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戦後の支配構造を理解しなければ、小沢問題の本質は見えてこない。(1/3)

■表題どおりです。現在の小沢問題は、以下のような構造にあるが、少なくとも戦後の日米関係、支配構造を知らないと見えてこない。
>検察 VS 小沢一郎」いや、
「既得権益(自民党・マスコミ・検察・CIA・官僚権力) VS
 新政権(民主党・インターネット個人メディア・新官僚・新財界・国民)」
★そしてもっと奥にある、史的構造を理解すれば更に良く理解できると思います。
■’09年末なんでや劇場ノート1~偽ニッチの罠に嵌った特権階級
■’09年末なんでや劇場ノート2~学者・官僚・マスコミは、骨の髄まで金貸しの手先である
■’09年末なんでや劇場ノート3~近代市場は近世欧州社会の特殊事情の中から生まれた
■’09年末なんでや劇場ノート4~市場社会がもたらした自我・私権収束の始まりと終わり

●以下、Aobadai Life戦後の支配構造を理解しなければ、小沢問題の本質は見えてこない。より引用。
~引用開始~
●戦後の支配構造を理解しなければ、小沢問題の本質は見えてこない。
                       2010年01月23日(土)
 ここにきて、マスコミが「検察からのリークはない」という、自己弁護報道に躍起になっている。
 朝日新聞は、2面を全ページ割いて、この自己弁護を繰り返し、テレビの御用報道番組は、あらかじめディレクターから用意された原稿に沿って、それっぽい肩書きの御用コメンテーターや、まと「元・検事」なる人物がテレビで、それを全面否定し、これは、民主党連立政権からの圧力であり、「報道の自由」の危機だ、と騒ぎ立てる異様さだ。
しかし、逆に言えば、それほど、マスコミに対する国民の批判がすさまじい、ということでもある。
 一年前の小沢事件では、マスコミはここまで窮地に追い込まれる余裕はなかった。それだけ、一般国民の間に、マスコミや、検察が、いかにうさんくさい組織であるか、ということが浸透してきたということだろう。
それにしても、そもそも客観的に見て、小沢一郎を狙い撃ちにして逮捕までもっていこうという官僚権力の暴走や、また、あれほど聴取に協力してきた石川議員を、なんの罪かもよくわかんない状況で、緊急逮捕することがいかに異様か、それは、マスゴミ報道に毒された国民も、その異常さを感じていることなのだろう。
 歴史の転換点においては、今、起こっている異常な状況、死に物狂いの「権力闘争」はあって当然だし、もう、それしか、説明がつくようなものではない。
 国民が、混乱をしているのは、その背景がわからないからであり、おそらく、戦後日本の権力構造が、どのようにしてつくられ、そして、ブッシュ共和党の傀儡政権であった、自公政権にいたるまで、いったい何が行われていたのか、そこを正しく理解しなければ、今、起こっていることについては、混乱するばかりである。
 いわば、今の日本の状況は、やはり65年前に敗北した太平洋戦争から始まっている。軍部の破滅的な暴走が、国家の壊滅を招いたとはいえ、最後までアメリカと戦おうとした英霊たちは、後世に、何を不安視していたか、それは、祖国・日本が、アメリカに占領され、アメリカの植民地となってしまうことである。
 植民地といわずとも、ワイマール憲法で解体された第一次大戦後のドイツや、アヘン戦争で、香港などの領土を取り上げられた中国のように、半植民地、半属国の立場においていかれることである。
 そして、彼らの懸念は的中し、やはり日本は、属国の立場に置かれた。
沖縄や、北方領土も取り上げられ、とくに沖縄県民は、長い間、アメリカの占領下に置かれ、今も軍事基地問題で悩まされつづけている。

 ともすれば、われわれ国民は、
「アメリカのおかげで日本は世界第二位の経済大国になれた」ということを、とくに団塊の世代あたりは口にするが、もちろんそれは半面は事実である。しかし、何もアメリカは、ボランティアで、日本に肩入れをしたわけでなく、たまたまソ連との激しい冷戦構造にあって、中国が共産化するにあたり、その防波堤として、日本を利用する必要があったためである。
 そこを吉田茂や、白州次郎のような有能な政治家が、「軽武装路線」ということで、アメリカの再軍備を求める圧力を、狡猾にかわして、限りある日本の資産を、経済復興に集中させたことである。
また、当時の日本人に、太平洋戦争で壊滅した国家を、なんとしても、戦後復活させねばならないという、強い意志があった。
その結果、国民が一丸となって努力した結果が、「世界第二位の経済大国」の地位である。
 だが、このような、冷戦の権力構造のエポックで、日本はアイデンティティをもとないままに大きくなったため、いろいろ複雑な状況を21世紀まで残した。
 もちろん本当の「政治家」がいなくなった、ということもある。
それから、「自衛隊」と「憲法9条」、「アメリカ傭兵に国防を頼る」という問題もそうである。
また、中国や、韓国、アジア諸国との関係修復の問題もそうである。
では、なぜ日本がこれらの問題に、根本的な解決ができなかったかというと、それは、つまり、日本がアメリカの属国であり、主体的な意思決定をできなかったという、戦後の構造にある。
 実は、日本人の多くはこのことを知らない。
日本は民主主義の国だと思っているが、そうではない。実際、戦後の55年体制というのは、中選挙区制度の中で、自民党と、社会党が、あらかじめそれぞれの議席を決めておき、絶対に政権交代が起きない構図にしておいた。
 表向きは、国会で激しく対立しているように見せておきながらも、実際は、自民党から社会党にウラ資金が流れ、そして、議員連中は仲良く視察と称して、海外旅行に遊びにいっているような関係である。
 また、アメリカのことを国民は感謝するように、仕込まれて、それで、共産主義を独裁国家だとして、自然に憎み、また、中国や、アジア諸国とも距離をおくようになっているが、これも、アメリカが、マスコミや、教育を通じて、日本人をマインドコントロールしてきた結果である。
 たとえば、「原爆がなぜ広島に落ちたか?」という問題がある。
このことをつきつめると、日本人は、それは日本がアジア諸国に対しても、ひどいことをたくさんしてきた罰があたったためだ、と考える「クセ」ができている。これがいわゆるマインドコントロールである。
 現実としては、無辜の非戦闘民を10万人以上も虐殺する必要もなく、これは、ナチスのアウシュビッツに匹敵する人類最悪の虐殺である。
またライシャワー元駐日大使が回顧しているように、アメリカが戦争終結を早めるためと、自己弁護するならば、間違いなく、長崎への二回目の原爆投下は、論理的にその必要性が破綻している。
 結局、原爆投下というのは、戦後のソ連との冷戦をにらんで、どさくさにまぎれて、人体実験を行うために、黄色人種の国、日本を狙いうちしたという話である。
 こういうことを、われわれ日本人は、疑問をもたないように、日本の教育や、マスコミはアメリカによってコントロールされてきた。
~続く~




丸一浩
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官僚階級と植民地支配とアメリカ留学…。(山崎行太郎氏)

文芸評論家 山崎行太郎の政治ブログ『毒蛇山荘日記』

官僚階級(特権階級)という新しい階級の成立構造について書かれている。

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引用開始

インドにおける英国の植民地支配の巧妙な方法の一つは、インドの優秀な青少年を本国・英国に留学させ、みっちりと英国式の教育を施した上で、インドに帰国させ、インドの官僚や軍人として育成し、彼等を植民地支配の先兵として使う、つまり、英国人は姿を隠し、インド人によってインドを植民地支配するという方法だった。

そういう方法をとると、英国による植民地支配の実態はインド国民の眼には見えなくなり、つまり、あたかもインド人によって支配されているかのような錯覚状態になり、それが、インド民衆の独立への意思を減退させることになるというわけだ。そこで、支配階級としての資本家階級でも、被支配階級としての労働者階級でもなく、官僚階級という新しい階級が成立することになる。

「小沢問題」における検察官僚の暴走という問題を考える時、忘れてならないのは、この、植民地支配の先兵としての「官僚階級」という問題だろう。すでに、東京地検特捜部だけではなく、多くの官僚が、米国留学組であり、佐久間拓哉特捜部長がそうであるように、ある場合には在米日本大使館勤務の経験を持っていることが知られているが、しかし何も米国留学は、官僚だけではなく、江藤淳や西部邁、あるいは柄谷行人や青木昌彦など、学者、ジャーナリスト、文学者も含まれている。

江藤淳や西部邁は、米国留学から帰国後に、逆に「反米保守」に転じたが、江藤淳や西部邁ほどの才能を持たない、凡庸な多くの米国留学組の秀才たちは、「親米思想」に洗脳されたまま、結果的には忠実な植民地支配の先兵となっているはずである。憲法も国民の目線も無視して、乱暴狼藉を平気で繰り返す東京地検特捜部や、東京地検特捜部のデタラメなリーク情報を喜んで垂れ流す新聞やテレビの、その暴走ぶりを見ていると、あらためて、彼らの精神構造がどのようにして確立してきたかを考えてみないわけにはいかない。

戦後日本の官僚・インテリ階級が米国留学組が主流であるのに対して、戦前の日本においては、英、仏、独などへの留学組が主流であった。ちなみに夏目漱石がイギリス留学組であり、森鴎外がドイツ留学組であったことが象徴するように、あるいは東條英機等軍人たちの多くがドイツ留学組(ヴァーデンヴァーデンの密約)であることが象徴しているように、戦前の日本においては、イギリスやドイツへの留学組が主流であって、米国留学組は小数派であった。

イギリスやドイツに留学した戦前の日本人は「独立精神」は旺盛であったが、戦後の米国留学組のような、卑屈な被植民地的な「奴隷根性」の持ち主たちではなかった。もちろん、敗戦直後の日本を主導してきたのは、卑屈な被植民地的な「奴隷根性」の持ち主たちではなかった。つまり米軍支配下の占領時代の日本人は、決して卑屈な奴隷根性の持ち主ではなかった。

しかるに、戦前の帝国主義的な教育を受けて、育った官僚や軍人、そして文化人たちが現場を去り、米国留学組が、現役として官庁やジャーナリズムの現場を独占し始めた時、日本の植民地化は、より進んだと見ていい。その先兵となっているのが、東京地検特捜部であるのは、いうまでもないだろう。

しかるに、指揮権発動が出来ないどころか、指揮権という言葉を使うことにさえ、脅えているのが、昨今の政治家やジャーナリストである。東京地検特捜部が憲法を無視し、法律を踏み躙っていることは明らかである。内閣の管理下にあるかのように見える東京地検特捜部だが、米国占領軍が作った組織であることが示しているように、実質的には内閣の管理下にはない。

「統帥権」のもとに、超憲法的存在だった戦前の帝国陸海軍のように、内閣も手の出せない超越的存在であり、要するに内閣の管理下にはない。したがって、東京地検特捜部を内閣の管理下の行政組織として、再編するか解体することが、日本独立への第一歩である。

ところが、鳩山内閣が、国民と政治家に向かって、牙を剥いて暴走する東京地検特捜部と「全面対決」するのは、当然であったにもかかわらず、その東京地検特捜部との「全面対決」を恐れ、脅えて、「指揮権」に関して弱気な、消極的な発言を繰り返した鳩山首相や千葉法務大臣を筆頭とする政治家や、「指揮権発動」が反民主主義的な行為であるかのごとく、騒ぎ立てた新聞やテレビ、及び御用ジャーナリストたちこそ、骨の髄から奴隷根性が染み付いているとしかいいようがない。

繰り返すまでもなく、内閣も総理大臣も手が出せないような「怪物」に育ってしまった東京地検特捜部こそ、民主主義の敵であり、出来るだけ早く解体するか、政府の管理下に再編するかしておいた方がいい。




本田真吾

世界中の人々を不安にした二つの共認支配の瓦解とマスコミの社会反逆性

2010年1月、世界中の人々を不安にした二つの共認支配が瓦解した。しかしマスコミの報道は極めて小さなものであった。

●WHOの新型インフルエンザパンデミックスは、
製薬会社の売上増→WHOへ賄賂、による宣言であった可能性があるとして、欧州会議は調査を決定した。

●地球温暖化により2035年にヒマラヤの氷河が消失するというIPCCの予測は誤りであった。

いずれもマスコミが報道したものなので鵜呑みにはできないが、マスコミに働く裏の力関係が変化したことが推定できる。新たな陰の力が次にどのような内容で共認支配を企てるのか。

パンデミックス汚職疑惑調査は欧州の力を、IPCCの虚言リークは米国の力を感じるがどうだろうか。裏でどのような政権交代があったのだろうか。

それにしてもマスコミの態度はおかしい。パンデミックスは一ヶ月以上も新聞の一面を飾り、地球温暖化は教科書の太字であり高校入試の頻出問題である。

マスコミ→試験制度は早めに人々を洗脳する道具なのではないだろうか。だから洗脳したい勢力が変われば洗脳内容も変わる。マスコミは国民を洗脳したい勢力の広報部隊なのである。

マスコミが事実に反した報道をすることが今回も明らかになった。しかし態度は同じである。洗脳階級の政権→マスコミ→人々。洗脳階級の政権交代→マスコミ→人々。

当代の闇の政権の言いたいことを広告し、代が変わって言いたいことが変わったら、前に報道したことは間違っていたことになるではないか。教科書も間違い、試験問題も間違い、産業界や消費行動も間違い。どれだけの子供や大人が悩み苦しみ混乱したか分からない、社会背任罪、社会反逆罪に相当するのではないか。

裁判所もおかしい。母親のお金を使い込んだ後見人である息子の処罰に対しては「制度の根幹を揺るがす行為」として厳しいのに、「社会の根幹を揺るがす行為」を平気でするマスコミには異常に寛容である。

おそらくそれは、法治国家とは名ばかりで、私権法国家だから末端には厳しく幹は優しいのだ。法が国民を支配する為に利用されているからなのではないか。今必要なのは日本が共認形成し自律するための社会法である。

私権法制度だと、「市場の限界は国家統合の限界」であるのと同様に「法治の限界は国家統合の限界」になってしまい、国家が私権統合であることの証左になってしまう。これでは勝てない。

国家は共認統合国家であってこそ、国家統合の限界を超えて、事実に基づく科学国家、民意に基づく意識国家、将来の共認地球になり得るのである。




佐藤英幸

小沢問題で検察リークに踊らされるメディアへの危惧(上杉隆氏)①~情報リークをする検事の実名を出すタブー

『小沢問題で検察リークに踊らされるメディアへの危惧』(上杉隆)より転載します。
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 ~前略~

検察と司法記者クラブで作られる「官報複合体」の影響力は絶大だ。あらゆる事件に対してそこに疑義を差し挟むことは許されない。とりわけ日本のメディアで仕事をする者は全員、その「権力複合体」の前では、黙るか、傅くか、あるいは排除されるのかのいずれかしか道は残されていなかった。

筆者の体験を記そう。

●情報リークをする検事の実名を出すタブー

2009年3月、西松建設事件の発端となる大久保秘書の逮捕された直後、筆者はフジテレビの報道番組『新報道2001』に出演した。

当日のゲストは、宗像紀夫・元東京地検特捜部検事と、笹川尭自民党総務会長(当時)、小池晃共産党政審会長などであった。

大久保秘書の逮捕について発言を求められた筆者はこう語った。

「私自身、議員秘書経験がありますが、その立場からしても、政治資金収支報告書の記載漏れでいきなり身柄を取るのはあまりに乱暴すぎるように思う。少なくとも逮捕の翌日から、小沢一郎代表(当時)はフルオープンの記者会見で説明を果たそうとしているのだから、同じ権力である検察庁も国民に向けて逮捕用件を説明すべきだ。とくに記者クラブにリークを繰り返している樋渡検事総長と佐久間特捜部長は堂々と記者会見で名前を出して話したらどうか」

筆者は、当然のことを言ったつもりでいた。ところが、番組放送終了後、笹川総務会長が烈火のごとく怒っていた。私に対してではない。番組の幹部に対してである。

「あんなやつを使うな! あんなのとは一緒に出ない」

昼過ぎ、スタジオを出た筆者の元に検察庁担当の社会部記者から電話が入った。

「お前まずいぞ、(検察側の)実名を出しただろう。『調子に乗りやがって』と、検察は怒っていたぞ。心配して言ってんだ。本当に、気をつけた方がいいぞ」

彼の話によると、本気でやろうと思えば、痴漢だろうが、交通違反だろうが、あらゆる手段を使ってでも、狙われたら最後、捕ってくるというのだ。たとえば道を歩いていて、他人の敷地に間違えて足を踏み入れただけで不法侵入の疑いで持っていかれるかもしれないということだった。

繰り返すが、小沢幹事長も公人であり権力であるが、検察も同じく公的機関であり国家権力なのだ。その一方を大々的に実名で報じておいて、一方を隠し、守り通す。

記者クラブの持つその精神の方が、明らかにアンフェアだと筆者は思うのだが、日本の報道界ではそうした意見は聞き入れられないようだ。
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続く




猛獣王S

検察が逮捕したい人の類型

・「小沢民主党幹事長の不正献金疑惑」を巡って、東京地検特捜部の暴走を指摘する声が増えた。
・2009年3月の西松建設に関する疑惑に引き続き、特捜の”暴走”を指摘する声が多い。
・これをD.ロックフェラーからの指示と見る見方、小沢が検察に仕掛けた罠だと見る見方も多い。
・一方で、誰かの指示や思惑や意図があるのではなく、検察が勝手に(単独で)暴走しているという見方もある。
・確かに、小沢問題に限らず、最近の”検察の暴走”は目に余る。
・過去、”検察の暴走”によって挙げられてきたのは、どのような人物なのか?

Chikirinの日記::“検察が逮捕したい人”一覧
より引用。
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検察が極めて恣意的に“逮捕したい人を逮捕する”ことに、多くの人が気づき始めている。
新聞やテレビなどのマスコミは“検察の広報部隊”と化しているので、この点についてネットメディアの意義は非常に大きい。だからこそ中国だって、どんなに批判を浴びようとネット規制をするわけだね。

小沢さんの件については、すでに多くの方が書かれているので、ちきりんはちょっと目線を変えて、“検察が逮捕したがる人の類型”をまとめておきます。

類型1:内部告発者
一時は自分達の仲間だったのに、内部告発しようなどという“ええ格好しい”はとりあえず逮捕する。特にマスコミの取材をうけようなんてありえないので、速攻逮捕。

例:三井環元大阪高等検察庁公安部長
平成14年に、検察内部での不正資金流用等について内部告発しようとし、ジャーナリストの鳥越俊太郎氏とのインタビューを予定していたが、その予定時刻の数時間前に逮捕される。これにはマスコミも皆震え上がり、報道はぴたりと止まった。 (参考:三井環氏の著書リンク)

類型2:成り上がり
日本で一番偉くて最も尊敬されるべきは、東大をでて司法試験や公務員試験に合格した自分達であって、たかが民間で働いているような者や、“起業家”などという試験も受けずになれる卑しい職業の者では決してない。彼等が経済的に成功したことでこの点を勘違いし、いい気になったり、目立ち始めた場合は逮捕をして、その辺についてきちんと教える。

例:ホリエモン、折口雅博

類型3:官僚組織の敵
政治家を官僚組織の上に位置づけようとするような輩は、逮捕に追い込むのが基本。上記同様、「司法試験も公務員試験も通ってない奴」が自分達の上に立とうと考えるなど言語道断。
外務省と対立した鈴木宗男も粛正。官僚組織に圧力をかけた政治家を野放しにしていたら、官僚組織の守護役である検察の沽券に関わる。

例:田中角栄、鈴木宗男、(小沢一郎)

類型4:反保守主義者
基本的に官僚、検察は“右”であり、自民党支持なので、左の団体、市民団体などは、邪魔になった時点で逮捕する。主に公安部門が担当。
例:自民党の政策であるイラク派兵に関して、自衛隊の宿舎のポストに反戦ビラを配った“市民団体”の人を逮捕。(参考エントリ:法治国家。なのかリンクの前半)

類型5:逮捕しやすい人
大きな事件で、責任が行政にある場合や、法の不備、捜査ミスで犯人が逮捕できない場合、とりあえず「その周辺にいる、逮捕しやすい人を逮捕する」のが基本中の基本。
同様に、殺人事件などで犯人が捕まらない場合、周囲の逮捕しやすい人を逮捕して検挙率をあげるのも流行っている。被差別地域の人や外国人、前科、微罪経験のある人、定職についていない人などは、“マスコミが煽りやすく民意が得やすい”ので特に逮捕されやすい。

例:
・モーグルの里谷氏のタレント生命を終焉させたバーを一年後に別件摘発
・中国で売春トラブルを起こしたリフォーム屋を一年後に別件摘発
・マンション耐震偽造問題で、テレビに顔が売れていた中小ゼネコンの経営者などを“不正経理処理で”逮捕
(以上について参考エントリ:法治国家。なのかリンクの後半、不当逮捕リンク)
・その他、冤罪事件多数

以上
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Nirvana

現在の公職選挙法は官僚に権力を持たせる装置である

田中良紹の「国会探検」より
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 なぜ日本は先進民主主義国のような成熟政治になれないか。それは政党や政治家に権力が無く、官僚に権力があるからである。官僚にとって国家や国民を守るのは何よりも官僚でなければならない。国家や国民を守る強力な政治家が出現されては困るのである。だから未熟な国民に「政治家は聖人君子であるべきだ」とデマを刷り込む。「政治家は悪人であるべき」と言う成熟した民主主義国とは全く逆である。はるか古代や村落共同体のリーダーならともかく、国際政治と闘わなければならない現代で「聖人君子」に政治家は務まらない。

 未熟な国民にデマを刷り込む役目を果たしてきたのがメディアである。メディアの幼児性は今では目を覆うばかりだが、官僚との二人三脚でこの国の未熟政治を作り上げてきた。その挙げ句に実は両者とも自らの首を絞めつつある。最近出版された「知事抹殺・つくられた福島県汚職事件」や「リクルート事件・江副浩正の真実」は検察の「でっち上げ」の手法を詳細に描きながら、それを可能にしているのがメディアであることを明らかにした。これらを読んで両者の手口を知ると、現在の報道から検察が描くシナリオのポイントや弱点が読み説けるのだ。

 政治家に十分な政治活動費がないと自分で情報を集める資金が不足する。無料で情報を提供してくれるのは官僚だけだから、カネのない政治家は官僚に頼るようになる。その結果、官僚に都合良く洗脳される。自分でカネを集める能力のない政治家も官僚に頼るようになる。官僚には企業や団体の許認可権があり、官僚が口を利けば企業や団体はパーティ券を買ってくれる。一方で自分でカネを集める政治家は官僚の思い通りにならない。官僚にとって好ましからざる政治家と言う事になる。そうした政治家がこれまで検察とメディアによって血祭りに上げられてきた。

 07年の参議院選挙で自民党が惨敗したとき、私は参議院の過半数を失った自民党は挽回を図るために、国民の支持を得る努力より、民主党のスキャンダル追及に全力を上げるだろうと予想した。大連立を模索した福田政権にはスキャンダル爆撃の可能性はないが、麻生政権の誕生と共に小沢代表潰しのスキャンダル攻撃が現実になると予言した。政権交代が実現してからは、自民党に選挙で勝てる可能性は消え、従って再びスキャンダル攻撃が始まる。それは鳩山総理と小沢幹事長の分断を狙うと見ていた。

 すると検察が予想通りの動きをした。鳩山献金問題はセーフで、小沢不記載問題はアウトになったのである。要するにこの国を支配してきた既成の権力からすると怖いのは小沢で、それを潰すために鳩山を利用し、その後でなら鳩山はいつでも潰せると思っているのである。私の見立てでは天皇の特例会見の問題も小沢氏の中国訪問の日程を知った上で仕組まれた。宮内庁長官の記者会見の日程が小沢訪中にぴたりと合わされ、賓客の来日前という非常識をあえて行っている事から明らかである。この時の鳩山総理の動きが今ひとつ分からないのだが、今回の地検の動きはそれに続く分断工作その2と言える。

 私が予想する位だから本人は検察の動きを当然予想していた筈である。そうでなければ政治家など務まらない。そこでこれからどういう形の対応が出てくるのかが注目される。それにしても最高権力者とされる総理にも、政権政党にも何の権力もないことがよく分かる。先進民主主義国では政権を巡る戦いを権力闘争と言うが、この国では与野党の戦いより、官僚やアメリカと政権政党との戦いの方が本当の権力闘争なのである。つまり日本の権力は政党や政治家ではなく、未だに官僚とアメリカに握られているのである。
(以上)
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結局、官僚とアメリカがこの国を牛耳っているという認識は、検察の動きから急激にネット上で広まっている。これをこの国全体の認識とするにはどうすればいいのか?




狒狒

日本航空の米国資本傘下入りは“郵貯国外流出”の二の舞では

『これじゃ“郵貯国外流出”の二の舞だ』(ゲンダイネット田中康夫にっぽん改国)より転載します。
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可及的速やかに法的整理を敢行し、新JAL、旧JALに分離した上で再生を図るべき。2009年9月段階から繰り返し、僕は指摘し続けてきました。
「フェア・オープン・シンプル」。路線運航権等を新社が買い取り、旧社は負の遺産を清算する。新社は新賃金体系の下で雇用し、筋肉質な会社を目指す。簡潔明瞭な指針を示してこそ、株主も“応分の負担”に協力するというものです。

爾来(じらい)4カ月。法的整理も公的整理も排除する、と国土交通大臣が大見得を切り、問題先送りな迷走を繰り広げてきた日本航空問題も、目出度(めでた)く“大団円”を迎えるのでしょうか? 僕は少なからず懐疑的です。

「世界の架け橋となって、日本経済の大きな柱になっている企業である日本航空の再生を、飛ばし続けながらしっかりやっていくのが我々の使命」。12日の大臣会見でも、「大手2社体制堅持」の情念的発言に終始しています。批判を恐れず申し上げれば、「プラザ合意」以前かと耳を疑う時代錯誤な認識です。

因(ちな)みにドイツ連邦共和国は、統一直後に東ドイツの国営航空会社インターフルクを解体し、現在に至るもルフトハンザ1社体制です。何らの支障も生じず、航空業界全体を牽引する存在です。

新旧分離を実施、と一部で報道される企業再生支援機構の再生計画も、ホテル・旅行事業等の子会社を売却し、新会社は航空事業に資源集中、と抽象的表現に留まります。一旦全員解雇し、新賃金体系の新会社での勤務希望者のみを再雇用する訳ではないのです。

民主党の支持母体である連合系の労働組合だけでも7つ存在するのが日本航空です。真に再生させるには、泣いて馬謖(ばしょく)を斬る覚悟が政府に求められているのです。

一方、資金援助要請は当面見送るものの、日米間便数割合が15%に過ぎぬアメリカンから、30%を占めるデルタ・ノースウエストへアライアンスを組み替えるべきとの発言には要注意です。

それこそは、国交相が高らかに謳(うた)う「2社体制堅持」とは裏腹の、「郵貯資産」国外流出騒動の二の舞と成り兼ねぬ、日本航空の米国資本傘下入りへと繋(つな)がり、筋肉質の全日空を以ても太刀打ち出来ぬ、太平洋路線の悪夢到来の可能性大だからです。

 ~後略~
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猛獣王S

検察と一体化する司法記者クラブの暴走

社会部(事件)記者出身の永田町異聞さんが、経済事犯の特殊性と大手マスコミ・司法記者クラブの暴走を指摘している。

検察「魔法の杖」に踊る司法記者クラブ


以下引用・・・・

なぜ小沢一郎は検察の事情聴取に応じないのか。マスメディアは一本調子に批判する。

実のところ、その理由くらい、ジャーナリストなら分かっているはずだ。事情聴取という、検察の用意した舞台に上がりたくないというのが、小沢の心境だろう。

経験者の具体的な話を紹介するのが、いちばん手っ取り早い。
2002年6月19日、斡旋収賄罪で東京地検特捜部に逮捕された鈴木宗男は、その三日前、全日空ホテルで事情聴取を受けた。
「その取り調べは、セレモニーに過ぎなかった」。鈴木は著書「汚名」のなかで、そう書いている。

鈴木は必死になって身の潔白を主張した。必要な資料も提出するし、証人を集めることも約束した。しかし、検事らは聞くだけ聞いて、あっさり切り上げた。
そのとき彼は「“事情聴取を受けた”という既成事実を作るために呼ばれたことを理解した」という。

「東京地検特捜部、鈴木宗男議員を事情聴取」というニュースが列島をかけめぐったのは言うまでもない。
否認し続け、4畳のコンクリートの独房で耐えた437日間にわたる拘留劇の序章となった。

検察と対峙しつづける小沢が、政治資金規正法の虚偽記載ていどで、あっさり事情聴取に応じるなどと、検察も考えていないだろうし、記者たちも同じだろう。
事情聴取に応じることは、メディアに「金権政治家」の派手なレッテルを貼られに行くようなものだ。

それでも、大手メディアが「事情聴取に応じるべきだ」と、検察側に立ったタテマエ論に執着するのは、なぜなのか。
その深層をさぐるには、霞が関の東京高裁内にある「司法記者クラブ」をのぞかねばならない。

加盟するメディアは朝日、読売、共同など新聞・通信13社と、NHK、日本テレビなどテレビ6社。担当範囲は、検察庁、裁判所だ。
ふだん、記者たちは裁判を傍聴するか、地検幹部、すなわち検事正、次席検事による記者会見を聞いて、原稿を書く。取り調べにあたっている検事に直接、取材することは許されていない。

ならば、記者はどうやって「生の情報」にアクセスできるのだろうか。

警察マターの殺人事件や交通事故なら、「現場」というものがある。そこに駆けつけた記者が状況を観察し、周辺の人々から聞き込みをすることができる。
刑事顔負けの名探偵ぶりを発揮する事件記者もいて、新聞紙面には独自につかんだ情報が織り込まれる。

ところが、贈収賄、政治資金規正法違反、脱税など政治家がらみの経済事犯には、「現場」がない。
容疑をかけられている人物の周辺をかぎまわって情報を集めようにも、公権力のない者がカネの動きをつかむことなど不可能だ。せいぜい、いくつか噂話を集めるくらいだろう。

つまるところ、検察取材では「生の情報」など、ほぼありえないということだ。
記者にもたらされるのは検察幹部のフィルターを通した管理情報であり、しかも、その内容のほとんどは密室の取り調べで引き出した供述である。

厳重に管理され、ひょっとしたら都合よく加工されたかもしれない情報でも、それに頼らなければ、検察捜査に関連する記事を書く手立てはない。
しかも、その管理下情報を入手できることが、メディアのごく一部に過ぎない司法記者クラブ員のみに与えられた既得権である。

大手メディアが検察を批判できない構造が少しずつ見えてきたのではないだろうか。

司法記者クラブ員は、検察がいったん大きなヤマを手がけ始めると、揃って検察幹部宅に夜回り取材をかける。そして酒を飲み交わしながら禅問答のようなやり取りで、検察の捜査状況についての感触を探る。
このような交流のなかで、記者の頭はしだいに検察の論理に染まっていく。

検察幹部に気に入られることが、情報をリークしてもらうために大切なのだ。
逆に、検察の気に入らない記事を書けば、その後は出入り禁止か、情報の遮断で日干しにされる恐れがある。

すべて検察の思うがままにメディアは操作されている。それでも、餌に食らいつき、記事を本社に送るのが彼らの仕事だ。「原稿はまだか!」。矢の催促が飛んでくる。背に腹はかえられない。

逮捕のずっと前から、検察リークをそのまま書いて、狙われた人物を極悪人のように一般国民の頭に植え付ける作業に加担させられる。

書かなければ、他社に出し抜かれて「特落ち」になり、本社デスクにダメ記者の烙印を押されてしまう恐れがある。
検察が、捜索の場所や日時を記者クラブに事前に知らせるようになったのはリクルート事件のころかららしい。

それまで続けてきた人権への配慮を捨ててまで、「正義の味方」が「悪の巣窟」へ乗り込むイメージづくりを狙ったのだろう。

指定された時刻、指定された場所で、メディアのカメラが「正義」の軍団の勇姿を撮るべく待ち構える。これも、メディアが検察の宣伝マシーンとして、せっせと働いてきた例といえる。

記者クラブが、特定メディアの既得権であるとともに、官庁側にとっても世論操作に利用できる、もちつもたれつの仕組みであることは周知の通りだ。

それにしても、官庁の役人にまともにモノを言えず、ただただその論理に従う記者クラブは、司法記者クラブ以外にないのではないか。

司馬遼太郎は昭和元年からの20年間を、軍事官僚が「統帥権」という杖をふりかざして暴走した「魔法の森の時代」と呼んだ。
検察と司法記者クラブのつくる閉鎖的な情報空間が、「正義」の美名のもとに、政治を逮捕拘留自在の杖で動かす「魔法の森」と化すようなことがあってはならない。それこそ民主主義の重大な危機である。

・・・・引用終わり



レオンロザ

メディアの大改革:クロスオーナーシップ禁止

「プレス(新聞)と放送が密接に結びついて言論を一色にしてしまえば、多様性や批判が生まれない」。原口一博総務相は2010年1月14日、新聞社が放送局を支配する「クロスオーナーシップ」を禁止する法律を制定したいという考えを明らかにしました。

 現在は「日本テレビ=読売新聞グループ」というように新聞とテレビが系列化していますが、先進国では異例で「言論の多様化を阻んでいる」との批判があります。



J-CASTニュース
新聞・テレビの猛反発は必至 総務相「新聞社の放送支配禁止」表明
2010/1/15 20:42


<引用開始>

原口総務相は1月14日、東京・有楽町の外国特派員協会で開かれた講演で、新聞・テレビの「クロスオーナーシップ」に関する記者の質問に次のように答えた。

「マスメディア集中排除原則、これを法案化します。そして、クロスメディアの禁止、つまり、プレス(新聞)と放送が密接に結びついて、言論を一色にしてしまえば、そこには多様性も、民主主義の基である批判も生まれないわけであります。これを法文化したいと考えています」
  日本では、放送局の寡占化を防ぐ「マスメディア集中排除原則」が総務省令で定められている。原口総務相はすでに、この原則を法律レベルに高める考えを記者会見などで示している。法案の具体的な内容はまだ明らかでないが、特派員協会の会見で、クロスオーナーシップの禁止を法案に盛り込む意向を表明した。

  欧米の先進国の多くでは、言論の多様性やメディアの相互チェックを確保するため、新聞社が放送局を系列化する「クロスオーナーシップ」を制限・禁止する制度や法律が設けられている。日本でも、総務省令(放送局に係る表現の自由享有基準)にクロスオーナーシップを制限する規定があるが、一つの地域でテレビ・ラジオ・新聞のすべてを独占的に保有するという「実際にはありえないケース」(岩崎貞明・メディア総合研究所事務局長)を禁止しているにすぎない。

  その結果、読売新聞と日本テレビ、朝日新聞とテレビ朝日といった新聞とテレビの系列化が進み、テレビが新聞の再販問題を一切報じないことなどに見られるようにメディア相互のチェック機能が働かず、新聞もテレビも同じようなニュースを流すという弊害が生じている。原口総務相が表明した「クロスオーナーシップ禁止」の法制化は、このようなメディアの歪んだ状態を正す可能性をもつ。

「言論が一色になることはジャーナリズムの世界ではあってはならない」
  だが、クロスオーナーシップで利益を得てきた新聞・テレビからは激しい反発が起こることが予想される。テレビ朝日や東京MXテレビで働いた経験をもつ独立系映像メディア「アワープラネット・ティービー」の白石草代表は

「問題はどこまで本格的に踏み込んで規制をするか。欧米のようなクロスオーナーシップ禁止が実現すれば放送業界も大きく変わるだろうが、新聞業界の反発はすごいだろう。現在はまだ大騒ぎになっていないので、騒ぎにならないうちに民放連(会長は朝日新聞出身)がつぶそうとするのではないか」
と推測する。新聞業界の抵抗を暗示するように、新聞・テレビの主要メディアはどこも、原口総務相の「クロスオーナーシップ禁止」の法制化に関する表明を報道していない。講演翌日の1月15日には総務省で定例会見が開かれたが、新聞やテレビの記者からはクロスオーナーシップについての質問は出なかった。つまり、黙殺したのだ。

  唯一、ネットメディア「ビデオニュース・ドットコム」の竹内梓カメラマンが質問すると、原口総務相は

「一つの大きな資本体がテレビも新聞もラジオもとると、言論が一色になる。そういうことはジャーナリズムの世界ではあってはならないと伝えられているわけで、いろんな国が出資規制を置いている。そのことについては、私たちもしっかりと、国会でも議論いただいている。その議論をふまえた一定の結論を出していくということを言ったわけです。主要メディアが報じなかったかどうかは、私のコメントできるところではありません」
とクロスオーナーシップ禁止の目的について、改めて説明した。


実は、前日の特派員協会での質疑応答で原口総務相の発言を引き出したのも、ビデオニュース・ドットコムを運営する神保哲生さんだ。神保さんは
「原口さんの回答の全体的な印象として『既得権益を壊さないといけない』という強い意志が感じられた。政治家がメディアに手をつっこむのはリスクが大きいが、これはぜひやりたいと考えていると思う。ポイントは、このような問題があるという認識が世論に広がるかどうかだ。新聞・テレビがまったく報じようとしないなかで、どのように世論形成していくかが課題となるだろう」
と話している。

<引用終了>



小澤紀夫

検察に勝ち目はない。

■民主党や小沢氏は以下の記事のように、今回の検察、マスコミの動きを読んで、戦略を練っているように思います。
 
●以下、Aobadai Life検察に勝ち目はない。 より引用。
~引用開始~

●検察に勝ち目はない。 2010年01月16日(土)
 昨日の石川議員の国策逮捕、さらには裁判中の大久保秘書の国策逮捕は、もはや、検察も堕ちるところまで、堕ちたな、という感じの一方で、こんな私利私欲、あいかわらずの私怨で、わが国の司法権力が私物化されていることに、腹立たしいことしきりだが、しかし、やっぱり落ち着いて考えると、このところ何度もブログに書いてきたように、今や、われわれの国の政治状況は、「政権交代」から「権力闘争」へ移っており、
 これは、歴史を振り返ったときにある、既得権益と、新権力の激しい戦いである、ということである。
 明治新政府も、戦後の日本の混乱期でも、権力が交代する時は血が流れるはけであるが、いくら今回の政権交代劇が、「平成の無血市民革命だ」といっても、そこで剥ぎ取られる権力からは、ありとあらゆる抵抗や、イヤガラセがあって当然。
 もっといえば、小沢一郎は、すべてそのあたりも計算済みで、民主党の党内基盤の強化から、自民党と利権団体の引き剥がしなども、行ってきているはずだと、私は考えている。
 で、マスゴミの連中は、どうせそのままにしておけば、もはや、経営的にもジリ貧で、つぶれていくから、ほおっておくとして、検察に関してだが、要は、とくに小泉政権以降、どこまでも腐敗し、繰り返されてきた、国策捜査。それを主導してきた幹部連中が、この期におよんで、もう破れかぶれの抵抗劇にでているのだと思う。
 つまり、小沢一郎のやり方というのは、ある意味、徹底していて、民主党内においても、昨年の国策捜査で、自らの失脚に加担したとみなした人物は、渡部恒三・元副議長の処遇をはじめ、徹底的に冷遇をしてきたし、まして、政権交代をしてからは、自民党に加担する既得権益には、予算策定にあたっても、徹底的に冷遇をしてくるという対応をとった。
 「敵」とみなすや、異様なまでの攻撃性を示す。それは表立った怒りではなくて、計算しつくされていて、気がつけば、彼の術中にはまっているという恐ろしさがあるのであろう。
 それは、アメリカについても同様だ。いつものように、日本政府は脅せばそれでいい、と思っていたアメリカは、普天間の問題をきっかけに、まさか自分たちが、「外されつつある」ということに驚いて、それであわてて、民主党連立内閣との関係修復を現在行いつつあるわけであろう。

 さて、じゃあ、今の検察はどうか。
まず、ブッシュ(ネオコン一派)の傀儡政権だった自公政権で、裁判員制度に深くかかわった樋渡利秋検事総長は、その任期が今年の6月で切れることになっている。
 昨年三月の国策捜査では、樋渡利秋検事総長、それから東京地検特捜部長の佐久間達哉、あとは、佐藤優の「国家の罠」で有名になった代表的な国策捜査である鈴木宗男事件の取調べを担当した谷垣恒太次席検事あたりというところが、検察における実行役というところで、
 そのウラにいたのは、麻生首相以下、自民党首脳部と、当時の官房副長官の漆間巌ということだろうが、当然、検察の上層部も、自分たちが、小沢一郎の報復対象となっていることはわかっているだろうし、だからこその恐怖でもあると思う。
 となってくると、これまでの検察のパターンでいくと、玉砕覚悟の自爆攻撃を仕掛けてくる傾向があるから、で、この6月までの樋渡体制があるうちに、小沢一郎を失脚させて、民主党内の権力交代を狙うか、または、自民党の党勢回復を期待して、参議院選挙で自民党が勝つように、民主党つぶしに走るか。
 とにかく、もうこれは捨て身の抵抗戦に出てきたとみるべきだろう。
国民からすると、例によって、検察が国家公務員違反のリークを繰り返し、マスコミが「関係者によると」と、いいかげんな事実誤認の検察の宣伝報道を繰り返すこともうんざりしているし、検察の動きは、不可解極まりない、民主党つぶしのための動きでしかないと思うわけだが、(一方で、この10年間で、自民党執行部には絶対に検察は捜査しない)
 おそらく検察の連中は検察の連中で、小沢の報復を恐れて、その前に、小沢逮捕で権力失墜を狙っているだろうし、一方で、自分たちは国家公務員だから、逆に逮捕なんてされることはない、という過信もあるはずだと思う。
 要するに、国民の不幸は、司法権力と言うのも、国民の幸福や、安全のために行使されているのではなく、腐敗しきった検察が、自分たちの私利私欲や、私怨や、保身のために、その権力を行使しているところにある。

 さて、そんな検察に勝機はあるのか。私は、検察は小沢一郎の逮捕まで暴走すると思っている。これは以上のような背景から、もう検察の現首脳陣は覚悟を決めていると思う。もう、やぶれかぶれなのだ。
 本来であれば、これほどの政治的に重要な案件である。千葉法務大臣(民主党)に、判断を仰ぐというのが、これまでの前例だが、しかし、検察の現・首脳陣は、自公政権とつながっている連中だったわけだから、そこは、もう法務大臣なんか気にせず、突っ走るだけ、突っ走ることを決めていると思う。
 だから、どこまでも暴走していくだろう。それゆえにマスコミに世論をあおらせている。
 だが、昨年の三月と明らかに状況が違うのは、民主党に権力は移行したということである。
 300議席がある限り、民主党からは四年間は権力は動かない。おそらく鳩山首相のまま、首相も変わらない(当たり前だが)。小沢一郎は幹事長を辞めても、衆議院選挙のときと同様に、選対本部長として、参議院選挙を牛耳り、そして勝利するだろう。
 もし仮に、民主党が参議院選挙に負けたとしても、今度は小沢一郎は、参議院自民党を切り崩して、民主党に取り込むはずである。自民党の連中は、与党でなければ困る連中が大勢いるから、簡単だ。

・・・となってくると、検察に勝ち目はない。
小沢一郎は、逮捕されようが、徹底的に裁判で戦い続ける覚悟だろう。そして、邪道だとはいえ、人事権を行使して、最高裁の人事や、検察人事を駆使して、自分の有利なように司法権力を取り込むはずだ。
また、田中角栄と、三木首相や、福田赳夫首相の時代と違って、今の民主党は、小沢、鳩山、菅といった面々は、「既得権益」と戦ってきて、政権交代を実現した、つまり「血の同盟」で結ばれている。
 よって、田中角栄のように、小沢一郎が民主党側から、それで裏切られてつぶされる、ということはなさそうだ。

だから、いずれにしても、検察には勝ち目はない。
それにしても、今の検察は一連の暴走で、あまりにも国民からの信頼を大きく損なった。国策捜査に、手を染め続けてきた検察の首脳陣は、いずれ、法の下で裁かれるべきであろう。小沢一郎は、そこを考えているのではないか、と思う。
明らかなことは、昨年三月の国策捜査と比べて、
今の小沢一郎には、見るからに、「余裕」がみてとれる。
~引用終わり~






丸一浩

『今この時&あの日あの時』より転載です。
2010/01/13掲載文
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小沢土地問題への執拗な追及は、「旧勢力」の最後の悪あがき?

 それにしても政権を支える与党幹事長の疑惑を暴き立て、連日煽り立てて報道するなど前代未聞のことです。自民党政権時代はついぞ見られなかった光景です。ここにこそ東京地検あるいは大マスコミの民主党政権に対するスタンスが透けて見えてくるのです。
 つまり東京地検やマスコミ各社のトップ連中は、いまだ政権交代を認めていない、民主党政権を認めていないということです。政権交代を選択した「国民の意思」を無視しているのです。

 検察トップの思惑からすれば、捜査情報をマスコミにどんどんリークして報道させることによって、官僚主導根絶を宣言している小沢を牽制し、あわよくば政界引退に追い込もうとしているということなのでしょう。
 ある政界事情通はそのことを次のように言っています。「官僚組織と大マスコミは、戦後既得権益にどっぷり浸かってきた代表格です。特に検察は聖域だった。ところが小沢周辺は“検事総長を国会同意人事にする”“民主主義的な統制下に置く”と言い出している。検察の危機感は相当です。検察は霞ヶ関の代表という気にもなっているのでしょう。同じように、大マスコミは、テレビ・ラジオの電波を独占してきたが、民主党は独占を許さず電波をオークションにかけようとしている。既得権を奪われたら、大手メディアは存続の危機に陥る。地検も大マスコミも、何が何でも小沢一郎を葬りたいのがホンネです」。

 こうして地検特捜部は「関係者の話」として、気脈を通じている大マスコミに捜査情報をせっせと漏らし続けているのです。そもそもそんなことが許されるのでしょうか?
 10日(日)テレビ朝日の『サンデープロジェクト』に出演した、民主党衆院議員枝野幸男は弁護士の資格も持つ立場から、「国家公務員は“守秘義務”を負っています。東京地検の人間も国家公務員である以上、捜査の過程で知りえた情報を外部に漏らす行為は国家公務員法違反に相当します」と述べていました。
 言われるまで気がつきませんでしたが、これは重要な指摘です。法務大臣は早速樋渡利秋検事総長、佐久間達哉特捜部長を呼び出して厳重注意の上、小沢問題で各マスコミに捜査情報をリークし続けてきた地検「関係者」を突き止めさせ、国家公務員法違反で厳正に処罰すべきです。

 とにかく今回の一連の小沢問題は、明らかに東京地検の暴走行為です。考えてみれば「鬼より怖い」地検特捜部といえども、法務省に属する現鳩山内閣の一行政機関に過ぎないわけです。各行政機関は、行政府の頂点である“時の内閣”の方針に沿った業務を、粛々と果たして行くことが第一の任務であるべきです。
 それが現内閣の意向などまるで無視して、あろうことか内閣総理大臣や内閣を陰で支える与党幹事長の疑惑暴きに躍起になろうとは。国民にとっても悲願であった政権交代は果たしたものの、新政権が目指している「脱官僚政治」にはほど遠い、かえってあっちこっちの官庁で叛旗を翻している輩(官僚)がいるということを象徴するような出来事です。

 小沢一郎の最終目標は、「日本に政権交代可能な2大政党を根付かせること」にあると言われています。政権交代が起きないと、本当の意味での民主政治が育たないと考えているのです。それにはいったん既得権益を一掃する必要があるというわけです。
 はっきり言って、自民党は小沢が想い描く2大政党の一方たりえないのです。戦後50年以上もの長期にわたって、政官財と癒着してきた自民党が大きな塊りとして残ったままでは、小沢が目指す方向には向かわない。そこで自民党を完全に潰した後、健全な2大政党を創るためにもう一度“政界再編”を仕掛ける。これが小沢一郎の構想だとみられています。

 それは小沢だって、いくら18年前に自民党を飛び出したとは言っても、かつては田中角栄の秘蔵っ子、40代の若さで自民党幹事長にもなった男です。その間ずっと腐り切った自民党どっぷりだった連中よりはずっとマシとは言っても、「金権体質」の自民党的DNAが完全に無くなったと言えばウソになるでしょう。叩けばほこりくらい出てくるかもしれません。

 小沢一郎は12日党本部で記者会見し、土地問題について「大量の報道もあり、国民の皆様に誤解を与え、また大変ご迷惑、ご心配をおかけしていることを大変申し訳なく思っている」と陳謝しました。また「(捜査が継続中なので)今この段階で、個別のことについて私からいろいろと言うことは差し控えるべきだと思っている」と述べ、具体的な説明は避けました。
 時折り笑みもみせるなど、余裕綽々の会見だなという印象でした。同会見から、「小沢さんはこれで地検特捜部に勝ったね」という感想を漏らす民主党幹部もいたほどです。記者たちは「事情聴取に応じるんですか?」とうるさいほど問い詰めるけれど、特捜の恣意的捜査が濃厚な以上、私は事情聴取など蹴ってもいいくらいだと考えます。
 
 検察などの官僚組織、自民党、各マスコミなどの「旧勢力」が怖れているように、小沢一郎の構想力、破壊力、政治的力量は、おそらく今の時代のどの政治家よりも優れています。
 本当の意味での日本再生のために、“豪腕”小沢一郎にはやってもらわなければならないことが、まだまだたくさんあります。もし仮に小沢一郎なかりせば、「重し」を失った民主党のみならず、この国の政治状況、社会状況はたちまち大混乱に陥ることでしょう。それは日本の将来にとって、大きな損失です。
 
 東京地検も大マスコミも、鳩山献金問題、小沢土地問題と、これ以上「国民が選択した」新政権の足を引っ張り続けるようだと、そのうち本当に国民からそっぽを向かれてしまうことになるのではないでしょうか?

 (注記) 本記事は、夕刊紙「日刊ゲンダイ」記事などを参考にまとめました。
 
 (大場光太郎・記) 
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孫市

ジャパンハンドラーズさんより 書評『日本国の正体:政治家・官僚・メディア-本当の権力者は誰か』(講談社) つづき

(つづきです)


 関岡英之氏によると、年次改革要望書は、一九九四年から毎年、アメリカ政府から要求文書として提示される。アメリカ側のカウンターパートになっているのが、米通商代表部(USTR)であり、毎年、英文の要望書の全文はまず最初にこのUSTRの部署で公開される。

 重要なのは、この文書が、外務省経済局、経済産業省を窓口にしていることである。受け取るのは政治家の代表である総理大臣ではなく、官僚組織であるという点だ。要するに、これはアメリカのUSTRから、日本の官僚機構への要求文書なのである。

 アメリカの規制緩和要求と連動した「官僚バッシング」によって、日本の東大法学部出身の官僚たちには、「本当に影響力があるのは日本の派閥政治家ではなく、アメリカ財界なのだ」であるという“学習”がなされていた。

官僚組織は自らの省の存立を目的に活動している、というのが合理的選択論の想定だが、そうなると、官僚達は次の行動パターンを取るようになる。

「プリンシパル(アメリカ財界)の要求を受け入れつつ、エージェントである自分たち官僚はその権限の温存を図る」

 アメリカにとって、日本政府に実現してもらいたい政策要求は、郵政民営化やNTTの分割、外国人弁護士法の制定、混合診療の解禁などであったが、これらの全ては政策要求文書である、「年次改革要望書」に記載してある。

 ところが、世界覇権国であるアメリカにとって、日本というのは、数ある周辺国の中の一つにすぎない。したがって、覇権国は、属国のすべての行動を監視する事は出来ない。
 一定の「アジェンダ」(重要な政策課題)さえ、忠実に実行してもらえれば、他は現地の行政官僚の自由にしてもよい、という考えになる。ここで官僚とアメリカの間に妥協が成立する。

 ここできわめて大きな問題が生じる。それは、「そもそもアメリカは、日本の官僚機構の監視についてはまったく関心がない」ということだ。

 アメリカにとっての合理的選択は、アメリカ財界の利益の極大化であって、日本国民の利益の極大化ではない。しかも、監視しようしもアメリカと日本は太平洋を挟んでおり、出来ることと言えば、せいぜい、訪米した官僚の行動の監視、現地大使館の駐在員を使った監視である。つまり、プリンシパルであるアメリカは、日本の現地情報についての非対称性の度合いが、日本の政治家たちよりも大きいことになる。

 官僚達は情報の非対称性を利用して、重要だと仰せつかった「郵政民営化」などのアジェンダ以外の問題については、比較的フリーハンドで臨める。財政危機をあおり、増税世論を扇動する財務官僚の行動は、実際はアメリカ国内の経済学者たちからは、笑いものになっているのだが、アメリカにとって、日本国内の財政問題は関心がない。
 アメリカは郵政資金で米国債を買い支えてもらえばそれで十分だからだ。(日本の財政危機のウソについては、菊池英博の新刊『消費税は0%にできる』ダイヤモンド社に詳しい)

 したがって、合理的選択論の観点で考えると、アメリカ財界が事実上の「プリンシパル」となって、日本の政治家、官僚、マスコミをエージェントとしているので、官僚はかつて以上に「エージェンシー・スラック」を利用できることになり、大きな自由裁量権を得てしまうという結果になる。

 一般的な政治学の用語で言い換えると、政治家、官僚、利益団体、マスコミといったアクターの中で、政治家、官僚、マスコミといったアクターは、全て、利益団体(海外の利益団体やそれと結託するグローバリストの財界)にコントロールされてしまっているということになる。

 民主党政権の課題は、このゆがんだ関係を、本来あるべき、「国民の代表である政治家(プリンシパル)-政治家の代理人である官僚」の関係を築き直し、出来るだけ官僚の自由裁量権を狭めることで、官僚の行動と国民の行動の利益の間の相反関係が生まれにくくすることである。

 それをゆがめている、利益団体、それも外国の利益団体であるアメリカ財界に対しては、厳しく規制を行うべきである。例えば、竹中平蔵のように、有力者が政治決定に影響を与えるべく、国外のアクターの利益を代弁する行為を規制するべきである。これは具体的には「ロビーイング規制法」や、外資企業の重要産業への投資を制限する、アメリカの「エクソン・フロリオ条項」の日本版を制定することで実行可能となる。

竹中平蔵は「アメリカのロビイスト」である

 次の選挙(注:本稿執筆は09年衆院選前)は、日本がアメリカとの対等な関係を築くと同時に、日本の優秀な官僚組織をを大きな国家戦略の元で機能させるという重要な目的を実現するための重要なチャンスである。アメリカの対日要求を抑えさせることは出来ないが、それに賢く対抗することは可能だ。そのためには官僚制度の改革が不可欠なのである。
 合理的選択論は、もともとはラムザイヤーなどのアメリカのグローバリスト達が世界支配のために重んじたという面があるが、これを逆用することで日本の国家戦略家たちは大きな反撃に出ることが可能なのである。

(おわり)


きっちょむ

ジャパンハンドラーズさんより 書評『日本国の正体:政治家・官僚・メディア-本当の権力者は誰か』(講談社)

『入門・公共選択』では、現代社会では、年金、健康保険といった社会福祉に代表される行政サービスが拡大したために、官僚組織が拡大し続ける、「行政国家」化が進んだと説明している。古典的な官僚モデルでは、議会(政治家)は、行政部にとって超越者ではなくなり、かえって議会が行政組織に依存するようになり、行政部は議会から独立し、行政裁量の範囲が拡大してしまった。官僚自身も与えられた仕事だけを忠実に実行する「公僕」ではなく、官僚独自の目標(「省益」)を持ち、その目標実現のために努力する、「合理的効用極大論者」となっていった。(『入門・公共選択』38ページ)

 例えば、官僚達は自らの縄張りを大きくするために、自らの所属する部署の規模の極大化を図ろうとする。その結果、有権者が本当にほしがっていない行政サービス(例:国営マンガ喫茶や不要な大規模林道)が供給される。この結果非効率が生まれる。この非効率の結果生まれた利権に対して、政治家や利益集団が群がる。これをレント・シーキング行動という。

 この官僚のよけいな行政サービスの提供や、本当に必要なところに資金が回らない問題を解決する場合、公共選択論では、行為者(主に官僚)の行動の規制を実現するための、ルールや制度設計の変更をどのように行うのかが重要な論点になる。

 郵政民営化問題が盛んに議論されていたとき、実は、竹中平蔵・郵政民営化担当大臣は、「制度設計」ということばを繰り返し使いながら、彼の言う「官から民へ」(本当は「官から官と米へ」)の構造改革を訴えていた。彼は加藤寛の弟子だから、公共選択論のいう、、政治決定におけるアクターの重要性については十分に認識していたはずである。

 このように、合理的選択論では、アクターは合理的選択を行っているということを、“後付けの理屈”で説明していく。合理的選択論は、経済学の一種であると自分たちは思っているので、分析を行うためには、十分な統計的データや事実データを必要とする。したがって、基本的に過去の事例だけを研究する。

 しかし、このようなやり方を逆用すれば、実際の、つまり、今後の政治制度の設計を行う場合に、その要素を単純化して大まかなデザインを描くことが可能になる。アクター達は、どのように制度設計を行えば、自分の利益を最大化出来るかを考え始めるのだ。

 例えば、ある場所で、非効率が存在する場合、それを本来のデモクラシーのあり方に戻すことにも使えれば、逆に官僚が自らに不利な政治改革を行わせないために何らかの策略を練る対策を取ることもありうる。

 あるいは、実際に成立している「プリンシパル-エージェント関係」とは何か別の関係が表面上は成立していると見せかけることで、本来は「飼い犬」(エージェント)であるべきアクターが、実際には「飼い主」であったことを隠蔽することも可能であるのだ。

 さらに、そこまで行かなくても、プリンシパルが情報弱者であることを利用して、エージェントが、プリンシパルの見ていないところでやりたい放題をやってしまうという事も可能なのである。

 私の知り合いの研究者はこの点について非常にわかりやすい説明を、「コンビニの店長とアルバイト学生」の事例を使って説明してくれた。

 コンビニ店長とアルバイトの関係では、当たり前だが、店長が雇用主(プリンシパル)であり、アルバイト学生がエージェント(使用人)である。店長は全ての店番を自分で行うことが出来ないので、深夜などの時間帯はアルバイト学生に任せている。アルバイト学生は多少は仕事もいい加減だが、とりあえず、商品を売って代金を受け取るという最低限のことは出来る。

 仮にアルバイト学生がバイト中に商品のパンをくすねてしまっても、それが全バイト学生がやっている行為である場合、あるいは、それが優秀な仕事の出来る古株のバイト学生だった場合、彼らを全て罰することは、彼らが一斉に止めてしまうリスクを店長に負わせてしまう。それだったら、店長は多少の店員の行為には目をつむり、最低限の業務をこなしてくれることだけを希望するはずである。

 これが「プリンシパル-エージェント関係」における、「エージェンシー・スラック」の問題である。

 ウィキペディアには、「エージェンシー・スラック(agency slack)とは、エージェントが、プリンシパルの利益のために委任されているにもかかわらず、プリンシパルの利益に反してエージェント自身の利益を優先した行動をとってしまうこと。エージェンシー問題(エージェンシーもんだい、agency problem)とは、プリンシパル=エージェント関係においてエージェンシー・スラックが生じてしまう問題のこと」と説明されている。

 私の言葉でこれを言い換えると、「エージェントは、与えられていた仕事をそつなくこなせば、あとはある程度自由に自分の利益を増やせる」ということになる。




きっちょむ

過剰な法令遵守が生む思考停止社会

サンデープロジェクトで、小沢一郎が追及を受けている4億円の借り入れが2004年の官報に「記載されている」ことを明らかにし、検察の暴走を牽制した郷原信郎元地検特捜検事は、その著書で、過剰な法令遵守(コンプライアンス)の強制が生む社会的な弊害に警鐘を鳴らしている。以下、『思考停止社会』(2009年2月講談社現代新書)まえがきより抜粋引用。
-----------------------------------------------------------------
 刑事司法の機能は、普通の人はやらないような特別に悪いことをする異端者、逸脱者を社会から排除することであり、民事司法の機能というのは、この社会の中の普通の人が普通に起こすトラブルではなくて、感情的ないがみ合いとか近親憎悪的なトラブルというような、普通の手段ではなかなか解決できないような特別な争い事を解決することでした。

(中略)

 ところが、二〇〇〇年前後から経済構造改革が進められ、経済活動の自由化の一方で、ルールの徹底が強調されるようになって、状況が大きく変わってきました。「法化社会」という言葉に象徴されるように、従来は、社会の周辺部でしか機能していなかった法令が、社会の中心部に向かってどんどん攻め込んできました。市民生活も経済活動も、否が応でも、法令との関わりを持たざるを得なくなってきました。法令との関わりが日常の世界になりつつあるのです。

 そうなると、法令に対する姿勢も、単なる「法令遵守」から変えなければならないはずです。法令の内容やその運用が市民生活や経済活動の実態に適合しているかどうかに市民が関心を持って、より適合するように法令を使いこなしていく、という市民参加型の司法や法令の運用に変えていく必要があります。ところが、法令に対する日本人の姿勢はなかなか変わりません。法令が出てくると、水戸黄門の印籠に対するのと同様に、その場にひれ伏し、何も考えないで「遵守」するという姿勢を続けているのです。

 法令が印籠だとすると、本来、印籠を出す立場にあるのは、司法判断を下す裁判所のはずなのですが、法令によって権限を与えられた行政庁が命令という「印籠」を出すことや、法令上は何の権限もないマスコミが、「違法」のみならず、「偽装」「隠蔽」「改ざん」「捏造」などのレッテル付けをして「印籠」を出すということも多くなっています。このようなにわか「助さん」「角さん」が出す印籠に対しても、人々は何も考えないで、ただひれ伏して従うという態度をとり続けています。

(中略)

 こうして日本人全体が陥っている思考停止が、今、日本の社会を大きく蝕んでいます。物事が単純化され、本質が見失われ、一面的な評価が行われることで、日本の社会に生じる矛盾、弊害はどんどん大きくなり、国の、そして、社会全体のパワーが確実に低下しています。
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(引用以上)

従来、身の回りに起こったトラブルは当事者間の話し合いを持って解決してきた日本人にとって、法令は滅多なことでは関係することのない「伝家の宝刀」であり、その伝家の宝刀が日常生活に次々と振り下ろされるようになってしまったことが思考停止の背景にある、と郷原氏はいう。

試験制度の弊害が生み出した現代の官僚が法令遵守を盾に暴走を続け、マスコミが正義の味方の顔をしてこれを煽る。国民の多くは違和感を感じながらも、法令という「印籠」を前に思考停止に陥っている。これは、「コンプライアンス・ファシズム」とでも言う状況ではないだろうか。




田中素

石油がなくなると何が問題?

石油が枯渇するとすぐにエネルギー問題と結び付けてしまいがちですが、すでに日本の発電に関しては石油には依存していない構造になっているようです。

【以下「偽善エネルギー(武田邦彦・幻冬舎新書)」要約】
■日本の発電電源構成
原子力        27.6%
石炭         27.2%
LNG(液化天然ガス)23.1%
石油         11.0%
水力          8.7%

エネルギーは代替手段でまかなえるとして、石油枯渇によって一番影響を受けるのは何か?

それは石油製品が製造できなくなる、あるいは高騰する事による影響。現在、プラスチック・ゴム製品・衣服・医薬品・化学肥料等、さまざまな分野で石油製品が製造されているが、これらへの影響が懸念される。

しかし、この問題も、石油の10倍~40倍ある石炭を利用して解消可能。石炭は固体で、灰が2割~3割出るという使いにくい面があるが、技術の発展によりプラスチックや薬の製造にも使える事から、石油製品に関しても心配する必要はない。

【以上要約】

技術発展により、使いにくい石油系資源を使える資源に変換する事で、石油系資源の枯渇や石油製品の製造に関する問題は回避できるとすると、エネルギー問題に対する危機感はただ単に、マスコミに翻弄されているだけなのか?

エネルギー問題は何が問題なのか?より本質をついた追求が必要だと感じています。



KOU

検察官を”正義の味方”に仕立てるマスコミの罪

汚職スキャンダルは視聴率を稼ぎ出すための『格好のネタ』。捜査情報を握っている検察はマスコミにとって”大切なお客様”であり、彼らを褒め称えることはあっても、機嫌を損ねるような行動を取ることは決してしない。

以下、【アメリカ人のみた日本の検察制度】(D・T・ジョンソン)より引用
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(P350~352)
いいなりのマスコミ

 これらの検察官による3件の暴行事件が明るみに出た1993年10月から1994年10月までの間、日本の中心的なマスコミは番犬というよりは、いいなりの子犬のような行動を示した。金沢事件が起こったあとのニュース番組で、日本で最も有名なニュース・キャスターの久米宏は暴行事件の発生を聞いて最初は、「まさか!そんなことはありえない」と思ったと述べた。過酷な尋問の手口がどんなものか、その原因、結果、あるいは程度を調べようとする記者すらほとんどいなかった。何人かの記者に、なぜこの問題をもっと熱心に追いかけないのかと私は聞いてみた。日本最大の日刊紙のある記者は次のように答えた。これが典型的な答えである。

 「そういう質問が出ることはわれわれには思いもよらなかった。日本では批判的な捜査記事を書くことは報道関係者の習慣にはない。われわれが踏み込まない方がよい分野があることが分かっているのだ…もしそこに踏み込んだら、情報をもらえなくなり、飯が食えなくなるから、思い切った批判などはしない…われわれはお互いにある種の取引をしたのだ。つまり検察官から情報をもらう代わりに、彼らに都合のいい(批判的ではない)記事を書いてやる…もちろん、検察官は、もしこんなことを書いたら、仲間内から締め出すぞなどと露骨にいうわけではないが、皆この取引を了解している。検察官は立場が上で、われわれは彼らにいろいろお願いする立場だ。われわれは低姿勢でもって、彼らのルールに従って動かなければならない。」

 ―中略―

 金沢事件の後で、某大手週刊誌の記者である山口一臣の許へ、東京の検察官から匿名の手紙が一通届いた。その手紙はマスコミが検察官の応援団になり過ぎてしまって、検察官の行動、特に汚職捜査活動の分析が足りないと非難していた。その検察官は次のように書いてきた。

 「一方で、マスコミは、汚職事件をあばく特捜検事を夢中になって追いかけ、彼らは『国民の救世主』などと持ち上げてまでいる。他方、検察の捜査の対象となった大企業の経営者や官僚については、マスコミは完膚無きまでにこき下ろす。『金沢事件』の背景にはこのような徹底的なマスコミによるキャンペーンがあるのであって、それによって特捜検事たちへの賞賛と汚職事件に絡んだ人間への蔑視が同時に生じていることを、あなたがたは見落としてはならない。被疑者を『悪徳商人』とか『悪徳政治家』だとかいって糾弾して、マスコミが作り上げるイメージには、逆に検察官は『正義の味方』であり『国民の味方』だという判断が伴うことは間違いない。しかしながら、検察組織はそれ自体が強力な国家機関であり、マスコミはその権力を制御する役割を果たすべきである。マスコミは、汚職が暴かれるところをドラマティックに描写しては、捜査状況をただ単に追っかけたり、先導したりするだけで終わらないことが大事なのだ。『醒めた目』をもって捜査の実態を真っ正面から見据え、客観的な立場から、報道する姿勢を維持すべきである。」

 この手紙を受け取った記者は、本当のことをかくも直截に指摘され「耳が痛い」といって、手紙の主のいわんとすることを肯定した。有名事件の場合、世間の期待、特にマスコミの期待が大きいため、熱心さのあまり行き過ぎを抑えられないまま、攻撃的な捜査を煽り立てることになる。この種の偏向した報道は、日本では「犯罪報道の犯罪」と呼ばれてきた。この問題は、外部規制の弱さが重なり、かつ、次から次へと相互に拍車をかけていくので、累増する。つまり、マスコミが検察官をほとんど抑えないので、検察官もまた警察をほとんど抑制しないのである。

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根木貴大

『歴史ブーム』という幻想

 過去に私は、坂本龍馬ブームについて何かがおかしいと考え、文章を投稿しました。それからしばらくして、坂本龍馬ブームからに視野を広げて考えますと、2009年の戦国武将ブームもよく似ていると感じました。

 考えてみると、坂本龍馬ブームと戦国武将ブーム、そしてそれらの背景には、いくつかの共通点が見られます。具体的には、

 ひとりひとりが不安な気持ちで、突破口が見えない状況にいること。
 混沌とした世の中だからこそ、なんとかしてくれる救世主を求めたくなる思考が働いてしまうこと。
 歴史上の人物の華々しい活躍や逸話が、本やテレビでクローズアップされたり拡大解釈されやすい。そして歴史上の人物が、ファンタジー世界の住人のように見られてしまう。

ということが当てはまります。

 これらのことが重なると、人間は歴史から教訓や知恵を学ぶことが非常に難しくなります。それどころか、『歴史ブーム』という名の幻想に踊らされることになります。

 『歴史ブーム』に踊らされる思考の流れとして、はじめに、不安な気持ちで突破口が見えないと、人間は絶望に襲われたり、やけになります。

 次に、自分でひとりでは解決できない。そして、周りの人も不安がっている。もう世の中どうにもならない。そうだ、自分たちを救ってくれる救世主様がでてこないのかなあと無意識、意識的に関係なく思えてしまいます。

 最後に、政治家や景気の回復まで期待できない。なら歴史の人物の実績や華々しい活躍を、本やテレビなどのメディアで疑似体験しよう。彼らは特別なことをしたのだから、もし今の世の中にいれば、日本を変えてくれるのになあ・・・。と無意識に感じてしまい、『歴史ブーム』という幻想の世界に埋没していくのです。

 この3つのプロセスを通して、現実の世界で生活に苦しみを忘れるために、『歴史ブーム』という幻想に浸る人が増えているのかもしれません。 
 
 2009年は戦国武将ブームでした。今は坂本龍馬ブームの真っただ中です。本屋やテレビなどのメディアで、これでもかというぐらい取り上げられています。ですが、いくら『歴史ブーム』でみんなが盛り上がっても、現実の世界は何も変わりません。

 私たちは、歴史から教訓や知恵を学ぼうとしていないのでしょうか。それどころか、『歴史ブーム』という幻想の中で、現実逃避に走ろうとしているのでしょうか。今の日本では、後者の方が多いように思えてなりません。私も、坂本龍馬ブームについて何かがおかしいと思わなかったら、永遠に幻想の中だったのです。

 歴史か知恵や教訓を学ぶのは大切なことです。それには、『歴史ブーム』に踊らされないことが大切です。それよりも、現実の世界を生きるためにもっと大切なことは、

 今の苦しい状況をどのように適応するのかを考えること。
 信頼できる仲間や友人とともに生きていくことを考えること。
 現実を見て何ができるのかをつきつめ、行動すること。

という基本的なことではないのでしょうか。私を含めて多くの人が、『歴史ブーム』に踊らされると、この3つの考えを忘れることに気をつける必要があります




疑問ばかり

特権階級に対する国民の私権圧力が衰弱したのに、官僚叩きが激化しているのは何で?

>’70年以降、国民の私権圧力が衰弱したことをいいことに、特権階級は権力行使と己の私権確保に埋没するようになり、売国的行動が多発するようになる。つまり私権圧力衰弱下での少数私権派の反動的勢力拡大である。つまり、特権階級は偽ニッチの罠に落ちたのである。223233

確かに国民の私権圧力は衰弱しており、小泉政権下で金貸しに有利な制度改悪が行われ格差が広がっても、国民はたいした文句も言わず、なすがままであった。

しかし一方で、官僚に対するバッシングは、’80年代ぐらいを境に確実に強くなってきているように感じる。市民オンブズマンが登場したのが’80年代であり、天下りや、闇手当て、裏金、談合問題など様々な問題が指摘されるようになってきている。

これをマスコミが大々的に取り上げ、何度も繰り返し報道している。殆どのニュースが一過性にしか取り上げないのに対して、官僚叩きはこれでもかとばかりに続けられている。最近は、市民オンブズマンは影を潜め、マスコミの官僚叩きが特に目立つようになってきている。

これらの動きを振り返ってみると、官僚叩きは正体不明のオンブズマンと、マスコミという一部の動きであり、大衆の監視圧力が高まった結果とは言えそうに無い。殆どの大衆は、話を聞けば腹が立つ程度で、自分が主体的に行動しようとは考えていない。

こうした、官僚叩きが始まった’80年代は、アメリカの市場開放圧力により、日本的な政・官・財の癒着構造の問題が指摘され、談合疑惑や護送船団方式批判が盛り上がりを見せる時期とほぼ重なっている。

これらの官僚叩きも、その発信源はアメリカなのかも知れない。国益重視で閉鎖的な市場を形成し、アメリカの言いなりにならない、日本の官僚機構を弱体化する戦略の一つだと考えると、他の動きともつながってくる。

最近、特に問題視されている天下りも、官僚の独立性を担保していた側面もあった。従来の官僚機構は政権与党も官僚の人事には介入できず、天下り先も官僚が決めていた。したがって組織に忠実であれば一生安泰だったのである。

しかし、天下り先が無くなって、個人で退職後の就職先を探さないといけないとなればどうなるか。退職直前の一番出世した官僚たちは、民間企業に擦り寄らざるを得なくなる。外資系金融機関に役員ポストを用意しますとでも言われたらどんな法律でも作りますとなりかねない。確実に、金貸しが官僚を操りやすくなって行くだろう。

国民の私権活力が衰弱したのに、マスコミを中心に官僚叩きが激化しているのは、金貸しが日本支配を進める上で、官僚を操りやすくする事が真の狙いではないか。

現在の官僚制度に問題があるのは確かだが、官僚制度を温存したまま弱体化させるような中途半端な改革は、金貸し支配に力を貸すことになりかねない。





野田雄二

大手マスコミのヒステリック・バッシング分析:新ベンチャー革命【その2】 ・・・ 過去と現在のバッシング構造の違い

安倍・福田・麻生バッシングと現在の民主バッシングはどう違うのか?

■以下引用_________________________


4.過去の大手マスコミのヒステリック・バッシングのウラを読む

 さてそれでは政権交代以前、自民党政権時代における大手マスコミの安倍・福田・麻生(対米面従腹背首相たち)バッシングはいったい何だったのでしょうか。

(1) この当時も、戦争屋の意向は悪徳ペンタゴンの親・戦争屋官僚と大手マスコミに陰に陽に、逐次伝わっており、戦争屋は小泉首相並みの従米首相、すなわち、中川秀直氏や小池百合子氏のような小泉一派への首相交代を強く期待した。しかし、自民党重鎮はすでに、小泉政治への国民の不満に気付き、現実はそうならず、特に戦争屋ボス(デビッドRF)のイライラがつのった。当時、親・戦争屋大手マスコミは清和会系の従米政治家を頻繁にテレビに登場させて盛んに持ち上げていた。

(2) 親・戦争屋官僚は一応、静観状態であったが、漆間内閣官房副長官(元)に代表されるよう、自民党のドタバタが政権交代まで行かないよう、民主党の動きをけん制するにとどまっていた。

(3) 大手マスコミ記者は、戦争屋系の在日謀略部隊(デビッドRF資金で動く)からの情報リークを受け、安倍、福田、麻生の失脚に結果的に加担した。しかしその後、戦争屋の凋落により、現在、在日謀略部隊の活動は停滞している。

 この場合も、大手マスコミの3首相へのヒステリック・バッシングの根底に感情的動機が伺えます。それは、親・戦争屋官僚の動機ではありません。94歳、後期高齢者デビッドRFのイライラです。2007年から09年にかけて、戦争屋はイラク戦争からイラン戦争への発展化計画を宿敵・銀行屋(欧米国際金融資本オーナー)に阻止され、さらに銀行屋の仕組んだ金融危機のあおりで戦争屋ボス・デビッドの所有する金融機関(シティやベアスターンズ)が大損害を受けており、デビッドは内憂外患状態に置かれていました。彼は、われわれの郵貯・簡保資金で、自分の金融機関が被った大損失を穴埋めしようしたのですが、安倍・福田・麻生の3首相そして中川昭一氏が従わなかった。それに怒ったデビッドが在日謀略部隊を使って、ヒステリックで見境のない首相おろしや中川(昭)失脚に走った。彼は年齢のせいもあって戦争屋ボスとしての冷静さを失っていたのです。その結果、自民党3首相や中川反米政治家に対して、戦争屋ロボットである大手マスコミのヒステリック・バッシング現象が起きたのではないでしょうか。

5.日本に政権交代を誘発したのは、戦争屋ボスの八つ当たりだった?

 上記の分析により、大手マスコミの一連のヒステリック・バッシングは、現在の鳩山・小沢現民主党首脳に対するものと、過去、安倍・福田・麻生の自民党3首相に対するものと、現象としてはよく似ていますが、そのウラにある動機に違いがあると思われます。前者には、親・戦争屋官僚の感情的動機が潜み、後者にはデビッドRFの八つ当たり的動機が潜んでいるのではないでしょうか。

 デビッドの八つ当たりが、ポスト小泉の自民党をガタガタにし、大手マスコミはデビッドのロボットのごとく、安倍・福田・麻生おろしに血道を挙げた結果、それを観た国民が自民党にホトホト嫌気が刺した。そして、ついに政権交代が起こってしまったとみることもできます。そして親・戦争屋官僚のもっとも恐れる小沢大将が表舞台に登場してしまった、なんという皮肉でしょうか。

 以上の分析より、戦争屋ボス・デビッドの八つ当たりがポスト小泉の自民党への大手マスコミのヒステリック・バッシングを起こし、政権交代を誘発してしまったと結論付けることもできます。

ベンチャー革命投稿の過去ログ

テックベンチャー投稿の過去ログ

_____________________________引用以上





火中の栗

“検察や警察を使って政敵を追い落す”という卑劣な行為の主役は検察で共犯者はマスコミ

『小沢事件の裁判官は…!?』(白川勝彦の永田町徒然草)リンクより転載します。
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 ~前略~

政治とカネの問題の主役はふつう政治権力を握っている与党議員である場合が多かった。野党の国会議員が政治とカネに纏わる刑事事件で起訴されたこともあるが、かなりの例外事例であった。私がいま即座に思い出せる事件は、撚糸工連事件(民社党議員)・大阪砂利汚職事件(公明党議員)・秘書給与詐欺事件(社民党議員)などである。私が国家公安委員長の時に問題になったのは“オレンジ共済”事件(日本新党議員)であるが、政治とカネの問題というより単純な詐欺事件であった。

政治とカネが問われる刑事事件で、国会議員らを逮捕起訴し、裁判を遂行するのは検察である。検察は刑事事件として政治とカネの問題を裁判上明らかにし、その刑事責任を問うのである。事の性格上、検察官が主役にならざるを得ない。起訴された国会議員などは、被告人として検察官と闘うのである。双方は刑事訴訟法が定める厳格な手続きに則り攻撃防御を行い、裁判所はそれをみて刑事責任の有無と刑罰を決める。報道などはこの攻撃防御の様を伝えることを使命とする。国民はそれらを通じて裁判の是非を判断する。

 ~中略~

“関係者によれば”として毎日流される疑惑はいったい誰が何のために流すのであろうか。刑事事件として断罪されべきる疑惑ならば、裁判の過程で証拠として出せば良い。それが大原則である。そもそも現在報道されているような情報を検察官が証拠として提出しようと思っても弁護人から異議が出され、刑事訴訟法によって裁判所は証拠としてそのほとんどを採用しないであろう。

小沢問題の本質は、“検察や警察を使って政敵を追い落す”という卑劣な行為なのである。問題になっている刑事事件など、ほんの口実・手段に過ぎないのである。刑事事件の捜査・逮捕・勾留・起訴は、検察の独壇場である。難しい言葉で言うと“起訴独占主義”という。わが国の法律は、検察権の行使を検察官に独占させているのである。犯罪として捜査・逮捕するのも、起訴するのもしないのも、検察官に全面的に委ねられているのだ。

いま問われているのは“検察権力を使って政敵を追い落す”という卑劣な行為なのである。従って、その行為者は検察そのものである。その卑劣な行為は、着々と成果を上げつつある。まさに現在進行中の由々しき事件なのである。口実・手段としての刑事事件など刺身のツマみたいなものである。重要なことは小沢氏の疑惑なるモノを流布することなのだ。“検察権力を使って政敵を追い落す”卑劣な行為を追及しなければならない報道機関が、“関係者によれば”ということでタダで大々的に流してくれるのであるから、“検察権力を使って政敵を追い落す”ことを企んでいる首謀者にしてみれば笑いが止まらないであろう。

小沢問題の主役は検察であり、マスコミは共犯者である。しかし、この構図を分かっていながら小沢疑惑なるモノを無批判に報道するマスコミは、共犯者であっても共謀共同正犯といって正犯と看做され、実際に犯罪行為を行った正犯よりも重く罰せられることもある。“検察権力を使って政敵を追い落す”という卑劣な行為の是非を審判するのは裁判官でも裁判員でもない。1億の国民である。追い落されようとしている政敵は、もちろん小沢一郎民主党代表である。小沢一郎という政治家に対する好き嫌いはあるだろう。私だって小沢氏は好きなタイプでない。しかし、“検察権力を使って政敵を追い落す”卑劣な行為など絶対に許すことはできない。だから、こうして闘っているのである。
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猛獣王S

力関係が劇的に変化してきた~検察のリーク情報自体虚偽だった事を郷原信郎氏があの「サンプロ」で発言

『力関係が劇的に変化してきた』(杉並からの情報発信です)より転載します。
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小沢一郎民主党幹事長の政治資金管理団体「陸山会」の収支報告書の「虚偽記載問題」で、東京地検特捜部が大手マスコミに流して大々的に報道した情報が実は嘘だったことが暴露されました。

2004年度の官報に小澤一郎氏からの4億円の借入れの記載があったことが判明したのです。

これまで大手マスコミは東京地検特捜部のリーク情報を元に、「2004年度の収支報告書に4億円の借入れは記載されていない。小沢一郎民主党幹事長が世田谷の土地を購入した資金は企業からの裏金の疑いが濃厚である」と根拠もなしに小沢一郎民主党幹事長を激しく攻撃してきたのです。

民主党攻撃で悪名高い田原総一郎のテレビ朝日番組「サンデープロジェク」は今朝の番組の中で、東京地検特捜部のリーク情報自体が虚偽であったことを報道したのです。

このことは検察・大手マスコミ対民主党政権の力関係がここへ来て劇的に変化したことをあらわしています。

旧自公政権特権政治家+検察・警察・特権官僚+経団連大手資本家・御用組合役員+大手マスコミ・電通・御用学者+米国支配層・CIAの「5大悪徳連合」は、この間東京地検特捜部・大手マスコミを使って鳩山首相と小沢幹事長を狙った民主党攻撃を猛烈に展開してきましたが、ことごとく失敗し逆に彼ら自身が追求されはじめたことを意味します。

鳩山民主党政権は直ちに「真相究明委員会」を設置して「小泉構造改革」の美名の下で日本国民の資産・財産を米国に差出しおこぼれを山分けしてきた小泉純一郎や竹中平蔵をはじめとするすべての日本エージェントを探し出し彼らの犯罪と責任を追及すべきなのです。

以下に本日付けの経済学者植草一秀氏のブログ記事をご紹介します。

■ サンプロ小沢氏団体4億円不記載虚偽報道公開  植草一秀氏

1月10日


2010年1月10日放送のテレビ朝日番組「サンデープロジェクト」で、2004年度の官報に小沢一郎民主党幹事長の政治資金管理団体「陸山会」の収支報告書に小澤一郎氏からの4億円の借入れの記載があったことが報道された。

マスメディアは「不記載」だとして小沢幹事長サイドを激しく攻撃してきた。

番組に出演した枝野幸男氏は、検察庁職員が捜査情報を漏洩している可能性に言及し、その場合には漏洩した職員の違法行為について処分が必要であることを明言した。

マスメディア各社は「不記載」と報道してきたことに対する責任を明らかにする必要がある。メディアこそ「説明責任」を果たすことが求められる。

 ~後略~
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猛獣王S

検察の暴走を止めるには「審議会」などで具体的な検察・司法改革の検討が必要だ

『検察の暴走を止めるには「審議会」などで具体的な検察・司法改革の検討が必要だ』(日々坦々)より転載します。
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「リークは違法の固まり」小沢氏献金問題で民主・山岡氏が検察批判、「検察で調査したものをリークするのは違法の固まりだ。それでマスコミをあおって国民をあおってムードを作る」と述べ、検察の姿勢を批判した。

とのことだが、ただ批判しても何も変わらないのではないか?

まず、やるべきことは具体的に検察健全化に向け着手することである。

「審議会」「調査会」を設け、
「検察リークは公務員守秘義務違反調査会」
「検察を監督する民間主導の委員会の新設」
「国家公安委員会改革」
「政治・検察・報道のあり方に関する有識者会議」の再設置
「警察法改定の検討委員会」

などを早急に立ち上げ、検察の暴走を食い止めることである。

「国家公安委員会」などは、警察法上、警察機関ではないため、国務大臣である国家公安委員会委員長が日本警察のトップという位置付けにはならない」
→第三者機関を設置し、検察の捜査や検面調書などにも検査できる実行力ある「国家公安委員会」の設置を望む。

「暴走する検察」(別冊宝島編集部)には、本ブログ既報リンクの三井環公安部長が詐欺と公務員職権乱用などの容疑で逮捕された時、マスコミ各社から「逮捕は調査活動費使い込み隠しだ」「検察ファッショだ」と検察が批判された時、マスコミの取材に応対した法務省幹部が取材後に「あんまり三井事件で検察庁をたたくと、鈴木宗男事件の捜査情報が入りませんよ。わかってますね」と言ったそうだ。言われた報道関係者は検察の思い上がりを嫌というほど痛感したとのこと。
マスコミも検察情報を切られ「特落ち」になることを恐れるあまり、検察の意図的なリークにも協力を惜しまず、検察もそんなマスコミを使って世論を誘導するという、検察主導の悪循環に陥っている。

「検察リーク」については、その被害者として、証券取引法違反容疑で逮捕される直前に首を吊って自殺した、新井将敬がいる。これを最初に取り上げたのが、検察との癒着疑惑が根強い読売新聞だ。
新井議員は検察リークの被害者だった。

また「暴走する検察」の中で警察官がいくら証拠を揃え逮捕に漕ぎ着けても、最終的には検察の判断で起訴までいかないことが多々あるとのこと。
イギリスやアメリカでは起訴権は警察にあるが、日本は検察のみになっていて、検察の意向次第で決まってしまうとのこと。

これは「刑事訴訟法」などの法整備も必要である。

小沢さんの土地問題を告発した「世論を正す会」は、組織なのか個人なのか全く不明で、検察も告発と同時にすぐに受理し捜査している。
これは検察による自作自演ではないのか?

こんな検察を放置しておくことは日本の国益にはならず、国民のためには決してならない組織であることは間違いない。

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猛獣王S

民主主義を熟成するには、民が主役にならなければできない

■(1)からの続きですが、原始社会はさておき、「人間」は所詮一人では生きていくことのできないものですから、何らかの組織(国家・組織・族)に属することで生き延びてきました。

ただ「地政学的人間社会」において、欧米では極少数の組織ないし個人主義が発達し、実は荒野をさまよう一匹狼の如く孤独で過酷な競争社会の中で生き抜かなければならなくなってきました。その競争原理の中での自由・個人主義では、弱者は救済されることなく無情にも社会のゴミとして捨てられるか、生かさず殺さず隷属または搾取され続けるでしょう。
言い替えると、究極的な「個人・自由主義」というのは強い者(財力・武力・実力・才能のある者)だけが裕福に生き残る社会構造なのです。

◆日本では、このような社会を望んでいるのでしょうか。
自由民主主義制度のもとでは、主体者は限りなく個人に近づき社会の自由度は拡大されます。一応名目上の権力の担い手は「国民(民意)」であり、政権や政策は「民主主義」の原則に基づき選挙や多数決により決定されます。一見、人類の究極的理想的な社会制度のように思われますが、実際は民主主義には重大な欠陥が潜んでいます。

●ひとつは「秩序」と「競争」の問題です。行きすぎた個人の自由は、全体にとって不利益と秩序の破壊をもたらし、社会の劣化と腐敗の原因ともなります。また競争は、浪費と効率化による弱肉強食の優勝劣敗主義を増長し、放置すれば社会的弱者への配慮や思いやりのない殺伐とした社会へと進みます。

●もう一つの欠陥は、選挙制度そのものがもつ本質的な問題です。国家の運営を委託される政党や政治家は民主選挙によって選ばれるため、あたかもこれが理想であるかのように見えます。
しかし、候補者の多くは「政党」という何軒かの「食堂」に並べられたそれぞれのメニューの中から「選ばせられて」います。だから政治家もしくは立候補予定者は常に選挙民の顔色をうかがい、「お好み」に合わせた味付けをしておく必要があります。しかし民衆は多様な自由・個人主義です。そこで具体的な政策や信条などより、大多数の選挙民に取り入るため、一種テレビ・タレントのような候補者が増えるのは必然のことでしょう。

もちろん、選ぶ側にも国の現実把握と見識が必要となりますが、結局出されたメニューの中から「適当に?」選ぶか、食わない(棄権)かが大方となります。
そのような選挙が繰り返されるたびにますます有権者の政治意識は下がり政治家も国家運営政治理念も低くなります。そうして、国民はむずかしい政治論議よりも、自分個人の日常生活に派生するレジャーや音楽、映画(テレビ)、スポーツ、ファッション、グルメ、セックスなどに興味・関心を多くを持ち、民衆のレベル程度の「親しみ」、「風貌」、一般に理解できる「稚拙な言葉」などで選ばれていきます。
まして、「小選挙区制」では、一選挙区で一人当選ですから、仮に49対51でも49人の支持は打ち消されます。
そうして、選ばれた政治家は「国民の負託」を受けたと錯覚(確信?)して、従来通りの権力は保たれるのです。

そこから政治の腐敗はますます進み、現実の民主主義は本来の理想とはかけ離れて、実は民主主義の「落とし穴」(究極の弱肉強食・権力構造社会)に陥っていくのです。
では、理想であるはずの民主主義の選挙で政治腐敗(国家疲弊・亡国)へと進行する原因を整理してみましょう。
●選挙民である国民に政治的関心が薄い。
●選挙民が適正な選択をするための情報が十分に与えられない。(マスコミ操作が横行する?)
●候補者に高尚な政治理念が感じられない人が多い。(ただ名前の連呼と、お願いのみが多く見られる)
●政治家が私利私欲(職業化)している人が多い。(普段民衆を向いていない)
●政治論議が密室化して、真に国益のための政策かが不明瞭。
●官僚の省益や政治家が特定業界のための利益誘導(献金)政治を行っている。
●マスコミ(多く)が従来の既得権益を保持する権力側につき、本来のチェックアンドバランスの機能が欠如している。

要するに、「不自由愚民主義」となる可能性を多分に秘めています。

民主主義の「選挙」とは、実は「権力者」が、国家運営が最悪の状況に陥ったとき、最終的責任を国民に帰属させる「逃げ道」作りでもあります。

近年「先の戦争は間違っていた」とか「一部のA級戦犯の戦争責任」、「天皇戦争責任説」まで言われますが、戦っているときは「一億総火の玉」(みんなで一丸となって「鬼畜米英」をやっつけよう)で、敗戦したら「一億総懺悔」、国民総てが反省して謝りましょうです。
どちらもおおざっぱに「一億人」ということは、国を守るためや命令で死んでいった多くの英霊方も、空襲、原爆で死んだ人達までも総て、誰に?対して『懺悔』しなければならないのでしょうか。

◆本当は、生き残った権力者が、日本の亡くなった方々、生存している方々へ懺悔するのが当然でしょう。まして広島の「原爆記念碑」の「繰り返しません」というのは、誰がでしょうか。

これが、民主主義の怖さです。ドイツのヒトラーも、英国のチャーチルも、アメリカのルーズベルトも、イタリアのムッソリーニも、日本の東条英樹内閣も、民主選挙でそれぞれの国民が選んだ政治家です。

■国民は時の権力者を熱狂的に支持し、大戦争への道を進みました。
「ヒトラー最後の十二日」という映画(私はまだ見ていない)で、ソ連軍がベルリンに進行してきたとき、ナチスの将校がヒトラーに「ベルリン市民は避難させましょう」と提言したところ、ヒトラーは「いや、私と共に全市民も苦しみ死ぬがいい。私を指導者に選んだのだから最後まで付き合ってもらう」(やや省略)と言ったとのこと。

結局「民主主義」とは、「民」が主役というのですから、「責任」があるはずです。
多くの有権者は、おそらく大きな期待を持って政権交代を示したのですから、わずか4ヶ月ほどでマスコミの影響を受けて『支持率』を大きく低下させるとは、どうしても信じられません。まだ何一つ『結果』は出ていないからです。

 もう少し期待して待ちましょう。そして我々も日本が住みよい社会になるため一所懸命頑張らなければいけないと思います。



原賀隆一

国民にとって重要な情報ほど報道しないのが大手マスコミ(新ベンチャー革命)

新ベンチャー革命2010年1月4日 No.60
タイトル: 国民にとって重要な情報ほど報道しないのが大手マスコミ  より転載。
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4.特に許せないのはNHK

 新聞購読も民放テレビ視聴も、われわれ国民に一応、選択権がありますが、NHKは違います。NHK視聴の選択権は国民にないのです。テレビ受像機所有=NHK受信料強制取り立てです。

 しかしながら日本のNHKというのは北朝鮮にあるような国営放送局(朝鮮中央放送局)ではありません。なぜなら、上記のように国民から強制的に受信料をとって経営されているからです。

 NHKの経営システムの問題は、NHK受信料を払わないで観ている人が多数存在している事実です。受信料を払う人(正直者)がバカをみるシステムです。民主主義国家では許されません。NHKのビジネスモデルを考えた人物に民主主義的観念が欠落していたと思われます。彼らはNHKを支配するが、運営コストは国民負担だと決めた、こんな虫のよい話はありません。

 それではNHKのシステムを国営にすればよいかというと、それはそれで大問題です。NHKが国営放送局なら国家権力にとって不都合な情報は国民に知らせないと思われるからです。

 国民からの強制受信料で成り立つNHKは絶対に『国民の味方であるべき』なのです。国民益とは何かを見据えて放映コンテンツが決定されているなら、国民は受信料を払う価値があります。ところが現実はどうでしょう、最悪です。上記の例にみられるよう、国民から受信料を取っているくせに、国民の知るべき重大情報の発信をスルーしているのです。

 なぜでしょうか、NHKの経営が放送法の制約下にあり、予算執行と経営委員人選に国会の承認が要るからです。結局、NHKは国家権力に頭が上がらないのです。国民からカネ取って、国家権力の言いなりになる。自民党は、NHKのこんなおかしな仕組みを60年以上温存してきたのです。これほど国民をバカにした仕組みなのに、国民が長年、それを許してきたことも大問題です。

 今、政権交代したのだから、NHKは昔のしがらみを断ち切って、国民利益のためのNHKになるよう改心して欲しい。

5.NHKよ!かつて戦争屋に目の敵にされた仕返しを

 ところでNHKはかつて世界一のアナログ・ハイビジョン技術の開発に成功しましたが、マスメディア支配を重視する米国戦争屋からにらまれたことがあります(注4)。とにかくNHKは戦争屋の権化・ロナルド・ラムズフェルドなどからひどい目に遭わされています。彼らは日本を支配するのに、郵便局、電電公社と並んでNHK(米国にはない国民のための公共メディア)の存在が気に食わなかったのです。米国の政権交代によって戦争屋の威力が落ちている現在、NHKが国民のための本来のNHKに戻る絶好のチャンス到来です。目覚めよNHK! 本来の国民のNHKに戻れ。元NHKマン日高義樹のような“戦争屋の代弁者”の真似を止めろ。

注1:2009年12月、藤崎駐米日本大使は、普天間基地移設問題で米国クリントン国務長官から呼び出されて日米合意を守るよう釘を刺されたと仰々しく記者会見したが、後から、国務省から“呼び出したのではなく、大使が自分から立ち寄った”と否定された事件

注2:本ブログNo.55『非常にムカツク!反・国益官庁・外務省』2009年12月26日

注3:本ブログNo.52『犯罪的な大手マスコミ:普天間基地問題と日米密約暴露の板挟み』2009年12月23日

注4:ベンチャー革命No.145『MOT論の視点からみたNHK会長辞任劇』2005年1月31日

ベンチャー革命投稿の過去ログ

テックベンチャー投稿の過去ログ



戦後の日本人の代表的な死因のメカニズムは、医療に利権を得ている学者やマスコミによって真実を隠蔽し続けられてきた

『東海アマ2010年01月01日』 より転載します。
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 ~前略~

…戦後、日本人の代表的な死因としてあげられてきたのは、尿毒症・脳梗塞・心筋梗塞・ガンでした。みなさん、今から50年前の老人たちの死因の第一位が尿毒症であった真の理由を知っていますか?

それはDDTの強制空中散布が原因だったのです。今から20年前まで、場所によっては現在も、政府や自治体によって空から無差別に農薬が散布されていました。それが空気や井戸水や作物を汚染し、体内に取り込んだ人々が「化学物質過敏症」や腎臓障害を発症し、次々に尿毒症で死亡していったのです。

そのメカニズムを、農薬会社も撒布した役人たちも、みな知っていました。しかし、それが報道されることはありませんでした。農薬会社が学者たちを買収し、マスコミを買収し、真実を隠蔽し続けたからです。

1980年以降、日本人の死因の一位がガンになりました。その理由について、公害や有害化学物質の蔓延が指摘されていますが、本当の理由は、実は厚生省の法的強要によるレントゲン集団検診だったのです。

私たちは学童の時代から、法律によって無理矢理レントゲン検診を受けさせられました。私たちの時代、小学校低学年でも肺レントゲン撮影一枚につき1レム(10ミリシーベルト)という大被曝を受けていました。ガンの潜伏期間は20~40年です。子供のとき、乳腺に浴びせられたレントゲンが40年たって女性たちに乳ガンとして発症するメカニズムが解明されているのです。

このことは、実は当時から理解され、警告されていました。しかし厚生省の役人たちは、そうした指摘を隠蔽してレントゲン検診を正当化し続けました。なぜなら、レントゲン検診を行う会社は役人たちの一番大切な天下り先だったからです。その会社の名は最初「日本ブラッドバンク」(後にミドリ十字社)でした。これは関東軍731部隊の北野司令官が設立した会社でした。

戦後、日本の医療界は、731部隊出身者によって牛耳られていました。「各県医師会長や国立大医学部教授は731部隊出身者でなければなれない」とまで言われていました。そして担当する厚生省の役人、医務官たちも731部隊出身者で占められ、医療界の利権は、ほとんど731部隊帰還者によって独占され続けたのです。

戦後起きた、さまざまの薬害問題や医療過誤問題の影には、こうした「悪魔の731部隊」 中国で、数十万人の民衆、子供たちを「マルタ」と称して人体実験で殺害した医者たちが存在しているのです。戦後、厚生省のすべての医療問題に731関係者が関わっています。我々は、中国人を無差別に殺戮した呪い、カルマを、このような形で返されているという事実を知っておくべきです。

こうした真実を明らかにする者は極めて少数でした。医療に利権を得ている役人、医療関係者、マスコミなどは、こぞって、こうした真実を圧殺、隠蔽することしかしてきませんでした。

 ~後略~
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猛獣王S

マスコミ2009ダイジェスト

2009年1年間でマスコミに起こったこと。
るいネット佳作板(6桁数字は投稿番号)からダイジェストでまとめてみた。


■■隠し切れなくなったマスコミ離れ

マスコミ離れはこれまでもあったが、その動きが加速し、顕著になったのが今年だったのではないか。

>しかし、マスコミが権威に流れ、御用学者に頼り続ければ続けるほど、マスコミの自浄能力はますます低下し、マスコミ離れはより強まっていく。
198131私権的能力収束と社会的課題収束の綱引き2~自ら墓穴を掘り始めたマスコミ

  ↓↓↓↓

>テレビ業界没落197472
>田原総一郎の降板は、偏向報道をし続けるマスコミへの拒絶221967



■■マスコミに向けられる懐疑の目

その原因は見え見えの偏向報道を続け、大衆の欠乏からどんどん離れてゆくマスコミへの懐疑にある。

>●「部分的な真実」ではなく、全体的な視点。
 ● 識者コメントよりも、具体的なデータを。
これは、まさに私たちが日々追求しているものです。しかしマスコミは根本的にその資質を欠いてしまっているようです。ネットがマスコミに取って代わる日はそう遠くないと思います。
199624 『それだけでいいのか?』~疑問視されるマスコミのスタンス~

>ネット上では、マスコミのバレバレの嘘、誤魔化しを摘発する記事が続いている。
もう既に、マスコミの報道を鵜呑みにする人はほとんどいない。マスコミの共認支配は風前の灯だと思う。
このような事例を3例紹介します。
201439 バレバレの嘘、誤魔化し・・・マスコミの共認支配は風前の灯

>203360 東京地検特捜部とマスコミの所業は国家反逆罪に該当

>210928 マスコミは“社会の公器”なんかじゃない!というみんなの声

>大手マスコミの独占(or寡占)状態は、もはや大衆にとって阻害物、抑圧物でしかないのではないか。
217792 マスコミは解体すべきである



■■マスコミの敗北

「小沢秘書問題」では目に見える形でマスコミが敗北、偏向報道ぶりが白日のもととなった。

>201849 マスコミの「小沢辞任の世論が高まっている」の大扇動も、大衆は冷静にこの事態を捉えてる
    ↓↓↓↓
>202588 東京地検特捜部を解体せよ!~小沢一郎の勝利、東京地検とマスコミの敗北

>ブログ植草一秀の『知られざる真実』
3月29日記事「田原氏醜悪サンプロ情報操作を高野孟氏が粉砕」リンク
203479 マスコミ支配終焉の予兆



■■焦るマスコミ

このような状況ゆえ、さすがのマスコミも焦り始め、過去の所業も含めて窮地に追い込まれる。

>日本のマスコミは、本当におかしいと国民はすでに気づいてしまった。もしかしたら、国民から捨てられつつあるのではないかという恐怖心に、今、大新聞・大テレビの幹部たちは、襲われつつある。
214136 民主党政権下でのマスコミ

>現在は米国覇権主義者の対日圧力が弱り、寡頭勢力から資金提供されてきた闇組織への闇工作資金も途絶え、非親米(対米面従腹背)の狡猾官僚集団による利権奪回の局面にあります。このまま突き進めば、政官財に蔓延していた小泉・竹中一派(対米隷属主義者)は法的にも窮地に追い込まれるでしょう。
199862 追い詰められる小泉一派とマスコミ②~米国発金融危機が国際金融資本の対日工作を弱体化させどんどん事実が露呈



■■迷走するマスコミ

しかし、特権階級化したマスコミには人々の欠乏を捉えるアンテナはない。さらに経済破局→金貸し同士の抗争が勃発、指揮系統が混乱した結果、マスコミの暴走・迷走は加速する。

>金融破綻によって国際金融資本の絶対的支配が弱まり、日本においては既存勢力の抗争が勃発しているようだ。
自分のことしか考えない彼らによって、日本の行く末はドンドン混迷してゆく。
208899 マスコミ・金貸し・官僚の抗争によって混乱する日本の政局

>220804 米国と従米官僚・従米マスコミの癒着構造は崩れ始めている

>222340 現在の大手マスコミは、親米寄り報道すれば戦争屋=CIAが喜ぶと勝手に決め込んでいるだけなのでは



■■マスコミに代わるもの

マスコミの凋落は誰の目にも明らかであり、かつ構造的にとまらない。
このような状況が人々の探索欠乏を後押しし、ネットを中心にマスコミに変わる新たな動きが萌芽してきた。
本年もこの流れは加速してゆくだろう。

>小沢氏本人も「世論調査で流れができてしまった」と話していましたが、マスコミが一斉に偏向報道をした影響は否定できません。ただ一方でこの報道姿勢に対しては多くの人が嫌悪感を持っているのではないでしょうか?
マスコミが特権的な免許を与えているにもかかわらず、この権力を乱用し、一部の勢力と結託して偏向報道を続けているのとは対象的に、ネットによる事実追求の動きはより存在感を増していくと思います。 
206451 マスコミの凋落と対照的に輝きを増す素人の事実追求

>203448 マスコミに対抗する勢力としてインターネットは機能し始めてきた。

>207152 現在の日本こそ、マスコミに替わる新たな共認形成の可能性がある。

>216930 マスコミに代わる大衆主導の新しい映像発信媒体~キーホールTV~



火中の栗

市場社会がもたらした自我・私権収束の始まりと終わり

●近世・近代600年の市場拡大=自我・私権収束とは何だったのか?

元来、人類は極限的な自然圧力の中で、共認原理だけを命綱とし、自我・私権を封鎖してきた。その後、中央ユーラシアの遊牧部族から始まった自我・私権闘争は、一旦、序列原理にもとづく身分制度によって止揚されたが、西洋発の市場社会は、この自我・私権を無制限に拡大させていった。

しかし、市場社会はその最終発展手段として科学技術に先端的に収束していき、結果的に豊かさを実現させた。そして豊かさを実現させた先進国においては、もはや人々の意識の中心は自我・私権ではなくなり、次第に共認へと転換しつつある。それ故に、少数私権派の暴走を引き起こしているが、この現象自体が、自我私権にこだわる旧統合階級=特権階級の没落と、私権よりも共認を重視する大衆による社会統合の可能性を指示している。

市場社会は、それ自体は驚くほどの特殊解として西洋に誕生したが、結果として世界中の人々の自我・私権欠乏を刺激し、社会を激変させるエネルギーをもたらした。そして結果的に成熟した市場社会は自我・私権を封鎖させる基盤を提供しつつある。

そのように考えるならば、恒常的な絶対的自然圧力によって自我・私権を封鎖してきた人類が、むしろそれとは逆の豊かさによって自我・私権を封鎖する段階に突入すために、過渡的に自我・私権エネルギーを必要とした、その加速装置が市場経済システムだったということかもしれない。

いずれにせよ、市場時代(金貸しとその手先である学者・官僚・マスコミの時代)は終わりを告げようとしている。「特権階級の暴走と無能化」が顕在化した’09年を踏まえて、今後は、共認運動の飛躍の年となるようさらなる理論追求と政策提案に精進していきたい。



山澤貴志

近代市場は近世欧州社会の特殊事情の中から生まれた

●古代市場で実現しなかった市場の持続的拡大は何故起こったのか?

ルネッサンス運動の拠点となったベネチアの金融力の興隆は、十字軍以前にまで遡る。つまり、十字軍遠征の時代200年を通じて、ベネチアは持続的成長を続けたのだが、このような長期にわたる成長は、他の古代市場では起こり得なかったことである。この古代市場で実現しなかった市場の持続的拡大は何故、ベネチアをはじめとする近世欧州において起こったのだろうか?

その背景には、国家を超えた普遍宗教としてのキリスト教が教団としてのネットワークを形成していたことが大きい。もともとキリスト教自体に騙し的要素が内在されているが、この国家権力を超えた教会権力をうまく利用して(騙して)、教会ネットワークを金貸しネットワークへと変換させたことが、欧州商品市場が国家の枠組みを超えて特殊な長期にわたる繁栄を実現させた原動力である。しかも欧州はイスラムの富を略奪しただけではなく、欧州内での騙しあい、奪い合いも激化させ、欧州全域に「騙せば官軍」というムードが確立していき、多くの貴族や騎士に商人的(投機的)体質が形成されていった。

更にこの200年間で蓄積された原資を活用して、欧州はアジア・アメリカといった世界中に略奪範囲を拡大させ、またしても騙しの市場拡大を成功させる。こうして、「騙せば官軍」という欧州に特殊的な価値観を起点とした近代市場は、ついに世界中の国家権力を凌駕するまでに拡大していったのである。

  欧州貴族の源流1 十字軍遠征
  『十字軍』とは何だったのか




山澤貴志

偽ニッチの罠に嵌った特権階級

’09年末は、市場論の史的進化を踏まえながら、09年の諸現象を象徴する「特権階級の暴走と無能化」の本質に迫る勉強会となった。

●’09年は「特権階級の暴走と無能化」が決定的になった。

’09年は脱官僚、政権交替、事業仕分けと大衆の特権階級への疑念が顕在化してきた1年でもあったが、他方で、既得権益を死守せんとする、特権階級の暴走、そしてその無能ぶりが明らかになった年でもあった。

小沢・鳩山といった「政治主導」を掲げる政治家たちへの執拗な「司法権力(検察)の脅し」そして「共認権力(マスコミ)の中傷」。小沢に食ってかかった宮内庁官僚の発言。普天間における国益を無視し防衛利権に固執し続けるマスコミの売国的報道。菅谷さん事件のような権力犯罪。・・・・「国民のため」という大前提を喪失し、自分に都合のよい正当化観念を掲げて、己の利権拡大に固執するばかりの「特権階級」の暴走はあまりにも目に余る。なんといっても検察もマスコミも権力の一角を担う以上、絶対不可欠な「公正・中立に対する配慮」を投げ捨てて、偏向し、裁量権を拡大利用するその姿はまさに「暴走」というしかない。

しかも国民のため、みんなのためという対象性を喪失した言説、政策方針は、現実を混乱させるばかりの失策続きである。その結果「官僚は無能」と大衆からそっぽを向かれつつあるにも関わらず、そのような現実すら理解できていない、というのだから、もはや「無能」の極みでもある。

●果たして歴史上、ここまで特権階級が暴走し、無能化したことはあっただろうか。

古代(武力支配)国家において、国王が暴走することはあったが、国王の臣下である官僚や学者が暴走を起こすことはなかった。また国家統合という課題を忘れ、序列に胡座をかくものは、下克上や革命によって転覆させられる。その意味では、古代国家は、力と力がぶつかり合うが故に、無制限な特権階級の暴走は食い止められていた、ともいえる。

ところが市場社会になり市場権力(金貸し)が国家権力を上回るに至ると、暴走に歯止めが効かなくなる。事実、戦争の規模は近代になって何十倍にも膨れあがっていく。

とはいえ、貧困が消滅する’70年以前は、国益の拡大=国家私権の拡大=国民利益の増大、というベクトルを逸脱するような売国的行動には国民の監視圧力も働いており、それ故にそれなりに三権分立も機能していたし、マスコミも司法も「公平・中立」という大原則を逸脱することはなかった。

ところが’70年以降、国民の私権圧力が衰弱したことをいいことに、特権階級は権力行使と己の私権確保に埋没するようになり、売国的行動が多発するようになる。つまり私権圧力衰弱下での少数私権派の反動的勢力拡大である。つまり、特権階級は偽ニッチの罠に落ちたのである。




山澤貴志

仮説:米国戦争屋ジャパンハンドラーの正体(新ベンチャー革命) ・・・ 【その3】親・戦争屋の恫喝は続くが、杜撰さも目立つ⇒我々の役割はここにある!

親・戦争屋はオバマ政権に要人を紛れ込ませ、あの手この手で嫌がらせを行っている。
親・戦争屋の情報操作は狡猾であったが、この間の勢力弱体化のあおりで杜撰さが際立っている。
特に日本のマスコミにそれが顕著。
となると、マスコミのおかしさをネット発信してゆくことが極めて重要。
親・戦争屋の息の根をとめる切り札のひとつを、われわれ一般日本人が握っているとも言える。


■以下引用________________________

3.デビッドの呪縛から解放されていないオバマ大統領

次にオバマ政権に対し、デビッドの影響力がまだ衰えていない状況証拠を挙げてみます。

(1)2009年12月、オバマ大統領がホワイトハウスで訪米中のインド・シン首相と晩さん会を開いたところ、警備をかいくぐって、非招待のアベックがまんまと侵入に成功しています。この事件は、ホワイトハウスの警護を戦争屋=CIAが仕切っていることを証明しています。アフガンおよび印・パ紛争を利権化している戦争屋が、オバマに脅しをかけているということです。勝手な真似をするといつでもJFKの二の舞だよと・・・。

(2)2009年12月、デルタ航空にアルカイダ・テロリストが搭乗、航空機テロ未遂事件が勃発しています。ご丁寧にもアルカイダと名乗る組織がネット上で犯行声明を出しています。これは、もうトウの立った戦争屋ミエミエのヤラセです。アルカイダとは元々、戦争屋の創造した架空のテロリスト組織です。今回の航空機テロ未遂の犯人の顔を米国テレビ(戦争屋系)が放映していますが、筆者には、オバマとタイガー・ウッズを足して二で割ったような若者にみえました。

マイケル・ジャクソンの不審死、タイガー・ウッズのスキャンダル失脚、そしてオバマそっくりのアルカイダ犯人、これらはいったい何を意味するのか、戦争屋によるオバマ恫喝と、米国民の脳裏へのアンチ・オバマ・イメージの刷り込みであると疑われます。つまり戦争屋お得意の対オバマ・ハラスメント攻撃であると筆者は思います。


4.想像以上に巧みな戦争屋のハラスメント攻撃

戦争屋の配下・米陸軍は歴史的に軍事プロパガンダ研究に優れます(注5)。なぜなら、民主主義国家米国にて、米国民を戦争に駆り立てるには、米国民に対するマインド・コントロールが極めて重要となるからです。ちなみに、大多数の米国民は平和愛好者です。この軍事プロパガンダ研究成果は巧みに、米国メディアのコントロール、大統領選挙の際の米国民コントロール(世論操作)に活かされています。同様に、戦争屋の領地である戦後日本のマスコミ支配、日本人のマインド・コントロールに応用されて60年も経ています。

親・戦争屋化された日本人が容易にマインド・コントロールの呪縛から解放されないのは当然です。このような社会心理学的操作は、米国、日本に限らず、世界中の親米国に適用されています。これらの心理操作は、まさに一種のハラスメント攻撃といえます。つまり、その被害者は、自分が誰かに心理操作されていると認識していないということです。日本の親・戦争屋エリートも、いわゆるネットウヨも、自分がハラスメント被害者であるという認識はかけらもありません。

ところでアンチ・戦争屋のオバマ政権にとって、もっとも脅威なのは、戦争屋のメディア・コントロール能力、世論操作能力のすごさにあります。われわれ日本人も、2005年郵政民営化選挙時代の小泉フィーバーで痛いほど、それを経験しています。

現在のわれわれの救いは、日米の親・戦争屋勢力の同時下野のおかげで、戦争屋による、見えないはずのハラスメント攻撃が“見える化”している点です。2005年にはすっかりだまされた日本国民も、昨今の戦争屋の対日ハラスメント攻撃をウスウス認識できるようになっています。そのことは、ネット世界で政権交代後の大手マスコミのあまりの異常さに気付いた日本人が多数出現している事実から読み取れます。

大手マスコミで働く日本人も、異常性に気付いたネット愛好者同様にいずれ呪縛から解き放たれると信じます。

注1:本ブログNo.56『見事に統制された悪徳マスコミを仕切るのは何者か』2009年12月29日

注2:ベンチャー革命No.145『MOT論の視点からみたNHK会長辞任劇』2005年1月31日

注3:本ブログNo.22『政権交代で宙に浮く日高ワシントン・レポート』2009年9月13日

注4: ベンチャー革命No.299『ジョセフ・ナイ人事:戦後日本の歴史的変化の兆候』2009年5月24日

注5:ベンチャー革命No.301『真夏のオリオン:軍事プロパガンダの証拠を見たり』2009年5月31日

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