというこ
 とも腐敗なのです。            ──前掲書より
―――――――――――――――――――――――――――――

副島、佐藤両氏ともメディアが問題であるという点で一致しています。彼らはメディアを「マスゴミ」といっています。佐藤氏は、官僚の知人たちに、夏目漱石の『それから』という小説を読むように勧めているといっています。『それから』は、新聞記者の嫌らしい側面を描いた小説であり、新聞記者の正体がよくわかるというのです。

 ~後略~
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猛獣王S

言論買収について(Aobadai Life)

Aobadai Life
言論買収について、つらつらと。 転載。
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あとは、なんといっても、アメリカ、CIAの力であろう。

考えてみれば、戦前に日本を15年戦争への道に煽った朝日新聞の主筆が緒方竹虎(POCAPON)で、読売の社主が正力松太郎(PODAM)であるが、その二人が戦後は一時的に公職追放となるものの、ほとぼりも冷めないうちに、さっさと復権を果たしている。

そして、確認されていることは、日テレの柴田秀利専務(CIAのコードネームはPOHALT)も含めて、この三人が、CIAのエージェントとなっていたということである。

おそらく、これらも氷山の一角で、そもそも戦後の新聞や、そしてテレビ局なんかは、当初から、アメリカの強い影響化に置かれていたというわけだ。

アメリカは戦後、財閥解体を命じ、軍は解散させた一方で、日本をうまく統治するために、天皇制や、官僚機構、そしてマスコミなどは、それがアメリカにとって、有利なシステムとなるように、「変質」をさせて、温存したというわけだ。

とくに、アメリカなどは、マスコミの使い方もよくわかっていたから、だからこそ、最初にどのようにして取り込むか、ということを考えていたということである。

もちろん、その後、現在にいたるまで、ナベツネとCIAの癒着がウワサされていたり、朝日新聞が船橋洋一に主筆が代わってからの変質が今でも云々されているが、昨日、副島隆彦の学問道場を見ていると、アルルの男・ヒロシ氏が、2000年に死去したCIAの上級幹部ロバート・クロウリーが残した情報提供者に関する資料の中で、その船橋洋一の名前を発見したということだった 。

このクローリー・ファイル によれば、「Funabashi, Yoichi Ashai Shimbun, Washington, DC」となっている。

もちろんこれは情報提供者リストなので、どこまでCIAとの癒着関係があったかは不明だが、ただ、CIAが現在の朝日新聞の主筆を、「協力者」とみなしていた、ということは、分かってはいても、なんともショックなことである。

昔はむしろ朝日新聞といえば、左翼的な傾向が強い新聞だったが、最近では、産経新聞かと見間違うほどの論調を、当の船橋洋一が、普天間問題で書いていたりしたが、要するに、「ああ、やっぱ、そうだったんだ」と妙な納得感もあるし、この情報を知って、私としては朝日新聞の購読をもう止めようと思った。

さて、最初にお詫びしたとおり、考えがまとまっているわけでもなく、つらつらと思うところを書いてきたが、やはりマスコミというのは、もう100年以上も、情報のアクセス権にしても、伝達権にしても、独占をしてきたわけで、しかも、新聞社は非上場で、どっぷりと利権に結びついてきたわけだから、それは彼ら自身が、自分たちの利害で、どの情報をもとにして、国民世論を操作しようか、というところに、本能的に動いてきたことも、なるほどうなづける。

そして、規制に守られて、外部との競争にさらされてこなかったので、社外との競争ではなく、ナベツネに象徴されるように社内では覇権争いに、執着してきたのだろう。
そういう意味では、一連の世論操作も、彼らの社内では、外部の利権と結びつくことによって、社内の覇権争いに利用してきたのかもしれない。

たとえば、日本の戦後マスコミの成り立ちからして、アメリカや、CIAとある程度の協力関係になければ、テレビ局や、新聞社で、トップにのぼりつめることはできないように、仕組みとして、そうなっているのかもしれない。

ただ、マスコミはどんどん腐敗し、テレビも、新聞も見るに耐えないクォリティーに落ちぶれていっている一方で、インターネットが登場し、片や、こちらのクォリティーはぐんぐんあがって、エンターテイメントはもちろんだが、言論の世界においても、多様な意見があふれている。

もちろん長い目で見れば、既存マスコミはつぶれていくだけだろうが、しかし、今回の鳩山政権が、マスコミにつぶされたことをみても、日本の場合は、人口のボリュームゾーンが団塊の世代であるため、やはり、まだまだマスコミは強力でもある。

しかし、どこかで国民が、こうしたマスコミの茶番に気づいて、彼ら自身が腐敗している事実を知って、早く目が覚めてもらうことが、本当に必要ではないかと思う。

今でも、「政治とカネ」の問題が、と世論を煽る当のマスコミ自体が、いかに裏金で汚染された存在で、自分たち国民は、無防備にも、その内容に毒されていることをもっと知らなければいけない。

戦前から、戦中、戦後を通じて、日本のマスコミは権力と癒着し、国民を間違った方向にミスリードしてきた。
しかし、少なくとも、自由民権運動が盛んだった明治の前期はそうではなかったと思う。
国民の権利を求める声の代弁者であったかと思うのだ。

日中戦争手前あたりから、急速に腐敗が進み、その原因として、昭和に入ってから、カルテル色を強めた「記者クラブ」と、戦前から常態化していた機密費による言論買収の問題がある。

私たちは、マスコミの世論操作に与える影響力の大きさを、そうはいっても自覚し、そのうえで、どのようにして、彼らから、「世論形成力」を奪っていくかということを、引き続き、真剣に考えなければいけないと思う。

大手マスコミの存命が1年ずつでも伸びるごとに、日本の衰亡が3年ずつ早まっていくと、思っている。
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(転載以上)






消費税は長年に渡って財務省主導で大規模な工作が行われてきた

『消費税は長年に渡って、財務省主導で大規模な工作が行われてきた』(トルシエの世界) より転載します。
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(植草一秀氏の『知られざる真実ー勾留地にてー』より引用)

 ~~ 中略 ~~

「TPR」は大プロジェクトだった。政界、財界、学界の3000人リストが作成された。世論に影響を与える人を網羅した。人名の横に空欄のマス目が並んだ分厚い資料が作成された。3000人に大蔵省職員が説得工作した。資料に日時、担当官、結果が記入された。成功印が記入されると工作は終了した。不調の場合は上位の職員が対応する。成功印がつくまで繰り返された。3000人の更新作業が連日連夜に及んだ。

説得されない人物はブラック・リストに移された。工作には事務次官も加わった。「TPRウィークリー」も作成された。1週間の動きが報告された。週刊誌記事、テレビ発言、講演発言などがすべて検閲の対象になった。大蔵省職員が部外者と接触すると「応接録」が作成される。日時、場所、相手、応対者、接触方法、内容がメモにされて直ちに関連部局に配布される。電話での話も1時間後には関連部局の関係者に知られる。

メディア幹部には特別の対応がなされた。全国紙やテレビキー局幹部を集めた接待を繰り返し、主要出版社へも特別の働きかけをした。財政制度等審議会や政府税調調査会委員に全国紙、テレビキー局幹部が組み入れられている。利用価値が相互にある。癒着は解消されていない。  ※注)TPR=税(TAX)のPRのこと

(引用終わり)


(僕の独り言)

このように、消費税は長年に渡って、財務省主導で大規模な工作が行われてきた。

財務省とはいえ、ただの一公務員組織がリストまで作って世論工作を謀るというのは驚くべきことであるが、これは事実であり、いかに財務省というのは巨大な権力を持っているかがわかるだろう。

また、財務省の下部組織である国税局は裁量権が広く、彼らの胸先三寸で税額が決まってしまうと言われている。そうであればその彼らに圧力をかけられれば余程のことがないかぎり、刃向かうものなどいないはずだ。

だから、マスゴミも財務省の意向に沿うよう、財政危機だの、社会保障費が増大するだのと国民の不安を煽って、消費税は上げなければならないものとして、繰り返し繰り返し報道するわけだ。

しかし、税には、累進課税の強化や相続税、法人税、宗教、資産課税、…など、その他にもいろいろあるはずなのに、特権階級(官僚、マスゴミ、富裕層、外資(米国))が負担を強いられるようなことは決して報道しない。かつて「ウソも百回言えば本当になる」とヒトラーの宣伝大臣は言っていたが、今ではそのマスゴミの刷り込みが功を奏し、いずれは消費税は上げなければならないものとして、多くの国民が思い込んでしまっているのが現状である。

しかし、何度も言うが、消費税とは富裕層がそれ相応の税負担をしたくないがために、庶民に代わりに負担させるための税であり、中間層以下は収入のほとんどを消費に使ってしまうが、富裕層はそんなことはなく、庶民は消費税率が上がった分だけ負担がそのまま直撃してしまう、逆進性の高い税である。消費税が公平な税負担であるというのは金持ちの論理でしかない、インチキだ。

だいたいにして、消費税は0→3%→5%と上げられてきたが、その度に、福祉目的に使うなどと彼ら特権階級どもは言ってきたが、実際は、法人税を下げるため、所得税の最高税率を下げるために使われてきただけにすぎない。今回も消費税の大増税と法人税の大減税はセットとなっており、財政規律はもちろん、福祉や年金、雇用のためには使われないのだ。

もういいかげん、騙されるのはやめよう。いつまでお人好しの日本人でいるのだ!

彼ら特権階級(官僚、財界、外資(米国))は「下々は生かさず殺さず」の精神で、我々からいかにして金を巻き上げようかと虎視眈々と機会をうかがっている。彼らにとって、税金とは使うため(貰うため)にあるのであって、払うのは我々国民なのだ。

 ~後略~
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猛獣王S

通産省・国売り物語 続き

■以下引用_________________________

「株式日記と経済展望」のミラーサイトより。

通産省・国売り物語(2) 馬借


日本側が多大な犠牲を捧げて期待した、4月月末の中曾根訪米で、結局制裁解除が実現しない事が明らかになる頃、次第にアメリカ側の圧力の力点は「シェア拡大」へと移って行きました。それによって衆目に晒される筈の、この押し売り協定そのものの不当性に対する論議を、覆い隠す上で効果を発揮したのが、シェア拡大の実現度を量る基準として、アメリカ側の計測データと日本側の計測データにズレがある・・・という技術上の問題をクローズアップすることでした。そのデータを調整の必要がある、出来ればより有利な日本側の数値を認めさせたい・・・という些末な期待へと、日本の利益を憂える人達の目を外らしている間に「シェア拡大」という目標が既成事実化されていきます。

5月25日に再び田村通産相が主要メーカーを集めて購入拡大を要求。6月のサミット頃に解除・・・という触れ込みで国内を宥めつつ「そのためにシェア拡大を」と押売り受け入れへ誘導します。こうして制裁解除近しの甘い期待が振り撒かれる隙にアメリカ側はSIA理事会を東京で開くと称して、業界大物が大挙して来日し、20%シェアの要求を突きつけます。

マスコミで「たいした波乱はなく、拍子抜けだ」の ような鎮静化報道で反発が押さえられたものの、この時の日米業界会議においてアメ リカ側は、既に需給タイト化で米企業による受注キャンセルすら出ている中で、91 年に継続的な20%シェアを実現するまで制裁を継続すると、横暴な要求を突きつけ ます。こうした横暴に屈する背後には、盛田・ガルビン・棚橋トリオによる毎度の業 界調整があった事は間違いないでしょう。

6月8日にようやく実現した「制裁解除」は、ダンピング分の一部に止まります。 さらなる強気で威嚇すべく、SIAのフェーダーマン会長が制裁一部解除に不満を表 明し、競争に負けた痛手を「被害」と称してこれと同じ損害を与えろと脅しますが、 通産省が散々煽った「協調復活」という甘い夢から覚めた日本側では、落胆から怒り を押さえられなくなると、再びガット提訴のポーズ。一両日中に提訴を行うと表明し て期待を集め、そして密室の中での先送り。

その一方で外国製半導体の購入指導の強 化は続き、使用する半導体の種目まで踏み込んだ個別指導で、メーカーによっては30%まで引き上げようという強引な行政指導を受けます。半導体国際交流センターを使ったセミナーや展示会が相次いで開かれ、日立ではグループ各社を動員した購入促進へと駆り立てられていくのですが、そうした日本メーカーの努力をあざ笑うような、日米交渉でのアメリカ側の実質的議論拒否状態で、日本国内の不満が高まると、またも10月17日、通産省の半導体制裁ガット提訴のポーズと、「解除近し」の通産相筋情報で宥め、アメリカは小出しの部分解除。怒る日本メーカーには「明日ガット提訴します」の予告とお決まりの密室的先送りで煙幕を張り、日本民間メーカーの怒りははぐらかされ続けるのです。

実はこの頃、政府部内で「半導体報復解除をはっきり要求すべき」という日本側の主張を貫徹する事に反対したのは、他ならぬ通産省であった事実が、エコノミスト87-9/29で報じられています。「解除された事が借りを作ることになる」などという、訳の解らない口実で・・・

その一方で、好況に転じた半導体市場と日本の犠牲による政治的減産から生じた厳 しい品不足の中で、アメリカ半導体メーカーが自国市場を優先し、日本が輸入を増や そうにも、売ってくれない。これは単なる技術問題ではない。需要の大きな家電用半 導体が、安くて利幅が低いからと、アメリカメーカーが手を出さない。つまり純然た るアメリカの「強欲」の産物なのです。

日本メーカーに対する厳しい規制で増産もま まならず、「欲しくても売ってくれない」「相手には強引に購買を要求しながら、どうして自分は真面目に売らないのか」という不満が日本に充満します。ところが「シェアアップをサボるアメリカ企業が悪い」という当然の不満は、巧みに「アメリカ企業のシェアアップ」という目標を自己目的化する方向へと向けられ、そして「そのためには、日本メーカーはどんな協力もすべきだ」と・・・。

こうして、日本側ユーザーが参加した官民合同での話し合いの場が制度化されていきます。しかしそれはアメリカ企業が日本側に技術・販売の協力サービスを要求する場としか機能しません。アメリカ企業が儲けるための「アクションプラン」を要求し、自動車制御分野のような特定分野を名指しし、日本企業が「買うべき製品」をアメリカ企業の都合に基いてリストアップ、「ここに売りたいから、ユーザーが汗を流せ」と・・・。

日本側に対してアメリカ側は制裁解除をはぐらかし、供給努力不足への批判をはぐ らかし、アメリカ製半導体の欠陥の疑いで、通信衛星CS-3aの打ち上げ延期する 事件がおこり、低い信頼性を何とかしろという当然の要求に対してアメリカは「情報 操作」と開き直る始末。翌88年1月には、竹下・レーガンの首脳会談で譲歩を垂れ 流し、アメリカから税金で買うために、大学・研究機関では日本製締め出しの上でコ ンピュータなどの高価な機材を買いまくり、置き場所すら無いというみっともない有 り様。半導体では、米国製品買い増し方法を探る日米官民共同研究まで始め、企業に 対しては、USTRの役人を滞在させて圧力をかけ、ノウハウを一方的に差し出す提 携をどんどん進めさせる・・・。

それでもアメリカは、ひたすら「まだシェアが足り ないから解除できない」の一点張り。日本国内に募る不満に通産省は2月、またもガット提訴の予告ポーズと、なし崩しの先送り。それに対してSIAは、3月3日には「追加制裁」すら言い出す始末。三菱電機は、アメリカ製購入を増やすために、自社の半導体生産を一部中止するまでの犠牲を払いました。

そうした中で3月6日頃、ガットではついに日本の半導体圧力受け入れを「違反」と判決。ここまで来たら破棄するのが「国際ルール」です。不公正な不利益協定を是正するチャンス。次いで日立の会長がシェア重視を批判。「日米半導体協定自体も白紙に戻すべき(s4東洋経済88-3/19)」という声が高まります。日本企業にとってはまさに「神風」でしたが、通産省にとっては・・・「協定の見直しを含め、厳しい対応を迫られる」と、まるで協定見直しが日本にとってマイナスでもあるかのようなマスコミ報道・・・。何がここまで日本の知性を貶めたのか。





火中の栗

新研究、マスコミの対政府隷属を立証(マスコミに載らない海外記事)

マスコミに載らない海外記事「新研究、マスコミの対政府隷属を立証」 より転載します。
アメリカのマスコミに関する研究結果ですが、日本のマスコミを対象としても同様の結果が出るものと思われます。

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Glenn Greenwald

2010年6月30日

"Salon"

ハーバード大学大学院、ジョン・F・ケネディ・スクールの学生によって新たに発表された研究は、アメリカの体制派マスコミが、政府当局発言を、増幅し、奉仕(チェックするのではなくて)することに、どれだけ徹底的に専念しているかについて、最新の証拠を提供している。この新たな研究は、過去100年間、アメリカの四大新聞で、水攻めがどのように論じられてきたかを検討し、アメリカ政府が、あからさまに、それを使い始め、それは拷問ではないと主張するまで、このテクニックは、ほとんどいつも、明白に、"拷問"と呼ばれているが、政府がそうではないと主張すると、新聞は従順に、そうした形で表現するのを止めてしまっているのを発見した。

同様に、アメリカの新聞は、他国が行った場合、水攻めを"拷問"と表現する傾向がかなり強いが、アメリカがそのテクニックを採用すると、この用語を使うことを突然拒んでしまう。

いつものことながら、アメリカの体制派マスコミは、単純に、アメリカ政府の進む経路に付き従う(だからこそ、"体制派マスコミ"なのだが)。アメリカ自身が長らく、水攻めを"拷問"として非難し、そういうものとして訴追さえしてきたものを、その戦術を使い始めるやいなや、突然態度を豹変し、そうではないと宣言する。研究が書いている通り、まさに"新聞が、水攻めを表現する方法の大幅で突然の変化" がこれまでに起きたのだ。アメリカの体制派マスコミは、アメリカ政府がする通りにするのだ。

こうしたことのいずれも、もちろん驚くべきことではない。誰がそれをしているのかに基づいて、あるもの事について(あるいは、どれだけ頻繁に)表現の仕方を、アメリカのマスコミがすっかり変えてきたかは、私や他の人々が何度も逸話的に実証してきた(悪い国が、それをする場合には"拷問"だが、アメリカ合州国がそれを行うと、何か心地よい婉曲表現を使う。アメリカ人に対して、何か悪いことが行われると、絶え間なく話題にするのに、アメリカがやった場合には、事実上の報道管制等々)。これは偶然のできごとではなく、きわめて意図的なものだ。ニューヨーク・タイムズや、ワシントン・ポストや、ナショナル・パブリック・ラジオ等のマスコミは、政府当局者が、それは"拷問"と表現するべきではないと声明をしてしまえば、アメリカ政府が承認するテクニックに対して、"拷問"という言葉の使用を禁止するという方針を、明白に採用してきた。

アメリカのマスコミが、進んでその任務を行っているので、我々は国営マスコミを必要としないのだ。アメリカ政府が、あるテクニックは、もはや拷問ではないと宣言しさえすれば、アメリカのマスコミは律儀にその単語を使うのを止める。こうした迎合的な行動のおかげで、あからさまに国家が管理するマスコミは不要になる。『動物農場』序文草稿で、ジョージ・オーウェルは、第二次世界大戦中に、イギリス政府が、正式、公式な検閲無しに、どれほど完全に、マスコミの報道内容を支配することができたかを書いている。

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 イギリスにおける文章検閲に関する暗い事実は、それがほとんど自発的だということだ。公式な禁止など不要で、評判の宜しくない考え方は無視し、不都合な真実は隠しておくのだ. . . .

 日刊新聞に関する限り、これは容易に理解できる。イギリスのマスコミは、極端に中央集権化されており、その多くは、特定の重要な話題については不正直となるあらゆる動機を持った裕福な人々が所有している. . . . どのような時点においても、まともな考えを持った人々全員が、あれこれ言わずに受け入れるであろう、ある種の考え方、つまり、正論というものはある。これ、あれ、あるいは、他の事について言うことが厳密に禁じられているわけではないが、丁度ビクトリア朝中期には、淑女の前でズボンという単語は言ったり‘しないもの’だったように、そういうことは言ったり‘しないもの’なのだ。
―――――――――――――――――――――――――――――――――

2007年、ルディー・ジュリアーニは、特定のテクニックが拷問にあたるかどうかという説明で、"誰がそれを行うかによる" と発言し、笑い物にされた。倫理や言語に関する、これほど悪びれない、国粋主義的理論を見聞きすることは極めて稀だ。しかし、これはアメリカ政府のみならず、アメリカの体制派マスコミが採用しているのと、まさに全く同じ基準なのだ。

本当の問題は、"テロ"という単語の、融通無碍で恣意的な使い方によって、同じ問題が提起されているということだ。政府というものが、まさに同じ行為を他国が行った場合と対照的に、自らの行為に、全く異なる基準、更には全く違う言葉さえ適用して、自国民に、思想宣伝をしたがるだろうことは、当然予想できる。しかし、マスコミがそうした行為を(アメリカのマスコミがやっているように)コピーしてしまえば、政府プロパガンダを、批判的に精査し、誤りを暴くのではなく、増幅し、鼓舞することになる。これはかなり深刻な問題ではあるまいか?

政府が命令する場合、行動は更にとんでもないことになり(現時点で、水攻めはもはや拷問ではない)直接、マスコミのふるまいの変化を招いてしまう。そして、この政府/マスコミによる共同あいまい化の究極的効果は、アメリカ人は他と異なっていて、例外で、より優れているのだから、アメリカ人は、自分たちがしていることを表現するのに、異なる言語さえ用いても良いのだという有害な観念に一層凝り固まってしまうことだ。このハーバードの研究は、政治力を持った連中が、自ら、そして他者を、悪く、違法な事というのは、本質的に、悪い他国がすることだけであって、決してアメリカ自身によるものではないと説得するプロセスそのものを立証している。

アップデート: 「アメリカがすることは全て-本来-違っているのだ症候群」の典型例については、前の投稿記事のアップデートを参照いただきたい。

記事原文のurl:www.salon.com/news/opinion/glenn_greenwald/2010/06/30/media

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dou

通産省・国売り物語

■以下引用_________________________

「株式日記と経済展望」のミラーサイトより。

通産省・国売り物語(1) 馬借


★密約の発端

少なくとも、この提案が行われた「85年秋の交渉」は、おおよそ特定出来ます。第1回の専門家会合が10月21日・22日にワシントンで、第2回が11月20日で、この第2回の時にアメリカ側が言い出したそうですので、ほぼ10月の交渉において、という事になります。

その交渉に関しては、14日づけの日刊工業新聞で、棚橋機情局次長が急遽派遣さ れて話し合いを始める、と報道されています。そしてその後の21日頃に若杉審議官 が本交渉に出向いたことになっています。となると、可能性のあるのはこの二人です が、若杉氏の場合は「深夜に呼び出す」となると、チャンスは初日夜の1晩しかない。 となると、14日頃から派遣されていたらしい棚橋氏によるものである可能性が、極めて高いことになります。

実はこの本交渉では、11月3日づけの日経新聞によると、双方が持論を述べ合っただけで具体的な交渉のための話し合いはなされなかったという。つまり「要求する側」のアメリカ側が、まとまった具体的要求を出さなかった訳で、極めて異例な展開です。これが何を意味するのか。つまり、棚橋氏による「提案」をアメリカ側が検討し、対日態度を固める時間が必要だった・・・という解釈が最も妥当という事になります。

実はこの棚橋祐二氏は、日米摩擦に関する様々な局面に登場するキーパーソンです。モトローラのガルビン氏が日米摩擦について書いた「日本人に学び日本に挑む」で、86年5月における20%押し売り受け入れの合意成立に尽力したのが棚橋氏であり、「対米交渉の前線部隊長」として、アメリカ側との交渉を仕切ったことを本人が認めています。つまり、現地での相手方との接触や情報収集を牛耳って、交渉を左右する立場にあった訳です。

さらに彼には、類似する行動の実例があるのです。89年のスーパー301条において、「トロン教育パソコン」がアメリカの圧力によって潰された時、孫正義氏と組 んで、裏でトロン潰しに画策したのが、実はこの棚橋氏である事実が「孫正義・起業 の若き獅子」という本で明かされています。

この時にもう一人、トロン潰しに加わっていたのがソニーの盛田昭夫氏でした。彼は半導体摩擦でも日本企業側の外圧受け入れの動きに主導的な役割を果たしており、プレストウィッツ氏の「日米逆転」によれば、95年春に盛田氏が、日米摩擦の場で半導体の官僚統制を言い出しています。さらに遡る83年の日米財界人会議で、モトローラのガルビン氏が要求した日米業界間談合に、盛田氏が賛同し、その実現向けて協力したのだそうです。

そして以後、対日摩擦の火付け役として、押売り外圧利益追 求者として、またSIAのリーダー格としても有名なガルビン氏と、盛田・棚橋コンビの密接な連絡によって対日が背後に存在していたことが、明らかになっています。通信摩擦で悪名高い「モトローラ方式」を日本で最も熱心に受け入れたDDIの稲森氏を、ガルビン氏と引き合わせたのも、TRON外圧で孫氏と棚橋氏を引き合わせたのも、この盛田氏でした。

彼が何故、このような挙に出たのかは解りませんが、元々、日本の半導体産業を初 期に牽引したのは、トランジスタラジオを開発したソニーでした。それが次第に日立 やNECなどが大資本にものをいわせて大規模な半導体工場を作って市場を席巻した ・・・と、盛田氏の目に映った事は間違いないでしょう。しかし、だからといって、 それらの電子メーカーが単に「力業で市場を乗っ取った」と盛田氏が恨んだのだとし たら、それは大きな間違いです。当時の半導体はけしてアメリカなどが被害者意識紛 々に言い張るような「習熟効果で金を注ぎ込んでシェアを取れば猿でも歩留まりを上 げられる」ような簡単なものではないのです。

NECなどが信頼性のノウハウを蓄積できた大きな切っ掛けは、かつて電電公社が「電話システムの電子化」のために必要としたマイコンの開発にメーカーの参加を募り、目茶苦茶に厳しい信頼性テストを伴う開発プロジェクトをやったのに参加して、血の出るようなハードな開発で経験を積んだお蔭でした。三菱などは、不良品の原因となる「極微細ゴミ」対策のため、女性技術者だけで「キャッツ」というチームを組織し、ある時は彼女たちの家族全員に三日間風呂に入れずに下着から上着まで同じのを着させ、それを洗濯した水を分析して「体から出るゴミ」の量を調べる・・・などという事までやりました。そんな血の滲むような切磋琢磨が、日本企業の世界に冠たる半導体量産技術を築いたのです。

また、棚橋氏は単なる高級官僚ではありません。91年に事務次官に上り詰めた大物で、大臣経験者の娘婿としての閨閥を持ち、福田内閣の秘書官時代に政会に太いパイプを築いて、福田・竹下派・・・、特に梶山氏と強い繋がりがあるとか。75年頃の内閣官房グループが連夜料亭で繰り広げた豪遊を目撃されたことが「夜に蠢く政治家たち」という本に出てくるそうですが、森喜朗・福田康夫氏などを率いた宴会リーダーとして大手を振っていたのが、他ならぬこの棚橋氏でした。高杉良氏の「小説通産省」に、彼をモデルとした「松橋勇治」という人物が登場しますが、自民三役とホットラインを持ち、与野党を問わず電話一本で動かす、多くの経済記者を子分にしているとの話まで出て来ます。

勿論、棚橋氏が通産省の対外迎合を独りで引っ張っていた訳ではないでしょう。プ レストウィッツ氏の「日米逆転」には、半導体協定成立に協力的だった通産官僚として、彼が「最も能力のある交渉者」と持ち上げた若杉和夫氏、機情局長としても次官 としても棚橋氏の前任だった児玉幸治氏、そして「資源派」の大物で田中角栄が最も 信頼したと言われる小長啓次氏の名前を挙げています。特に児玉氏はプレストウィッツ氏とも、そして棚橋氏とも家族ぐるみの付き合いで、棚橋氏と児玉氏の配偶者は一 緒に通産高級官僚の配偶者達の親睦会を仕切る仲であったようにすら、高杉氏の小説に出てくるのです。





火中の栗

あれは、そうだったのか! 学者と報道の謎が解ける

■武田邦彦さんのHPの記事の紹介です。
 現代の学問、学者、大学、そしてマスコミの問題点が端的に表現されていると思います。

●武田邦彦さんのHPより
「あれは、そうだったのか! 学者と報道の謎が解ける」 より引用。

~引用開始~
あれは、そうだったのか! 学者と報道の謎が解ける

 あるシンポジウムの後、私は次のような質問を受けた。
「武田先生は、なぜ、リサイクルとか温暖化で、そんなに国と違う意見を言われるのですか? 何が目的ですか?」
質問をした方は学識、人格、人柄、すべて優れた人で、だからこそこのような直接的なご質問をしていただいたのだろう。
 私はこの質問をいただいて、瞬時にこれまで長年、疑問に思っていたことが氷解した。それは、私が持ち続けていた逆の質問、
 「なぜ、皆さん(主に学者と報道)は環境問題で国の方針に疑問を抱かないのですか?」というものだった。
 長年、不思議に思っていたことがあった。それは私も、そして私の言動を見ている人も、私と意見を異にする人も、ともにお互いに理解できなかったことだった。
・・・・・・・・・
 20世紀のはじめのころ、マックス・ウェーバーという偉大な社会学者が「職業としての学問」という書を著している。私はそれを恩師から紹介され、むさぼるように読んだ。
 そこには、「人間の興味としての学問」と「職業としての学問」が対比されていた。
 「興味として学問」をしていた時代には、自然を観測し、解き明かし、時にはそこでわかった原理を応用して機械を作る・・・ということが行われてきた。
 観測は正確に行われ、議論は真摯に進み、そして発明された機械はジワジワとその価値を認められるようになった。
 ところが「職業としての学問」が誕生して以来、都合のよいデータが公表され、職とお金に関係のない議論は無視され、計画的に機械が考案される・・・それは、学問がその身をお金に売り渡したことだ。
 その弊害は至る所に現れる。マックス・ウェーバーはその一場面を大学の中に求めているが、現代の大学でもまったくそのまま当てはまることだ・・・腐敗した大学。
 「学問の職業化」がもたらしたことは、またの機会に十分なスペースをとって考えてみたいと思うが、ここでは、「学問の職業化」と「報道の職業化」が「環境問題」に何をもたらしたかに絞って議論を進めたい。
 「職業化」とは、「お金化」と言ってもよく、学問を賃金や名誉に置き換え、学問的興味より、賃金が上がるとか、名誉が得られるということを上位に置く考え方を言う。
 マックス・ウェーバーは「学問の手段化」とも解釈している。学問はそれ自体が本来の目的を持っていたが、それがお金を稼いだり、名誉を得たりする手段になったことを意味している。
 「学問に夢中になっていたらノーベル賞をもらった」というのと、「ノーベル賞をとるために頑張った」というのとの差である。
・・・・・・・・・
 私が環境問題に疑問を持ち、学会や社会にそれを問うているのは「学問的興味」であって「別の目的」はない。
 たとえば「温暖化すると南極の氷は融けるか?」ということを物理的に考えると「増える」となるのに、なぜ「融ける」と言っているのか?政府やNHKには多くの学者が参加しているのに、なぜそのようなことが言われているのか?というのは「真理」を追求する学者にとっては当然の疑問で、「何の目的で質問しているのか?」などと聞いてもらっても、どう答えて良いかわからない。
 もし、「私の興味で聞いています」と言うと、「そんな暇はない」という返事が来そうである。
 また「温暖化しても日本の環境は悪くならない」という結論に達すると、「温暖化が脅威だ」という人の論文を読んだりしたくなるし、疑問もぶつけたくなる。
 でも、現在の日本では「温暖化が脅威」という人たちの集まりに言って質問してもほとんど答えてくれない。
 あるときに「2℃上がると大変だ」と偉い人が講演で言われるので、「今の地球の気温は15℃ですが、日本にとって何℃が最適ですか?」
と質問したら、返事そのものをされなかった。
 座長も講演した先生も、私の質問は完全に無視した。「2℃上がって大変だと言っているのだ。つまらない質問をするな」という感じだった。
 NHKの度重なる誤報も「報道のお金化」によるものだろう。「正確な報道をいかに早く視聴者に伝えるか」という報道に興味があるのではなく、視聴率とか国会議員の印象などを通じて「自分たちの組織とお金を守るためには」という考え方だ。

 何となく絶望感もある。これほど世の中が世知辛くなり、「目的がなければやらない」ということになると、話をしていても「目的」がないなら聞いても意味がない。
「儲かることだけ聞きたい」、「儲かるような方向なら合意する」という時代なのだろう。(平成22年6月29日 執筆)武田邦彦
~引用終わり~





森羅万象

なぜ新聞による世論操作は、インターネットよりもいまだに有効なのか?

■Aobadai Lifeより引用です。
>おそらく、私がこうやって書いているブログや、ツイッターも、業界の仲間がかなり見てくれているわけだが、ぜひ、インターネット時代の旗手である皆さんに、日本の言論統制のからくりを知ってもらい、
21世紀も、日本が平和で豊かな国であるために、一人ひとりが、まず自分で、できる活動を考え、実践に移していってほしいと思う。
ぜひ共に連帯し、国民のための政治を取り戻そう。

★自ら考えよう、インターネットを使い協働しよう!と言う声が増えているように思います。

~引用開始~
なぜ新聞による世論操作は、インターネットよりもいまだに有効なのか?

戦後、日本の権力構造は、自民党、官僚、マスコミ、財界、アメリカ、司法などが、密接に結びつきながら、既得権益を構成してきた。
その特徴は、一部の権益層である親米派のエスタブリッシュメント層が、世界第二の経済大国の富を搾取するという構造であり、一種の貴族支配ともいえる。
そして、その既得権益層の構成員として、検察や、マスコミも位置しているわけなので、国民は、その実態に、なかなか気がつけないでいる。
いわば、冷戦時の中国や、現在の北朝鮮が、報道の自由がないことと、秘密警察組織によって、反動分子が処分されることで、その権力構造の実態が、国民になかなか伝わらないことと同じで、日本国民も一種のマインドコントロールにあるとさえいるだろう。
それは騙される側の日本国民にも問題がある。
幸い、日本には徴兵制がなく、また食べるものに困っているほどではない。なので、既得権益側の搾取が強まったところで、なかなかその国民の不満が、地下にマグマのようにたまったとしても爆発するまでにはいかない。
それでも、今回、消費税をさらに10%を増税されて、アメリカや、財務官僚、財界の思惑でまたしても引き上げられることに結局はなっていくのであろうが、では、なぜ、そもそも900兆円近くも日本が借金をすることになったのか、また、過去の消費税増税や、サラリーマン増税などのたびに、高齢化社会対応や、福祉などと騙されて、税金を国民から巻き上げられて、その結果、国民の可処分所得は減り、内需もしぼみ、吉野家やユニクロのような低価格路線が、もてはやされる中で、そもそもそのように、国民生活を破壊したがために、景気がここまで低迷して、しかも、法人税、所得税なども、国の税収は下がってしまったのではないかと、そうした矛盾を指摘してもよいテレビ、新聞社があってもいいものの、一社もないという現実がある。
こういう矛盾や、素朴な疑問になぜ日本人は気づかないのだろうか。
つまり、こうした構造自体が、戦前から、現代までずっと続いている、世界でも悪名の高い「記者クラブ」制を中心とした日本における言論統制の仕組みであり、それは、満州事変を境に、軍部が機密費を使って、新聞社に戦争世論を煽らせて、無謀な日中戦争、太平洋戦争に突き進んでいった構造とまるで変わっていないのである。
今も野中元官房長官や、佐藤優氏の証言で、官房機密費や、外務機密費が、御用評論家や、政治記者、経済記者の買収に使われていた構図が明らかになってきているわけだが、ヒステリーを極めた連日の小沢バッシングや、消費税10%増税に賛成一色の異常なまでの報道加熱は、やはり、機密費などの利権が絡んで、記者クラブ全体で、そのように方針として決めているということである。
本来であれば、太平洋戦争が終わった際に、国民世論を扇動して、無謀な戦争に突き進ませた新聞社や、記者クラブも、解体の対象となるべきでった。
しかしながら、1924年から読売新聞社の社主をつとめた正力松太郎、そして1936年から朝日新聞の主筆をつとめた緒方竹虎は、ともに、戦後、いったんは公職追放をされるも、単なる一時的なガス抜き程度のもので、ほどなく正力松太郎は読売新聞社主に復帰し、さらには、国務大臣(科学技術庁長官)となる。
また、緒方竹虎は、自由党総裁として首相候補にまでのしあがる。
そして、この二人に共通するのは、CIAのエージェントであったことが、アメリカのCIA文書で確認をされている点だ。
このような権力構造の中で、記者クラブが解体されるわけもなく、よって、その後の電波利権や、大手町の国有地の払い下げにもつながる。
要は、当のマスコミ自体が、利権そのものの集団ということだ。
しかしながら、多くの日本人は、いまだにマスコミが公平・公正であると信じている。




丸一浩

マスコミ無視→マスコミ監視へ

テレビや新聞など、マスコミが流す情報は、誇張・偏向・隠蔽・捏造など、か~な~り~怪しいって、みんな薄々分かってる。

ニュースを見るとモヤモヤする、評論家の言葉を聞いてると疲れるなど、違和感は日に日に強まってる。

で、多くの人は、マスコミを無視しているだけ。(出来るだけ見ない、適当に聞き流すetc)

それより少し意識の高い人は、マスコミ以外の情報源を探す。(ネットや本を読んでみる、勉強会に参加するetc)

でも、それではマスコミに圧力はかからない。
むしろ、人々が無関心になればなるほど、マスコミは好き放題(>_<)

>大多数の者が私権に無関心な空間では、少数の私権意識の強い連中にとっては好き放題できる。自由な空間が与えられて驕り高ぶり増長して暴走することが可能になる。(ブログ:日本を守るのに右も左もない)

では、どうする???

一つは、マスコミに対する監視圧力を強めること。
もう一つは、そのためにも、マスコミに代わる事実追求⇔発信の場を、自分たちで作ってゆくこと。





西知子

年間1,000万円もの「ワイロ」を受け取っていた御用評論家は誰か?

~続きです~
さて、その野中広務である。
すでに、沖縄での講演内容はずいぶんとネット上で反響になっているが、ここで彼は、御用評論家の買収工作について、より踏み込んだ発言をしている。
2010年4月28日(木)の琉球新報の記事 から転載をする。
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野中広務元官房長官は、23日に那覇市内で開かれたフォーラムの基調講演の中で、自身が長官在任中(1998年7月~99年10月)、先例に従い、複数の評論家に内閣官房報償費(機密費)から数百万円を届けていたことを明らかにした。
 野中氏は講演で「言論活動で立派な評論をしている人たちのところに盆暮れ500万円ずつ届けることのむなしさ。秘書に持って行かせるが『ああ、ご苦労』と言って受け取られる」と述べ、機密費からの提供が定期的にあったことを明かした。
 野中氏は自民党政権時代に、歴代の官房長官に慣例として引き継がれる帳簿があったことにも触れ「引き継いでいただいた帳簿によって配った」と明言。その上で「テレビで立派なことをおっしゃりながら盆と暮れに官邸からのあいさつを受けている評論家には亡くなった方もいる」と指摘した。一方で機密費の提供を拒否した評論家として田原総一朗氏を挙げた。
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要するに、一人あたり1000万円の巨額のカネを、買収工作として、御用評論家に内閣官房長官として渡してきたのである。
それも前例に従って、ということだから、田原総一郎の証言からしても、少なくとも、1970年代からは続いてきたことであろう。
そして、自民党のことである。
小渕政権以降も、麻生政権にいたるまで、機密費による御用評論家の買収は、普通に行われていた、と考えるほうが自然である。
もちろん、過去のこうした御用評論家のあぶり出しはやっていかなければいけないが、
では、われわれは現時点で、誰がこのカネを受け取っているのか。
そこを考える必要がある。
河村前官房長官が持ち逃げした約2億5000万円の資金も引き続き、御用評論家の買収工作資金として、使われているのかもしれない。

そして、テレビを見ていると鳩山政権を、個人的にかなり憎んでいる御用評論家がいるが、それは彼らのところに、それまで毎年1000万円のカネが来ていたのが、なくなったわけであるから、彼らの懐事情としても、政権交代をされると困るのである。
まず、可能性としては、「不自然なまでに自民党の肩をもってきた評論家は誰か?」「立派な評論をしている人たち(野中証言)とは誰か?」
というところから考えていきたい。
おそらく評論家としては、ナベツネとの交友の深い政治評論家の三宅久之、テレビタックルで、時にヒステリックな言動を行う福岡正行、時事通信の解説委員長で報道ステーションのよく登場する田崎史郎、このあたりは、まずクロいなあ、と思わず疑念をもってしまう。
それから野中の時代は、まだ政治評論番組も盛んだったが、今は、政治をワイドショー的に放送をするので、そこに影響力を持つ芸能人もあやしい。
まず、なんといっても、朝ズバをもっている、みのもんた。
それからサンジャポのテリー伊藤。
ひどい偏向政治番組である太田総理の司会である爆笑問題の太田光。
ザ・サンデーネクストで驚くほどのヒステリックな鳩山批判を行っている北村弁護士。
彼は麻生首相との会食についても明かしていたことがあるが。
タレントとしては、やはりこのあたりも、臭いなあ・・と思う。
ただ、彼らはどこまでカネに困っているのか?ということもある。カネよりもむしろ利権かもしれない。
みのもんたなどは、個人的に経営している水道メーター会社もあるわけで。
で、なんといっても、一番うさんくさいのが、いわゆる新聞社の編集委員である。
その肩書きを利用して、彼らはテレビに出ては、「国民の世論は」「市民の声は」と、かってに世論を語るわけであるが。
まずウサン臭いのは、昨年の5月に、麻生首相とオークラの日本料理店「山里」で会食していた朝日新聞の星浩、毎日新聞の岩見隆夫、読売新聞の橋本五郎。
この三人は、テレビにもよく登場をし、偏向報道を繰り替えしてきたわけで、また、サラリーマンの給料であることを考えても、やっぱりウサンくさいなあと感じるわけである。
それから、毎日新聞の岸井、バンキシャのレギュラーである河上和雄あたりも、やっぱり不自然に思えてしまう。
それがディレクターの指示なのか、彼ら自身に何か利害があるからなのかはわからないが。
いずれにしても、もちろん御用評論家の買収工作については、官邸の機密費だけではないだろうし、アメリカのCIAが絡んでいることもあれば、中国や北朝鮮が絡んでいるケースもあるだろう。
ただ、われわれ国民として考えなければいけないことは、テレビを見ていると、映像編集の力や、もっともらしいことをいっている評論家、コメンテーターに、無防備でいると、そのまま彼らの思惑で、自分もマインドコントロールされてしまっているということである。
また、少なくとも、野中証言で、一人あたり年間1000万円もの、もうこれは「ワイロ」といってしまっていいだろうが、そんなカネが、御用評論家に渡ってしまっているということである。
私たちは、こういうことに、もっと本気で怒るべきではないだろうか。
この件については、もっともっと、インターネット上で議論されてしかるべき問題であると思う。
~引用終わり~






丸一浩

喫煙有害データのイカサマぶり~肺の線毛運動機能を低下させているものは何か?~

続きです。

同じく、「政府・マスゴミ等の洗脳情報に騙されず、本当のことは自分で考えよう」さんの『喫煙有害データのイカサマぶり・後編』より引用させてもらいます。

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そう考え調べてると、肺(気管)の線毛活動に及ぼす喫煙の影響を調べてみた興味深い論文がありました。

この実験方法が、一番ゆるい条件と書かれてる物でも、「タバコの煙を連続して3~4回吸わせた後に大気を2回吸わせて,これを繰り返した」となってて、普通はタバコ一回吸うとどんなチェーンスモーカーであってもその後最低でも大気を数回以上は吸って間を置くわけだし、さらにここに書かれてる本数というのもおそらく連続して吸わせた物と思われるわけで、現実とはまるでかけ離れてるとはいえ、内容的には参考になりそうです。
(もうちょっと説明しておくと、普通は吸わずに置いてる間にもどんどんタバコが燃えていくので同じ一本吸ったと言っても肺に取り込んだ量は1本の1/2~1/3量以下と思われるのに対し、この実験の間隔で吸うとほぼ丸々一本吸った計算になる)

この中で、中程度の条件と書かれてる実験で(とはいっても、現実にはこんな条件は決して中程度どころじゃなく、到底有り得ない極めて過酷な条件ではあるけどw)、フィルター無しのタバコでの実験データで、
ブランク、1本,3本,5本,8本喫煙群での喫煙終了2分後のMMV(簡単に言えば、線毛運搬速度のような係数)の値がそれぞれ、
12.0±LO㎜/min(mean±SE,n=17)、1L6±L5(n葉6)、8.3±2.2(n=6)、3.3士0、8
(n=14)、4.2±2.3(n罵8)となっており(5本より8本の方が高くなってることから、このあたりは誤差の範囲といえる。というか、他のデータを見ても、この実験だけでjは相当誤差が大き過ぎるとは思います)、
(この過酷実験での)1本ではブランクとまず差がないといえる。(但し、長期的に繰り返すと、これでも影響ある可能性もあるかもしれません)

この実験が、人間より遥かに小さい犬を使っており、さらには到底現実に有り得ない猛烈なペースで無理やりタバコを吸わせてること、フィルターをつけてないことなどについて考えると、
・実験に使った犬が具体的にどういうのかわからないけど、こういう実験に使うのであれば比較的小型犬じゃないかと思われ、普通に考えて体重5キロ前後ぐらいか、大きくてもせいぜい10キロまで?(つまり人間のザッと1/10ぐらい)
・次に、この有り得ないハイペースでの喫煙、さらには人間が嗜好として吸う場合、その煙を全て吸い込むわけじゃなく或る程度吐き出した後に吸い込むということなど
・そしてフィルター無し
ということで、これを人間が通常の吸い方をした場合に換算すると、(感覚的に)100倍ぐらいの量になるんじゃないかという気がします。
そして逆に、何十年もの長期にわたって続けた場合のことを考慮するとこの実験での1本というのは、(やはり感覚的に)10~20本ぐらいに相当するんじゃないかという気がします。
(この感覚的にというのは、体重が10倍という以外はなんの根拠もなく、なんとなく私が感覚的に思った数字というだけですw)

つまり、通常の紙巻タバコを長年にわたって長期的に吸ったとしても、一日5~10本程度であれば、線毛活動にもほとんど影響を与えないんじゃないかというのが、この実験データを見た私の考察です。
(もちろん、添加物等がほとんど使われてなく、また肺深くに直接吸い込むことのない、葉巻等であれば、これよりさらに影響も低いはず)


よく喫煙と肺がん死亡率の関係グラフを載せてるのを見ると、数本以下のあたりからでも比例したグラフが載せられてるわけで、前回記事でも指摘したように、もちろん故意に操作したイカサマデータだろうと私は思ってます。

このデータから私が何を言いたいかというと、よほどのヘビースモーカーでない限り、線毛運動の機能を低下させるのは、添加物も含めタバコが原因じゃない可能性が高いんじゃないかということです。


もう一つ面白いデータを見つけました。

COPDという言葉を聞いたことあるでしょうか?
慢性閉塞性呼吸不全の略で、かつて肺気腫と呼ばれてたものや慢性気管支炎の総称で、喫煙によってこれが急増してると世間で煽られてるものですw
(そして、このCOPDから肺がんになった数もかなりあるんじゃないかと思われます)

たとえば、米国でのデータで、喫煙率と肺がん死亡率の推移グラフを挙げて、20年ほどのタイムラグがあるのがピッタリだと言ってるサイトが多いけど、それであればこのCOPDでも同様の傾向が現れないとおかしいことになるものの、こっちは肺がん死亡率が低下に変化してからも相変わらず増え続けています。
(たとえばリンクの米国のCOPD患者の項目のところに1998年までのデータグラフが出てます)
残念ながら、私が探した限り、米国でのこれ以降の新しいデータは国内・海外サイトとも見当たりません。
故意に隠されてる可能性も多分にあるんじゃないかと思ってますw

つまり、このCOPDに関しては、喫煙率にタイムラグを補正しても、一致せず、今なお増え続けてるということで、つまり一番の原因はタバコ以外の何かにあるということになるかと思います。

後略

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匿名希望

喫煙有害データのイカサマぶり~「肺がん」とひとくくりにされて誤魔化されている!~

「政府・マスゴミ等の洗脳情報に騙されず、本当のことは自分で考えよう」さんの『喫煙有害データのイカサマぶり・後編』より引用させてもらいます。

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さて、私がいろいろ調べてわかった重要なことで、近年の肺がん死亡率の急増は喫煙によるものなどといったことが、いかにデタラメなものかという証拠を一つお教えしましょう。

肺がんと一口に言ってるけど、組織型に分類すると、
1.小細胞がん
2.扁平上皮がん
3.腺がん
4.大細胞がん
の4つに分かれ、この中の「小細胞がん」と、「扁平上皮がん」が喫煙による影響大とされており、かつてはこの内の小細胞癌が一番多かったようです。

しかしながら肺がんと言っても、近年急に増えてきて今や肺がん全体の6割を占めるまでになってきたのは、喫煙との因果関係は少ないと言われている腺がん(肺の周辺部に生じる)の方なのです!
(愛知県がんセンター中央病院HP「肺がんとは」リンク等参考にしてください)

肺がんと一くくりにせず、こういった組織分類ごとでの肺がん死亡率推移グラフがどこかにあればわかりやすいと思うものの、探してもなぜかそういうのは見当たりませんw
(そういうデータを公けにして皆が目にすれば、喫煙有害煽りのイカサマがバレてしまうので故意に隠してる可能性大と思われる)

なので、詳しく検証することもできないけど、上記の事実から考えて推測するに、喫煙が原因とされる小細胞がん、扁平上皮がんによる肺がん死亡率・罹患率は長年にわたってそれほど大きな変化をしておらず、喫煙との関係がほとんどないとされてる腺がんの方が近年急増してきてるということで、つまりは、肺がん死亡率と喫煙との関係は、このことからはほとんど無関係ということになるわけです!

喫煙による影響ということで調べるのであれば当然、小細胞がんと扁平上皮がんについての径年推移と比較すべきながら、そういうデータは私が探した限りどこにも見当たりません!
全ては、肺がんと一くくりにして故意にごまかして(騙して)いるわけですw

たとえば、西日本新聞2007.1.29リンクにもそのことがわかるニュースが書かれています。
(肺がんの主原因は喫煙ですが、)腺がんについてはたばこを吸わないのに発症する人、特に女性が増えています。女性の肺がんで最も多いのが腺がんです。大気汚染や環境ホルモンの影響など諸説ありますが、理由はまだはっきりしていません・・・

「肺がんが喫煙によるもの」と煽ってる根拠については、それを証明する確かな実験データは何一つ無いということ!
そして、根拠となってるのが、
1.肺がん死亡率の推移と、喫煙率の推移が同様の変化をしてる
2.喫煙者と非喫煙者では、喫煙者の方が肺がん死亡率が高い
の2点だけであって、この内の前者は、これでデタラメだということがわかったわけで、もう一つ後者の方についても、(今のところ私自身は思い浮かばないけど)、必ずやなんらかのイカサマトリックが使われてるはずだと確信しています!

ちなみに、肺がん死亡率推移と類似グラフを示すものは、喫煙率だけに限らず非常にたくさんあります!
たとえば、牛肉の一人当たり消費量推移グラフなんかを見ても、米国では70年代まで増え続けててその後減少に向かってることで、よく米国での肺がん死亡率と喫煙率の推移グラフを示して、20年ほどのタイムラグを入れるとピッタリ一致するとか言ってるのをみかけるけど、この喫煙率の変わりに牛肉消費量を入れても同じことが言えるわけなのですw
(おまけに、肺がん死亡率推移に関しては、1930年あたり以前のデータを載せてないってあたりも、その約20年前以前の牛肉消費量データが逆に多かった時に一致するわけで、これもあまりに偶然過ぎるかとw)

なお、この牛肉を食べることがどれほど健康上よくないものかといったことについても、この後書いていく予定です。

あるいは、車の排気ガス、あるいは工場の排ガスなんかの年毎推移のデータなんかももしあれば、おそらく同様の傾向示すんじゃないかと思う。

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匿名希望

8時間労働は科学的には何の根拠もない正当化観念の産物

8時間労働が先進国の間では、世界標準となっているが、それらの根拠を調べてみた。以下、引用です。

>労働者の日としてのメーデーは、1886年5月1日に合衆国カナダ職能労働組合連盟(後のアメリカ労働総同盟、AFL)が、シカゴを中心に8時間労働制要求の統一ストライキを行ったのが起源。 1日12時間から14時間労働が当たり前だった当時、「第1の8時間は仕事のために、第2の8時間は休息のために、そして残りの8時間は、おれたちの好きなことのために」を目標に行なわれた。

>1888年にAFLは引き続き8時間労働制要求のため、1890年5月1日にゼネラル・ストライキを行なうことを決定したが、1886年の統一スト後にヘイマーケットの虐殺といわれる弾圧を受けていたため、AFL会長ゴンパースは1889年の第二インターナショナル創立大会でAFLのゼネスト実施に合わせて労働者の国際的連帯としてデモを行うことを要請、これが決議され、1890年の当日、ヨーロッパ各国やアメリカなどで第1回国際メーデーが実行された。以後も労働者の権利を主張する運動、また、国民がその時々の要求を掲げ団結と連帯の力を示す日として継続・発展してきた。


労働時間と精神的負担との関係について、これまで多くの研究者が論文を公表している。いくつかの論文では関係があると認めているものがあるが、時間以外の要素(能力など)が多く関連しており、現在のところは科学的根拠は認められないというのが妥当な判断である。(参考論文「労働時間と精神的負担との関連についての体系的文献レビュー」)

寧ろ、労働組合等の運動者が、自分たちの要求を正当化する為、つまり自分たちにとっては苦役な労働の対価として、それに等しい休憩時間や、自由時間が必要だという無理やりの論理を押し通したに過ぎない。

我々はいつの間にか、憲法の条文にある「すべての国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」(第25条)にふさわしい労働時間は8時間だと、間違った観念を刷り込まれ、本来の人間の活力や能力を引き出す機会を潰してきたのが、今の労働基準法を始めとした様々な法体系だと思う。



大嶋洋一

「日本はなぜ変われないのか?」「いや、それは違う!」(湘南の片田舎から)

湘南の片田舎から
「日本はなぜ変われないのか?」「いや、それは違う!」 より転載。
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テレビあるいは新聞で司会者やコメンテータ、識者と称される連中がしたり顔でこう言う。

「日本はなぜ変われないのか?」

俺は、こう答えよう。

「いや、それは違う!変えようとする人はこれまでに出たし、現在も出ている。しかし、自分たちの既得権益のために彼らの活動を妨害し、日本を変わらせないシステムが存在しており、その“システム”が働くのだ。テレビを始めとする大手マスコミ各社は、『日本はなぜ変われないのか?』としたり顔で言い、その一方で日本を変わらせない、この“システム”の一部として機能している。」

中央公論に発表され、ネットでも読めるカレル・フォン・ウォルフレン氏の『日本政治再生を巡る権力闘争の謎(1~3)』は、そのような観点から読まれるべきである。そして、このシステムは昨年来からの小沢一郎氏や民主党攻撃に見られるように、現在日本で最大の反革命活動を続けてている。

長いがその全文を掲載させていただこう。このような優れた論考のウェブ掲載を許可したカレル・フォン・ウォルフレン氏、訳者の井上実氏 中央公論社に感謝する。この論考は明治以降、また戦後日本の政治・社会を紐解く上で必読と思う。
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日本政治再生を巡る権力闘争の謎(その1)=カレル・ヴァン・ウォルフレン

2010年3月19日 中央公論

日本政治再生を巡る権力闘争の謎(その2)=カレル・ヴァン・ウォルフレン
2010年3月19日 中央公論

日本政治再生を巡る権力闘争の謎(その3)=カレル・ヴァン・ウォルフレン
2010年3月19日 中央公論
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(引用以上)





匿名希望

封建制から近代への移行は、支配層における私権の永続性を高める為の戦略ではないだろうか?

>一部の支配階級が一般大衆を支配しているという構造は、民主主義と言われる今でも昔と変わらないことが明らかになりつつあります。
簡単に言えば、現在も、国王と一般大衆という関係です。米国と日本の関係も昔の中国(皇帝)と国王の関係だと思えばいい。

 私権時代の力は成長過程によって身に付けたものではなく、生前から予め付与されているもの、つまり「相続」が非常に重要なポイントである事が分かった。
 従って、いかにして先代から引き継いだ私権を「相続」するかという事が彼らにとって、最も重要な課題であったことは容易に想像できる。

 では、私権をより確実に継承して行くためには、どうしたらよいだろうか?
 彼らは一生懸命考えたのだろう。

 ここで取った彼ら支配層の戦略が、表舞台から姿を消すという事では無かったのだろうか?
 表舞台にいると、私権行使し易いが、その分、失いやすいという不安定な状況下に常に置かれる事になる。
 ところが、近代の様に金主(支配層)ではなく、お金の運用者が表舞台に登場する事で、金主は裏舞台へ引っ込む事が出来る。つまり安定性を担保する事が出来るという事だ。
 具体的には、金主=ヨーロッパ貴族
       運営者=ロスチャイルド 当りであろう。

事実、

>近代以降も身分制度を形成する、力のヒエラルキーの礎である、資産の相続は完全に認められており、この財宝や金は、王朝や政権が変わろうとも、継承され続けること。そして、現にヨーロッパ貴族は数百年に亘ってその資産を継承し、現在でも公然、隠然たる力を持って世界を差配している

の通り、脈々と私権の継承が行われているのが実態だ。

このように考えると、
 封建制度から近代への移行は、
「近代は、封建時代の身分支配から解放され、自由になった」
 のではもちろん無く、封建時代の支配層がより私権の継承性を高める為に取った戦略なのではなかろうか?という考えが浮かんでくる。

 そうだとしたら、ロックフェラーもロスチャイルドも本当の黒幕では無く、その先の封建時代の支配層≒ヨーロッパ貴族こそが、本当に注目すべき対象となるのである。




アリンコ

【マスメディアの凋落】

内田樹の研究所【マスメディアの凋落】 より、転載します♪


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(前略)
マスメディア、とりわけ新聞の凋落について今書いている。
新聞メディアの急速な失墜をほとんどの人は「インターネットに取って代わられた」という通信手段のシフトで説明している。
けれども、私はそれはちょっと違うだろうと思っている。
新聞メディアの凋落は、「速報性やアクセシビリティにおいてインターネットにアドバンテージがあるから」という理由だけでは説明できない。
少なくとも、私が「新聞はダメだな」と思うのは、そういう理由からではない。
新聞の凋落は、その知的な劣化がもたらしたものである。
きびしい言い方だけれど、そう言わざるを得ない。
新聞記事の書き手たちは構造的にある「思考定型」をなぞることを強いられている。
それは世の中の出来事は「属人的な要素」で決まるという思考定型である。
要するにこの世には「グッドガイ」と「バッドガイ」がいて、その相克の中ですべての出来事は展開しているので、誰がグッドガイで誰がバッドガイであるかを見きわめ、グッドガイを支援しバッドガイを叩く、ということを報道の使命だと考えているということである。
シンプルでチープな話型だが、現実にそういう話型に基づいて世の中の人の多くはふるまっているので、その話型で説明がつくことは少なくない。
「虚構が現実を圧倒する」ときには虚構に基づいて現実を分析し、虚構的にふるまう方が現実的である、ということはたしかにある。
けれども、それでは片づかない問題もある。
たくさんある。
たとえば、この鋳型から叩き出される思考は、そのような話型を生み出し続けている「構造」について遡及的に語ることはできない。
「なぜ私は『こんな話』ばかりしているのか?」という自省をすることができない。
自省したら絶句するからである。
商売柄、メディアは「絶句すること」が許されない。
逆に言えば、インターネットメディアの利点は「用がなければ黙っている」ことができるということである。
「黙ることが許される」というのは思考する人間において手放すことのできない特権である。
「ときどき長い沈黙のうちに沈む」というのは、人間がものを深く、徹底的に考えるための「マスト」である。
新聞やテレビのような「定期的に・定量の情報を発信することをビジネスモデルにしているメディア」の最大の弱点はそこにある。
黙り込むことが許されない。
自分はどうして「こんな話」ばかりしているのか・・・という深甚な、ある意味で危険な問いを抱え込むことが許されない。
その自省機会の欠如が、メディアのもつべき批評性の本質的部分をゆっくりと腐らてゆく。
たぶんそういうことだと思う。
ある週刊誌の女性編集者が取材に来たことがあった。
その週刊誌はいわゆる「おじさん」系の雑誌で、「世の中、要するに色と慾」というタイプのシンプルでチープなスキームで森羅万象を撫で斬りにしていた。
(中略)
記事の書き方に決まった「型」があるので、それさえ覚えれば、私みたいな女の子でもすぐに「おじさんみたいに」書けるようになるんです。
それを聴いて、はあ、としばらく脱力してから、それはちょっとまずいんじゃないかと思った。
というのは、だとすると、その週刊誌の記事を実際に書いているのは、血の通った、固有名と、固有の自己史をもった人間ではなく、「出来合いの文体」だということになるからである。
そこに書かれたことについて、「これは私が書きたいと思って書いたことであり、それが引き起こした責任を私は個人で引き受ける」と言う人間がどこにもいないのである。
もちろん、誤報や名誉毀損とかトラブルは起きる。
けれども、その場合でも、責任を取るのは書いた個人ではなく、会社なのである。
名誉毀損の裁判に負ければ賠償金は会社の経理が払うのである。
でも、そのとき「訴状をよく見てからコメントしたい」とかぶつぶつ言っている人間は、その記事を書いた本人ではない。管理責任上、「そういう立場」にたまたまある人間であるにすぎない。
その人が謝罪しようと、弁明しようと、それは書いた人間の言葉ではない。
だから、その人の額には「オレが書いたわけじゃないものについてがたがた言われちゃ、たまらんよ」という「うんざり感」がはっきりと刻み込まれている。
誰も個人責任を取る気がない。取らなくていい。というより、個人責任を取ることができないようなシステムになっている。
そこで、私ははたと考え込むのである。
「最終的にその責任を引き受ける個人を持たない」ような言葉はそもそも発される必要があるのか。
私は率直に言って「ない」と思う。
人々が新聞からテレビから週刊誌から離れていっているのは、インターネットという通信手段の利便性が高いから「だけ」ではない。
とりあえずネット上では、誰も、発語したものに代わって謝罪したり、弁護士を雇ったり、賠償金を払ったりしてくれないからである。
ここでは自分の発した言葉の責任を一人で引き受けることが「できる」。
この書き手が自分の書いたことについて全面的に責任をとることが「できる」という権利(義務ではない)が、マスメディアが「鋳型」から叩き出す定型的なテクストに対してインターネット上のテクストが有しているアドバンテージの実質ではないのか。
私にはそのように思われるのである。

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転載おわり




ふぇりちゃん