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続 路上で拾った選挙観

最近、なんでや露店で「特別お題」として、「小泉40%支持率なんで?」「選挙って行かないといけないの?」「郵政民営化って何?民営化するとどうなる?」「本当に必要な改革は?」の4つを設け、積極的に薦めている。
これらのお題を通して(立ち話や野次馬を含め)十数人の人に、今回の選挙について色々意見を聞いてみたのだが、若者を中心に意外に面白い選挙観が見えてきた。

■意外に多い若者の岡田支持。

10代高校生2人組み(♂)(小泉支持率40%なんで?をお題で選択)
・・・まだ高校生だけど、今回の選挙は行きたかった。小泉が独裁的に行っている今の政治は明らかにおかしいと思う。このままでは、いつかとんでもないことになる気がしてならない。政治家の中でこれだと言う人はあまりいないけど、民主党の岡田代表は応援している。小泉は発言が派手で、いかにも何か考えているように見せかけているけど、実は行き当たりばったりの気がする。何より、どんな発言を聞いてもごまかし的で納得できない。それに対して岡田さんは、凄く理論的に考えていて、発言もじっくり聞くと納得できることが多い。これからの日本には、ああいう理論的な思考のできる人が必要だと思う。

他にも、民主の岡田さんを支持していた若者が10代・20代でそれぞれ一人ずついた(計4人)。いずれも理由は「理論的だから」96713で山澤さんも指摘しているが、どちらかと言えば選挙や政治に無関心と思われがちな若者の中で、「あきらめる」のでも「いかなくっちゃ」でもなく、しっかりと中身を見据えようとしている人達がいるのは頼もしかった。もちろん、我々なんでやが民主の岡田代表を支持すると言うわけではないが、「理論派」への収束は、新しい可能性だと思う。

■「プロではダメ」から小泉支持

20代アメリカ留学中で社会学専攻の学生(♂)(本当に必要な改革は?をお題で選択)
・・・小泉さんは全面的ではないが支持している。理由は、郵政民営化は必要だと思うし、それを推し進める実行力があるから。

(民営化によって起こる問題点について議論→さすが社会学専攻だけあってかなり詳しく、多面的に議論した結果、民営化の問題点を共認)

・・・確かに、民営化することで問題が起きることはわかる。でも、それでも民営化は必要だと思う。今の日本の政治システムは完全に行き詰まっていると思う。社会が統合できていない。今のように政治のプロにまかせていては、必ず行き詰まる。政治のプロから、政治を解き放つ必要がある。だから民営化に賛成する。

(プロにまかせていては行き詰まると言うのはその通り
 →民に解き放つと言っても、一部の企業が担うようになるだけ
 →それでは、結局今のプロが担っている状況と変わらない。
 →必要なのは、万人が参加できる社会統合のシステム、共認形成の場を作っていくこと
 →なんでやは新しい統合機構・共認形成の場の先駆け
 と順に展開→納得)

路上で調査すればすぐにわかるが、民営化支持派は、40~50代のおじさん世代が中心で、中身を深く追求せず、”小泉が主張しているから変わるに違いない”と言う理由で賛成しているだけの人が多い。そんな中で、「もはやプロではダメ→新しい社会統合の必要性」という部分から民営化を支持すると言う考え方に初めて出会い、新鮮だった。
お題を聞いてきた彼は、かなり社会派で追求派だったが、このような層を中心に、新しい社会統合機構の必要性を感じている人は、かなり多いのではないかと感じた。ただ、他にないから、ある意味で「プロからの開放」を唱える小泉に賛同するより方法がないのだろう。

■アメリカ支配への危機感→反小泉・反自民

20代学生・・・・・・小泉さんは、アメリカのいいなりになってるだけと思う。
40代サラリーマン・・刺客と呼ばれる人々を冷静にみると、個人主義派の人間が多い。
30代主婦・・・・・・知らないうちに日本が凄くアメリカ的になってる気がする。
70代老人・・・・・・小泉はブッシュの手先だ。

反小泉・反自民の声が一定層いる中で、最もよく聞いたのが、小泉はアメリカ(ブッシュ)の手先じゃないかと言う意見。るいネットの投稿(96710など)でも指摘されているが、この事実に気がついている人は意外に多いことに驚いた。また、日本がアメリカ型社会になる→ますます社会が行き詰まると捉えている人も多い。反小泉派の中には、理論的・構造的にはわからなくても、潜在思念で違和感・危機感を捉えている人がかなり多いと感じた。


路上に立てば、様々な声が聞こえてくる。もちろん、小泉支持派の声も多いし、今回の選挙を「何か重大なこと」と受け止めながらも、答えがないから、ニュースを見て探索という声も多い(一番多いのはこの層)
そんな中でも、「事実は何か」「本当の可能性があるのは何か」「必要なことは何か」としっかり探索している層の声も決して多くはないが聞こえてきた。

>しかし、マスコミの誘導に誤魔化されてはいけない。小泉人気といえども結局は平均40%なのだ。つまり過半数を超えている訳ではないのである。そして仮に小泉支持者であったとしても、その大多数は、なんでやで10分も話せば、その誤魔化しに気が付いてくれるのだ。(96267)

今回の選挙に関する政治系お題を通して解ってきたのは、山澤さんの言う通りであると言うこと。よっぽど凝り固まった旧観念派でない限り、殆どの人はお題を通して、小泉の誤魔化しに気がつくし、何よりも一定層、可能性を探そうとしている層がいる。彼らに、お題を通して、よりはっきりと小泉支配の構造と誤魔化しを語ることで、その潜在思念をより確かな実感として顕在化していくことができる。

>今回の政局の迷走ぶりはむしろ、人々がこの目先収束のおかしさに気付く好機であり、なんでやネットワーク拡大のチャンスである。(同)

可能性をさらに広げていけるかどうか、我々なんでやにとって、今最大の戦いの時であると感じている。

西谷文宏 
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それでも中立と言えるのか?感情報道のからくり

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『分かりやすさ』を標榜する悪=マスメディア


各政党の宣伝カーがとてつもなくうるさくなってくると、『選挙』が近づいているという実感が湧くのだが、先日自民党の宣伝カーの叫び声の『小泉自民党の○×です』には、たまげてしまった。『自由民主党』という政党名を使わないところが、いかにも当人・選挙スタッフの意図するところ、つまり中身の全く無い、中身が全く見えないながらも『小泉支持=改革派=正義の人』という図式にちゃんと乗っかかっているのだ。

改革派かそうではないのかを、『郵政民営化』という『踏絵』で明確に分離し、本当に改革を目指そう? としている議員までを『改革反対派=悪』というレッテルを貼る。公認しない、対立候補を擁立する、あわよくば政治生命を絶つなどの強引な手段に、旧い時代劇を鑑賞するかのように、大衆もマスメディアもその『勧善懲悪的』分かりやすさを堪能しているかのように思える。そして、上記のように『小泉に反対するのは悪』だよと刷り込ませようとしている。

ここで問題なのは、
第一にはその『分かりやすさ』(マスメディアの言うところの争点の分かりやすさ)に埋没してしまっていることではないだろうか。
事の本質、例えば『構造改革』って結局は何なの? 『郵政民営化』って何なの? などにむりやり蓋をされているような居心地の悪さを感じている。 

第二には、余りにも明瞭過ぎる二元論的(西洋的ファンタジー)図式を提示することで意図的に我々の何で?とか答えを探索しようという気持ちを萎えさせている。踊らされるがままに全ての政治家に『小泉流パフォーマンス』が要求されている。
中身は全く提示されない。提示しなくても良い。アピールできる魅惑的で幻想的な言葉の羅列を連呼すればよい。

それを補完するかのようにマスメディアの異常なはしゃぎぶり。ドラマを演出している気なのでしょうか。何しろこれだけ『分かりやすい』を連発されると、思考停止にならざるを得ない。


>これは、感応観念が、プラス・マイナスの価値を鮮明にして分かり易くしてくれるという特性を持っているからであり、プラスの価値に収束することによって、不全を麻痺させてくれる効果を持っているからであろうと思います。しかし、問題は、冒頭の引用にもある通り、感応観念は、“欠乏意識・課題意識をも状況認識をも共に歪曲し”、思考を停止させてしまうという点にあります。

マスコミの共認支配は、このような感応観念を煽ることによって成立しており、マスコミの支配力を巧みに利用する小泉の政治手法は極めて危険であると思います。極端に言えば、事実や中身はどうでもいい(むしろヘタな中身はない方が都合がいい)わけで、人々の健全な答え探索思考を妨げるものでしかないと思います。

選挙が近づき、マスコミが騒がしくなってきている時勢だからこそ、マスコミの垂れ流す感応観念に振り回されることなく、もともと誰もが素人として持っている潜在思念の探索思考(その先端の実現回路⇒構造観念)に立ち返って状況を捉えることが肝要であると思います。<96497

投票日までは僅かですが、野次馬的な見方・発想しかできないマスメディアの糾弾こそ今、最も必要なのではないでしょうか。

亀若雅弘

アメリカは、市場拡大し続けることでしか自国を維持できない

>現在にいたる世界経済の構造を極めて大雑把に俯瞰すると、アメリカの個人消費をエンジン役として、日本などのマネーが余っている国から低金利でマネーを調達し、中国をはじめとするアジア諸国などの途上国に高金利で貸し付けて生産を行わせ、アメリカ人が消費する、というふうな構造になっているのではないでしょうか。つまり、アメリカという巨大な金食い虫が、その購買力(金はないが需要だけはつくりだせる力)にものをいわせ、金を使いまくることによって、世界経済は回っているのです。(17726)

>○「貧困をエンジンにする仕組みが成長力を維持」
 移民の国として成立したアメリカは、世界各地からの貧しい移民を受け入れ続けてきたために、常に貧しい人が人口のかなりの部分を占めていました。これは、豊かな先進国のなかに、貧しいけれども成長力のある発展途上の国を組み込んでいるようなものです。
 貧しい移民はアメリカで仕事を見つけて一生懸命に働き、その稼ぎを消費に回すことで豊かな暮らしを実現していきました。アメリカは、そうした貧困層の活力をエンジンにすることで、今でも成長力を維持しているのです。(88925)

結局、金融市場のグローバリゼーションといってもその実態は、アメリカの消費力によって支えられているだけ。
しかも、そのアメリカの消費力を支えているのは、所得格差という新たな身分。そして、その消費力を支えるための活力を生み出すために、(所得格差を生み出す為に)さらに市場拡大をしていく。
言い換えれば、今やアメリカは、市場を拡大し続けて常に所得格差を産み出していくことでしか、自国の活力を維持していけないという構造になってしまっているのではないか?

しかも、
>周知の通り、米国の双子の赤字が拡大しています。連邦政府の債務残高は米国バブルによる財政黒字の期間(98-01年)も含め一貫して上昇しています。
さて、注目すべき点はこの10年、米国債を保有する海外部門のシェアが急上昇し始めたことです。
この状況は日本の財政赤字より深刻だと言えます。日本の赤字はGDP比で世界最悪と問題視されていますが、米国は自国での資金調達が不可能であり、いまや海外資金頼みの自立できない国家となっているのです。(68577)

とあるように今やアメリカは自立できない国家となってしまった。
アメリカがいつまで持つのかは今や時間の問題であり、
>彼らにはっきりとNOを言えるスタンスに転換すべきです。(68577)
だと思う。 

三輪歩未

小泉の策略は、米国と己の利害実現のための組織純化の方向に向かっている。



「小泉首相は実はアメリカの手先ではないか…」(96710)

いろいろ雑誌やネットの情報を見ました。上記の投稿を拝見して、小泉の構造改革路線を見てみると、実は、アメリカの要求と小泉の改革しようと想う利害関係の一致をみることが出来ます。今の「自民党をぶこわす」というパフォーマンスも、小泉を支持する、小泉の指示に従う、あるいは、なにも言えない迎合党員を残す組織純化の手法により、彼とアメリカの要求を押し通すことの出来る体制つくりの一貫といっていいと思います。

長銀、日債銀、ダイエー、その他の企業の不良債権処理などは、アメリカの圧力(早く処理して、アメリカ金融機関の参入を推進せよ)がある。不良債権処理を推し進めた結果、譲渡先に真っ先に手を上げるのは、外資系(特にアメリカ金融機関などのゴールドマンサックス・モルガンスタンレー・メリルリンチ・クレディスイス・リップルウッド・ローンスター・コロニーキャピタル・カーライルグループ等のハゲタカファンドと呼ばれる企業)が多いことは事実である。安く日本の金融機関を買い取ろうというアメリカの魂胆であろう。

当然のこと、郵政民営化も巨大資金を持つ日本最大の金融機関の資金が市場に放りだされることをアメリカは、虎視眈々と狙っているだろう。

アメリカと小泉の利害関係が一致していることから、その実現のための今の自民党の組織純化の構造が見えてくる。

旧田中派スキャンダルも、組織純化の構造だろう。日歯連問題の橋本派、橋本元首相糾弾、引退へ追い込んだ事件、道路公団民営化も道路族議員の資金源を断ったこと、しかし、公団のもうひとつの資金源の年金は、そのままだ。もと厚生族といわれる小泉には、年金を改革しようなどとは、思っていない。議員の年金未納問題も、いつしか、消えてった。NHK問題の発覚も結局、郵政関係者の弱体化を示すもの。靖国参拝問題もはっきりしないのは、アメリカと旧・厚生省と日本遺族会との関係が明確に関係していると思われる。医療改革が進まないもの、結局、厚生族の小泉にはその気すらないのだろう。だから消費税アップでなく、医療費、介護保険料、年金の負担増を国民に強いるのだろう。

 小泉のアメリカ追従、厚生族・大蔵族の森派(旧福田派)という視点から見れば、自民党の中の守旧派(実は道路族と郵政族=旧田中派)を排除しようとするのは、単なる派閥闘争であり、自民党内に小泉シンパを残すことで、組織純化を図ろうとするもので、「自民党をぶっ壊す」ことでは決してない。

 雑誌ねたになりそうな上記の文章だが、小泉の言葉からは、国をどうすべきか?政治をどうすべきか?社会をどうすべきか?どう立て直すのか?という認識が「全く」聞こえてこない。それは、なぜか?「自分に都合のいいことしか考えていないからだ」と断言してもいいだろう。

近藤文人

中学生も、一日二回ニュースを見る時代。

4月から、無学年式の新授業『本格コース』を担当しています。
二学期最初のテーマは、「選挙ってなに?政治ってなに?」。
その授業の中で気がついた点が二つありました。

まずびっくりしたのが、ニュース番組を1日2回は見るという生徒。
やんちゃ坊主で正直なところ、本人から話を聞くまでは想像もできませんでした。朝は「めざましテレビ」、塾に行く前もニュース。
中学に入ったばかりの子でこれ。収束不全⇒探索基調は、まさに例外問わず皆が抱えていることを目の当たりにした心持ちがしました。

このような状況ですから、「選挙ってなに?政治ってなに?」というテーマを見せただけで、いろんな意見が出てくる出てくる。
小泉首相や岡田党首の話からはじまって、郵政民営化、国会議員不要説、憲法第9条改正の是非、裁判員制度、公務員の不正はゆるせんという話までいくらでも出てきました。
そこで何より驚いたことは、彼ら中1・中2から出てきた発言が、事象を斬って捨てる批判だけのマスコミの論調そのままであったことです。
ただ、その根本原因を問うていくと言葉につまり、マスコミの言っている批判だけではなく、状況の原因構造を見ていく雰囲気になりましたが、改めてマスコミの共認支配の恐ろしさを感じました。

根本原因を追究せずに事件を垂れ流していくマスコミに対して、「根本原因はなんなん?」という問いかける輪、事実追求のスタンスを広めていかないといけない!!

佐々木健二

投票所に答えはないが・・・

>もはや、「市場」も「国家」も越えた、新しい社会統合機構を、庶民自らが作っていくことしか、「答え」はない。
 投票所に選ぶべき「答え」はないのだ。<(96791 阪本さん)

確かに投票所に選ぶべき答えは無い。

まず「民営化推進」とは、市場原理に委ねていくことであるが、確かに「市場」を新たな評価共認の場として捉えれば、その可能性を感じないこともない。長期的な展望で捉えれば、必ずしも悪いこととはいえない気もする。しかし、現実にこれまで小泉政権が推進してきた民営化(?)を考えれば、単にアメリカ資本に「貢いできた」だけともいえる。
96710 『小泉首相は実はアメリカの手先ではないか…』(蘆原さん)

一方、社民・共産が唱えるのはあくまで「野党として」であり、国家を統合していくと言う観点は微塵も無い。相変わらず「福祉の充実」一辺倒であり、国家財政の破綻・制度の破綻は捨象して国家財政へのぶら下がりを貫いている。この「福祉主義」が共同体再生への芽を摘み取り、国民の労働活力をさげ、財政を破綻へと追いやっている諸悪の根源である。(勿論、制度の破綻を捨象しているのは他の党もあまり変わりないが)
96562『ファシズムの根幹は社会福祉』(中村さん)
96742『福祉制度=「お金を使うこと」それ自体が目的であり価値となる異常な制度』(西谷さん)

しかし、この間いろいろな人が投稿されているように、「郵政民営化」が何の防波堤も無いまま行われるならば、340兆円の日本の資産がアメリカ資本に蹂躙されるのは火を見るより明らか。
96344『郵政民営化って何?』(山澤さん)
96641『何故「郵政民営化」が目玉となるのか?」(小圷さん)

そうなると、800兆もの借金を抱えた日本経済(市場)の軟着陸は、いよいよ怪しくなってくる。日本の市場の軟着陸が可能なのは、言い換えれば、国家紙幣を発行可能であるのは、国債のほとんどが日本国内に保有されていると言う前提ではないだろうか?

選ぶべき答えは無いし、庶民が答えを作っていかなければいけない状況には変わりないが、今回の選挙ばかりは行かなければいけない気がしてきた。現在それくらい危機的な状況なのではないだろうか?


匿名希望

鍵を握っているのは「決められない答え探し派」。

選挙戦最後の日曜、NHKの各党主討論では、小泉のワンフレーズの前に勇み足の岡田代表という構図であった。(新党日本の田中党首が小泉政権の実績を問い、またホリエモンや「刺客」を使ったマスコミ選挙のおかしさを指摘したのが、唯一の可能性のように感じられた。)現時点では、各新聞の調査も自民優勢である。

リンク(1)自民は優勢で単独過半数(241議席)の勢い(2)公明は公示前より議席を減らす見通し(3)民主は後退し、170議席を大きく割り込む可能性がある(4)共産、社民はともに1ケタの議席にとどまる見込み。特に都市部での苦戦が報じられている。

リンク
リンク

ただし、民主の支持率の上昇を報じるメディアもある。

リンク

しかし、なによりも注目すべきは以下の部分であろう。

>無党派層に限ってみると今回、小選挙区では、自民、民主両党とも12%で、比例も、両党とも11%と、接戦を演じている。ただ、無党派層では投票政党、候補を決めていない人が依然として約6割を占めており、今後の状況次第では変化もありうる。「投票に必ず行く」と答えた人は77%に上り、有権者の関心は高まっている。(上記読売調査)

「いかなくっちゃ」という意識は高まっている。しかし「答えがない」そこが大衆の本音であろう。最近の路上の皆さんの反応とも合致する。

メディアは何故、6割にスポットを当てないのだろうか? そこにスポットを当てず、現時点で、投票意志を固めている層の反応はどうかを論じれば、必然的に狂信的というかやぶれかぶれの自民支持者+メディア戦略の結果、(真剣に答えを探していない)付和雷同層(ホリエモンの追っかけたち)を味方につけた自民党が優勢に決まっている。しかし、選挙の行方のキャスティングボードを握っているのは6割の「候補者を決めていない層=答え探し派」なのである。

これは明らかな世論操作である。メディアはしっかりと国民が判できるに値する議論を国民に提供する義務がある。その点で、今日のサンディプロジェクトでの田原総一郎のスタンスはしっかりと中身に踏み込んだ議論を提供し、答えに窮したなんと小泉首相は「時間ですから」と退席してしまった。小泉の化けの皮が剥がれた瞬間であった。そして、こうした議論の場をこそ、国民は求めているのに、何故、多くのメディアはそのことに気が付かず、既に答えを決めてしまっている=目先収束度の強い連中の統計結果ばかりを論ずるのか。これはマスコミ自身が目先収束しているからだとしかいいようがないだろう。

そういえば、この選挙中に「マスコミ自身の目先収束」を象徴するような事件が起こった。

リンク 

>田中康夫・長野県知事らによる新党結成に関する報道をめぐり、朝日新聞の長野総局員が田中知事から直接取材したかのような虚偽のメモをねつ造し、同紙がこのメモに基づく記事を掲載していたことが29日、明らかになった。
>朝日新聞が社内調査した結果、西山記者が田中知事に対して取材をしておらず、メモの情報も虚偽だったことが判明したという。
>調査に対し西山記者は「書いたこと自体悔やまれる」と話す一方、「田中知事からこれぐらい聞けるんだというのを(長野)総局長に見せたかったのかもしれない。あとから考えれば功名心だったかもしれない」と話しているという。

今回の選挙は政治体制そのものを動かすところまでには行かないかもしれない。なんといっても、民主党の答えが答え探索派を動かすところまでいっていない。そんな中、答えを探して国民はメディアを注視する。しかしメディアはその答えは愚か、追及の場すら用意してくれない。こんな状況が続けば、マスコミ離れの加速と草の根的な共認形成の場への欠乏は確実に増大していく。

選挙戦中は勿論だが、選挙フィーバーが冷め、祭りの後の虚しさが支配する「選挙の後」こそが実は草の根の共認形成活動にとって、本当の正念場になるのではないだろうか。


山澤貴志

○か×かを判断するだけの民主主義に意味はあるのか?

司会のみのもんた氏が促した。
「郵政民営化に賛成?○か×か、どうぞ!」
真っ先に「○」の札を上げたのは自民党の「刺客」第一号となった小池百合子環境相だった。
「はっきり、イエス」
8月16日朝の情報番組。衆院東京10区の立候補予定者4人が顔をそろえた「生激論」の一幕である。
郵政法案に反対し、自民党から小池氏をぶつけられた小林興起氏は、ちょっと遅れて「○」。
「ほう、○を出しましたね」
みの氏が驚いて見せると、小林氏は声を張り上げた。
「民営化には自民党の大勢。我々を含めて賛成ですよ。このバカげている法案に反対しているだけ。民営化だっていろいろあるのに、一切プロ的な話をしないで・・・」
長々と説明を続けていると、小池氏がズバッと遮った。
「集約して最終的に本会議で採決するわけですから、イエスかノーしかないんですよ」
民主党の鮫島宗明氏は、
「答えらんないな・・・『小泉郵政民営化』には反対ですよ」とためらった末に、
「郵政民営化には賛成です」と「○」。結局、「×」は共産党の山本敏江氏だけだった。

○か×か・・・。単純だが分かりやすいテレビ的な色分けは、小泉首相の政治手法にぴたりと重なる。ちょっと考えこむような理屈はウザいだけ、となるのだろう。

*************(アエラ ’05.08.09 号)

この記事にも関連するが、マスコミの街頭インタビューを見ていて感じるのは、今回の選挙に関して有権者に「郵政民営化に賛成か反対か」の意見表明を求めるマスコミの態度に非常に違和感を持つ。

上記の記事で、小林氏らがいやいや「郵政民営化には賛成です・・・」と言ってしまうのは、『○』を上げる側にいなければ、「悪者」「少数派」になってしまうという危機感からだろう。それが大マスコミらが作りだす「空気」「雰囲気」が原因だ、というのもその通りだと思う。

しかし、このような風景はいわゆる「民主主義」の必然ではないか。考えてみれば、「民主主義」下での方針の決定とは、「多数『決』」を採用する。もちろん「決」を取る前には、時間をかけて議論し尽くす。100人で話をして、100人が同じ方針に賛成するのが理想的な形だろう。しかし、時間的な制約などで「全員の賛成を取るのは無理だ」と判断し、「多数『決』」を取る。

この「多数決」そのものが、元々目先の手法と言える。つまり、様々な角度から追求し、全員が納得できる「答え」こそが本来の方針となるはずが、この追求を途中で断念して「とりあえずどうするか」決めるのが「多数決」である、と。様々な意見や追求は一旦置いておいて、「イエスかノーか」を判断させるのが多数決であり、「民主主義」の最終的な姿。

もし、庶民の側に追求する余裕や、追求できる材料や構造認識があれば、早々と「多数決を取る」「○か×かを判断する」とはならないであろう。しかし、庶民の不全レベルが上がり、(「答え」がないので)切迫感が強まれば、今までの体制には「×」を上げて、何とかしてくれそうな雰囲気を持つ人間に「○」を上げるだろう。そして、「○」を上げられた人間は、その「多数決の結果」「民の総意」を背景にして、ますます助長していくことになる。それは、ファシズムに直結する。

今回の小泉フィーバーに見られるファシズムの影は、「民主主義」と「目先収束」が相乗して織り成している。しかし、それ以上にこれは「民主主義」が行き着く最終的な姿に思える。小泉に「ノー」を突き付けると同時に、民主主義に「ノー」を突き付ける時代が来たのではないだろうか。

内藤琢

小泉さんが唱える郵政民営化のメリットの検証

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大衆は何となく旧観念を捨象しているレベル

今回の衆院選は異常な盛り上がりを見せており、普段は選挙に行かない人も行かなければと思っている人が多いと聞く。その大多数は小泉支持者らしい。一体これほどの選挙に対する関心の高さと、それが小泉支持になるのは何でだろう?

この間の投稿で、マスコミの共認支配の結果であることはよく分かったが(96078、96520、96715参照)、同時に大衆の意識状況の位相も重要なカギを握っているように思う。

思い返せば、郵政民営化法案が衆議院でぎりぎり可決され、参議院で否決されるまでの自民党内の分裂騒ぎ辺りから、大衆の関心は高まっていた。それは、法案自体はどうでもよく、専ら分裂騒動への関心の高さであり、「小泉率いる自民党の分裂(?)、それは秩序崩壊を招く動きのようにも感じるが、何も実現できない首相を叩き出し、新たな安定秩序をもたらす可能性を、僅かながらも抱かせるからではないだろうか。(96379)」とあるように、造反議員たちへの変革期待だったように思う。

しかし、造反議員たちも当初は新党結成の動きさえなく、自民党内に留まりたい未練たらたらの腰砕けの体たらくで、変革期待も一気に覚めていった。その後は小泉の対抗馬攻撃に防戦一方に追い込まれており、変革期待は小泉側に大きく動いていっている。

何であれ民営化することが改革なんだと信じている向きがないことはないであろうが、それはむしろ少数で、造反議員たち(民主党も含めて)と小泉の違いはただ一点、常識派か非常識(変人・奇人)かだけの違いのように思われる(96520参照)。

このことは常識=旧観念ではダメだという意味と、常識破りの強力なリーダーシップ(とことんやり抜く人物)を待望するという意味の二つが考えられるが、小泉の言っていることは旧観念そのものであることから、後者の意味が圧倒的に大きい。ここに最大の危機があり、このままではとことん日本は破壊されていく。

>前者(探求者)と後者(普通の人)の違いは、既成観念を全的に明確に否定したか、全般的に何となく捨象したかの違いにすぎない。しかし、何となく捨象しているだけでは、無意識の内に既に染脳された既成観念に支配され続けることになる。従って、既成観念から脱却する為には、明確に否定し切ることが、決定的に重要になる。(18719)

まだ大衆の意識状況は、旧観念を何となく捨象しているレベルに留まっている。ここに易々と常識破りの暴走を許してしまい、マスコミの共認支配に洗脳される原因があるように思う。

政治的関心の高まりは、収束不全⇒答え探索が一気に高まっている現象といえるので、常識=旧観念ではダメなんだという明確な否定と、本来の答え探索に応え得る新パラダイムへの転換(21495)が急がれる。素人が新たな社会統合機構を作っていけるかどうかは、小泉に負けないリーダーシップをなんで屋が発揮できるかどうかにかかっているように思う。


岡本誠

年金問題

今回の総選挙で国民の最も関心の強いテーマのひとつが年金問題である。郵政民営化の是非を問うということでスタートしたが大方の国民の最大関心事は年金問題である。にも拘わらず各政党とも根本的なビジョンの提示には至っていない。マニフェストを読んでも将来への先送りの感が否めない。自民党は先ず共済年金と厚生年金の一元化を、民主党は国民年金も含めた一元化(3%の消費税アップ含む)を謳っているが、何れも小手先の改革で根本的な解決策にはなっていない。(社民党や共産党案は増税も反対、給付減も反対で論外)

そもそも年金を含む社会保障制度はこのサイトでも何度も取り上げられているように、共同体を失った都市労働者の相互扶助を目的に成立し拡大化してきた。しかし、右肩上がりの高度経済成長の時代が終わり、右肩下がりの少子高齢化の時代を迎えた現在、この制度は根本から見直すべき時期にきた。年金制度についてみると6人の子供が4人の親の扶養をする時代から2人で4人の親の扶養をする時代が近づいている。単純計算でも3倍の負担増になる。これでは制度はもたないし、少々の改革では追いつかない。これが若者の年金離れ、不払いの原因と言われる所以である。

根本的改革は制度を即刻廃止することであるが、暫定的には世代間扶助を止め同世代間扶助に切り替えることである。課題は二つ、年老いて働けなくなったときどうするか、現在の高齢者をどうするのか。この二つの問題とも同じでヒントは共同体にある。現に少なくはなったが農村部では歩けなくなるまで地域の中でともに畑仕事を担っているお年寄りは多い。私の両親もそうであった。しかし都市労働者には畑も田圃もない。確かに農地はないが、それに代わる技術も経験もある。意識の持ち方次第で共同で働く場をつくり供給者にもなれる。問題は65才過ぎれば年金で生活という意識そのものにある。この意識さえ転換できれば農村と同じように本当に動けなくなるまで働くことは可能になる。なにより共同体社会の一員としての役割意識が心身の健康にも繋がっていく。

こうして、大半の高齢者が働くことで年金問題の大方は解決する。それでも年老いて働けなくなったときは同世代間扶助年金で蓄積した年金を利用すれば良い。現在の高齢者の扶養は、まだ時間があり、母数の大きい私たちの世代が引き受ければ良い。それで世代間扶助の制度は終わりとなり、この年金問題は解決する。同時に共同体の中に高齢者問題も包摂され解決されていくに違いない。本源的には経済面より何よりも役割がそこにあることの方が大事な訳で共同体化こそが実現基盤である。


日浦雅俊

もはや「市場」も「国家」も答えにならない

衆院選に向けて、各政党の公約が出揃い、一通り眺めてみたのだが、どうもすっきりしない。
リンク

 例えば、郵政に関しては自民、民主、公明は民営化推進、共産、社民は反対であるが、推進だろうが反対だろうが、どちらも答えになっていないのでは?、という直感がする。

 その理由と答えが、
「超国家・超市場論12 市場の拡大限界は、国家の統合限界でもある」
リンク
 に書いてあった。

> 市場活動によって物的な豊かさが実現すれば(=貧困の圧力が消滅すれば)、必然的に市場は活力源を失って衰弱(=縮小)してゆく。
> これは、明らかに私権闘争の終焉を意味する。そして、私権闘争が終焉したということは、私権闘争の止揚・統合体である国家の命運も、遂に尽きようとしているということに他ならない。実際、バブル期以降の国家の迷走ぶりは、すでに誰の目にも明らかである。
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 各政党が、挙げている選択肢である「民」か「公」か、は、要するに「市場」か「国家」か、ということだ。
 しかし、貧困の圧力が消滅した以上、「市場」は拡大限界を迎え、「国家」は統合限界を迎えた。どちらも命運が尽きようとしている以上、社会統合のための「答え」にはならないのだ。

 じゃあ、何が「答え」なのか?

> カギは、新たな活力源⇒圧力源の創出にある。
> 私権の強制圧力が急速に衰弱してゆく以上、もはや人類は、生存圧力を背景とする私権闘争を圧力源=活力源として生きてゆくことは出来ない。
> 人類の命運は、次の新たな活力源⇒圧力源を自らの手で作り出せるか否かにかかっている。
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 統合階級たちは、「市場」か「国家」か、という、どちらも時代遅れで役に立たない選択肢しか提起できないということが明らかになった。
 しかし、「活力源の創出」という課題に対して、共認運動では、共認心理学、類的活動の供給者作り、副業としての統業など、いくつものヒント、切り口、答えを提起できる。
 
 もはや、「市場」も「国家」も越えた、新しい社会統合機構を、庶民自らが作っていくことしか、「答え」はない。
 投票所に選ぶべき「答え」はないのだ。



阪本剛

マスコミのからくり:::露出≒人気

> マスコミに騙されてはならない。小泉人気とは結局マスコミが自己の延命目的で祭り上げた産物に過ぎないのだから。(96520)

9.11総選挙。公示前の前哨戦ではどうやら小泉優勢だったようだ。マスコミ報道の過熱に歩を合わせるように支持率も上がっている。小泉人気はマスコミが作っている、と言うと、彼らは「小泉を支持している訳ではない。中立である」と反論するかも知れない。確かに、新聞やテレビの論調は、全部が全部、小泉肯定ではない。「やり過ぎ」との周囲の声を拾っているものもある。

しかし、そこに実は、マスコミのカラクリがあるのではないかと思う。報道の中身はどうあれ、中立であろうが多少なり批判的であろうが、今回の選挙が『小泉劇場』として派手に報じられれば報じられるほど、小泉有利になっていくのではないかと思う。

マスコミは、'70年以降、既に共認原理に移行した社会において人々の共認形成を牛耳る位置にいる、評価共認の形成機関である。そして、共認社会において評価共認の強さを最もよく表すものが「注目度」なのだと思う。取るに足りないものは注目されない。注目されているものには(よほどの否定的内容でなければ)何がしか見るべきものがあるのではないかと、無垢な共認回路は働いてしまう。現代、注目度とは即ちマスコミでの「露出度」となる。

芸能人の売出しにも、ヘビーローテーションという類似の手法が使われるし、大衆の冷笑ネタにされているかのように見える最近の若貴問題や杉田かおるにしてもそれは同様だと思う(多分、同情票も含めて個人への信奉者が登場している)。だから、マスコミが小泉個人の一挙手一投足に焦点を当て、派手な露出を演出すればするほど、政策の是非や本当の政治的力量、成果といった本質からどんどん離れて、捏造された個人の評価収束構造に知らずに嵌まっていく人が増えていく。この辺りがまさに、マスコミによる共認支配の恐ろしさだと思う。どうするか。

誰を選んでも大した成果が期待できないまやかしの社会参加である選挙も、大衆の洗脳媒体であるマスコミも一切無視して、粛々と草の根共認運動を進めていくか。これ以上注目を受けないよう、首相というポジションから小泉をとにかく引きずり降ろすべく、投票も含めて可能な限りの方法論を駆使するか。今回ばかりは後者なのかも知れない。


田中素

選挙っていかないといけないの?②・・選挙を目先課題ではなく実現の論理で捉える

しかし選挙も「目先課題」としてとらえるだけではそれこそ「短絡」というべきでしょう。秩序収束を背景にする以上、新しい社会統合組織は現制度=議会制民主主義の中から立ち上がっていくしかないわけで、「市場」同様「議会制民主主義制度」も、乗り越えるべき「現実」です。そして社会統合という点では「市場」よりも「国家」こそが認識闘争の本丸となります。

>もともと本源集団を破壊した性闘争→掠奪闘争を止揚したのは、私権統合国家であり、それ以降、性闘争→私権闘争を統合し、私権(性権→占有権)の共認を核とする様々な法制度を作ってきた国家(国会)こそ、性を私的選択に任せる性闘争のパラダイムを含め、性闘争・私権闘争の全てを包摂し、その在り様を規定している全ての要である。従って、自我・私権を廃棄し、性市場・商品市場を縮小→封鎖する為に不可欠かつ最も有効な場は、私権統合国家そのものである。つまり、本源的な共認圧力=新たな活力を現実化する為に我々が楔を打ち込むべき場は、国家である。

>新たな共認圧力を現実の力=肉体的な活力源として固めてゆく為には、政権の奪取が不可欠である。今や、民主国家(国会)は社会共認に従う存在であり、また、本来国会は共認社会を統合する共認ネットワークの頂点に位置すべき機関である。

>我々の提起する共認闘争は、必然的に新政権の樹立を目指す政権闘争となる。おそらく、共認闘争を担う共認ネットワークを母胎にして、新政権を目指す新政党が結成されることになるだろう。実現論4_6_08

新政党づくりの前に今できることは、現実の社会統合の要をなす選挙における「票」という評価指標を「利権」ではなく「認識」に使ってもらうように切り替えていくこと、ではないでしょうか?現実の市場の評価指標であるお金を「モノ」ではなく「認識」に使うことを通じて、市場という古い現実の中から新しい現実を切り開いていくように。そうした風土を作り出せれば「新党づくり」も決して遠い先の話ではありません。

そういう視点で見るならば(認識の中身はとりあえずさておいて)民主党の岡田氏は従来の政治家には珍しい理論派のリーダーですし、平野民主党幹事長代理に代わって今回の広報担当に着任した枝野氏も理論派です。あるいは新党日本を旗揚げに参加した荒井広幸氏はマスコミからは抵抗勢力と呼ばれているが、その政治主張はしごく真っ当で、アメリカ支配の問題や、小泉政権のごまかしを自民党時代から一貫してはっきりと展開している。そして自ら標榜する「草の根の保守主義」の実践に自信があるからこそ=地元の信頼があればこそ小泉にもモノがいえる。彼も「草の根」の「理論派」といっていいのではないでしょうか。

(荒井氏の「だまされるな!郵政民営化」はわかりやすい良書リンク)

「いかなくっちゃ」でもなく「あきらめ」でもなくしっかり探せば、勿論100点はあげられないとしても比較的真っ当な理論派・草の根派の人材は現在でも政界の各党派にいる。「これはという人がいない」は本当は自分の勉強不足を誤魔化しているに過ぎない。

マスコミ受けねらいのハッタリ派ではなく理論派・草の根派の人材をこそみんなが望んでいるんだ、「いい人がいない」という前に「理論派・草の根派」を探そうという共認形成・・・そこから現実の選挙と付き合っていくべきではないでしょうか?



山澤貴志