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とうとうフクイチ瓦礫、「どこでも好きなだけ焼却可能!」に?

【市川ガイガーがえらい事になっているんだが】
hanayuu はなゆー(太るのは奴らだ)tokaiamaがリツイート
市川ガイガーがえらいことになってるんだが… geocities.jp/gm10_graph/

【tokaiama 誰にでも噛みつく恐怖の東海アマ管理人
市川市の空間線量率がもの凄い値を示していることで、各地の線量を調べたが、今のところ他では異常値が確認されない。ひょっとしたらクリーンセンターで福島の有機物を焼却したりしてないだろうか www1.odn.ne.jp/~cam22440/keis…
8月28日】

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新データがフェアウィンズの分析を支持/放射能汚染が日本と世界に拡大

引き続きEX-SKF-JP  http://ex-skf-jp.blogspot.jp/2011/08/blog-post_24.htmlより転載します。
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プルトニウムが使用済み燃料プールから飛んできたのではなく、炉心由来のものだとすると、はるかに問題が大きいと私は考えます。4月26日のフェアウィンズのビデオを思い出してください。私は3号機の使用済み燃料プールで「即発臨界」が起きたのではないか、とお話ししました。それを裏づけるデータもたくさんありました。建屋の側面に炎が見えたことや、爆発による噴煙が高く上がったことなどです。この爆発によって、原発から1、2マイル離れた敷地外にプルトニウムが飛んだ、と私は仮定しました。原子力規制委員会が考えているのはそれより深刻な状況です。原子炉が壊れ、格納容器も壊れ、そこからプルトニウムが敷地外に放出されたというのですから。

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原発を巡る英国からの評価は【日本は終わった】

原発を巡る英国の評価は「チェルノブイリより遥かに酷い」です。
今や77万テラベクレルという放出量も、飛散した放射性物質の核種やその量も、またその事故原因さえも、外国政府は日本政府の公表を信用していないのです。
olivenews(http://www.olivenews.net/news_30/newsdisp.php?n=112926)より
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 引 用 開 始
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【日本は終わった】 英インディペンデント紙

8月17日の英インディペンデント紙は、福島原発事故を取り上げ「原発事故は日本政府が嘘をつく構造 」「近代日本の終焉」「チェルノブイリより遥かに酷い」と論評した。

皆さんはご存じないが、既に欧州も、アジア諸国も、米国も福島県産食材のみならず広範な日本産食材を独自の国家基準で測定分析し、自国基準に適合しないものは受け入れないこととされている。一方、日本政府は、何らの説得力ある基準値を国民に示せないまま「直ちに影響は無い」「安全だ」などと喧伝し、その放射能汚染された食材を流通させようとしている。

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現実社会の当事者なら認識形成とセットでなければならない。

>学者や文化人やマスコミは、教育や研究や発信を業とする特権階級であり、社会の単なる傍観者に過ぎない。決して現実社会を生きる当事者なのではない。

この一言は、これまで現実を背負った普通の人が、認識面で縛り付けられてきた異常さについて、端的に切開していると思います。

普通の人でも社会について、日常井戸端会議などでよく語ります。最近では、外務省批判や農水省批判、学校批判や小泉批判などが盛んです。批判の中身は、大抵マスコミの解説の転写です。
しかし、井戸端会議は、おかしい!とか、悪い!と批判しても後が続きません。たいていは、一通り批判して、話は尻すぼみに終わってしまいます。

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「実現させる気がない人々」が支配する社会のおかしさ

> 反体制、反身分の共認支配が通用しなくなった今、もはやマスコミは不全捨象の充足報道で誤魔化し続けることでしか生き残ることが出来なくなったということか(暗い話は避けて明るい話でせめて気分だけでも紛らわそうとするしかないのだろう)。

 「学者やマスコミ発の旧観念が役に立たないのは、何で?」

 古代宗教や近代思想など旧観念は、全て飢えと物的貧困の時代に生まれた。誰もが貧しさの中で苦しみ、「困っていた」から、旧観念も受け入れられたし、何らかの慰めを与えることができた。その意味で統合階級もなにがしかの存在意義があった。  

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誤魔化しの充足報道

>確かに、いまさら拉致問題を全面解決しようなど不可能であろう。土下座外交であろうとも、小さな成果があればそれでよしとする政治家の姿勢・マスコミの論調は、不全(課題)捨象の充足基調そのものと捉えられないだろうか。

何年か前の、ワールドカップフィーバーや阪神フィーバーも同じ。
人々は暗いニュースよりも、明るいものに飛びつく。
充足基調に表層収束している。

マスコミは今まで「否定・批判」の報道をしてきた。
でも今は、「とりあえず充足したい」という人々に対して、
不全捨象の充足報道に切り替えている。誤魔化している。

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特権階級という身分

おそらく本来は、大学(学校)は学生(生徒)のために、病院は患者のために、官庁は社会の人々のために存在していて、でもこれは今や単なるタテマエでしかなくて、実際は大学が教授のために、病院が医者のために、官庁が官僚のために運営されている例は珍しくありません。

「わたしも大学教授のはしくれなので、大学のことを言えば、正直なところ、大学という組織は、学生のために役立っている点よりも教授のために役立っている点のほうがはるかに多いと思われる。
終身雇用なので、いったん教授になってしまえば、学生たちにとって有害無益な能無しの怠け者でもクビになることはないし、楽をしようと思えばいくらでも楽ができる。
病院のことはよく知らないが、ピンからキリまであって、医者を守るために医療ミスがあっても必死に隠し、病院経営者が儲けることにしか興味のない病院もあるであろう。
~中略~
それに、大学は学生が、病院は患者がこなくなれば潰れるが、官庁は親方日の丸で潰れることもない。日本には国民のために必要な仕事はほとんどなく、ただ官僚が安定した地位を得て給料を貰うだけのために存在している官庁が非常に多い。※」

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いつの間にか支配されてしまっている・・・

『マスコミが第一権力化したのは何でだろう?』というなんでや屋での問いに対して、「実感としては何となくマスコミに踊らされてるような感覚はあるけど、第一権力化してるってまでは思わない」そもそも「第一権力化って?」とういう反応がよく返ってきます。

僕自身も、マスコミによる共認支配の恐ろしさを初めて実感しています。

そもそも「第一権力化した」ということにみんなが気付かないほど、いつの間にかマスコミの共認支配は強まっている。これは本当に恐ろしい事だと思います。
『いつの間にか支配されている』。このことがまさに『マスコミが第一権力化した』ことを物語っているのではないでしょうか。

マスコミのいい加減さに対して腹を立てる人も出てきているとは思いますが、それが政治家よりも軍隊よりも資本家よりも、権力を握っているということまではおそらく感じていないでしょう。

マスコミの共認支配が閉塞の元凶、そして真犯人である。そして今攻撃されるべきなのはまさにマスコミである、という認識を広めていく事、それがまず突破口になると思います。

それと同時に、

>普通の一般庶民がマスコミに変わって自ら共認の場を作りそこに参加し、現実の実感を拠り所に現実の役に立つ新しい観念を生み出すこと

マスコミの共認支配から脱却して、みんなの潜在思念に立脚し、実感にフィットした新理論を生み出していく。そして『みんなで』共認形成していくことが求められる。

それらを同時に成し遂げられるのが、なんで屋なんだ!と思います。



浅田祥幸

共認力だけが制覇力と統合力を兼ね備えている

> 実は「力」のパラダイムは既に、「武力」<「経済力」<「共認力」に転換している。

最近、「制覇力」と「統合力」という概念を聞きました。マスコミが第一権力化する前には「経済力」が制覇力だったのなら、なぜ資本家や財閥が第一権力者ではないのか?という疑問に対する答えです。

武力や経済力は序列闘争の勝ち負けを制する制覇力ではあるが、単にそれを所有しているだけでは人間社会は統合できない。つまり統合力たり得ない。社会を最終的に支えているのは常に秩序や制度を成立させる力=統合力の方だということです。これが動物と人間で大きく異なる点だと。

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政治家からマスコミへの権力移行の流れ

>70年貧困が消滅し、生存圧力を克服したとたんにこの絶対的な序列意識が音を立てて崩れていったように思います。70年当時の田中角栄首相も初めはマスコミに家を建ててやるなどして懐柔していましたが、最終的にはロッキード事件で失墜させられたのを皮切りに、その後の宇野首相の妾によるスキャンダル暴露など有力者が悉く力を失っていった事が序列崩壊を端的に現しているように思います。

確かに'88のリクルート事件後に中曽根内閣を継いだ宇野首相('89)は上記の通り。海部内閣で一時凌いだものの、'91バブル崩壊後、証券疑惑が相次ぐ金融不祥事、'92宮沢首相は従軍慰安婦問題も謝罪して乗り切ろうとした矢先、佐川急便事件からゼネコン疑惑へと続いて、踏んだりけったり。新党ブームで担がれた'93細川政権以降、連立政権で何とか体裁を整えているのは今も変わりません。

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同じ穴のムジナにならないように

凶悪事件が起きるたびに「加害者にも人権がある」と叫ぶ一派には、いつもながらうんざりさせられます。一方、一部のメディア(特に週刊誌)は、いわゆる「人権派」を、人権を商売にしている「人権屋」と呼んで蔑視しています。ところがそう言っている彼ら自身、「被害者の人権をどうするのだ!」と正義漢ぶって叫ぶことで商売しているのですから、本質的には同類。

>所詮そこで語られていた内容は「反や否定」の意識を言葉にしたものでしかなく

「正義の味方」がジェスチャーに過ぎず、実はもうけ第一である証拠に、状況によっては平気で被害者を傷つける記事を書きます。そしてそれを正当化するのが「表現の自由」ときたものです。

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マスコミの共認支配

私は最初、政治家や官僚はともかく、マスコミが支配階級だという事に今ひとつピンと来ませんでした。
マスコミだって一つの職業にすぎないのではないかと考えていました。
新聞社やテレビ局も、一企業に過ぎないくらいの認識でした。

しかし、世の中の統合軸が皆の共認によって成立している、共認支配によって成り立っていると考えたとき、共認域を形成するという場面でマスコミは圧倒的な力を持っていると考えれば、マスコミこそが最大の支配階級なのだということに納得が行きます。

しかし、多くの人は、現代社会がマスコミに支配されているという事に実感が沸いていないと思います。当のマスコミ自体にもそうした自覚や意識があるとは思えません。

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マスコミの第一権力化

序列原理の前提にあるのが生存圧力であり、それを克服したことで、漸く統合原理を本能原理から共認原理に進化させる可能性、根本的な共認原理の実現可能性が開けたと言えるのでしょう。


生存圧力を克服した事によって社会の統合原理が本能原理から共認原理へと転換したというのは、日本でいえばマスコミが70年代から力を持ち始めた事と非常に重なります。

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グローバル化の旗手は国益保護へと路線転換

「国家統制に傾斜する米国」
米国主導で突っ走ってきたグローバル資本主義が、完全に行き詰まりをみせてきた。 市場主義という米国基準を世界に押し付け、資本を吸い上げる「いいとこ取り」の手法は壁にぶつかり、米国も世界も混沌の時代に入った。 米国に蔓延するのは手のひらを返したような「愛国主義」と国家による過剰介入だ。剣呑な時代を日本はどう乗り切るべきか。

雑誌「ウエッジ」の冒頭には、このような見出しで米国の路線転換を論じている。
具体的に追ってみると、

・テロを機に民間支援の禁を破り航空業界向けに150億ドルの救済支援。
・鉄鋼業界では、自由化どころか緊急輸入制限を打ち出した。
・マイクロソフト社に対する独占禁止法違反の訴訟を取り下げ、和解へ。
・財政政策では、減税を中心に1000億ドル規模のテコ入れ。
・金融政策では、FRBがFF金利を1.75%という超低金利で金融緩和。
・景気テコ入れとして、自動車ローンの金利をゼロに。

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私権秩序の根幹は身分序列にあったのでは?

>貧困が厳然としてあった70年までであれば、「貧乏人は麦を食え」といった特権的な身分意識まるだしの発言(池田首相’50年)も可能でした。池田首相にはこの他にも「(中小企業の)五人や十人倒産し自殺しても国民全体の数からみればたいしたことはない。国家財政をたて直すという基本政策のもとで多少の犠牲はやむをえない」という発言もある。(いずれも分相応、貧乏人は黙ってろ!という「私権規範」を下敷きにした発言である)。

しかし1960年代後半以降、人権と福祉を基本スローガンとして掲げる革新首長の続出、更にはそれを受けての自民党・田中角栄の福祉政策への転換などの一連の事態の推移は、「貧困の消滅によってもはや私権規範(貧乏人は黙ってろ)では統合できない」という統治者側の状況認識 の変化があったことを示しています。つまり国民大衆の「共認」を得ない限り最早社会は統合できなくなった、という決定的な変化が起こったということを示しています。

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マネー経済拡大の原因 グローバリゼーション

マネー経済拡大の原因を考えていくうちに、どう考えてもアメリカが疑わしく思えてきました。これはアメリカの支配戦略の一環に違いないと言うことです。以下のように戦略的にマネー経済化の誘導を果たしたのではないでしょうか?

金融市場を戦略的に利用する方法としてグローバリゼーションが立案されたこと。これにはアメリカの支配戦略が大きく関わっているように感じます。1980年代の世界は、ソ連の力の衰えが明白になり、軍事力ではもはや敵はいない。逆に市場では日本の経済的な強さとアジア諸国の成長性の高さが際だち、アメリカは産業の弱さと三つ子の赤字に苦しんでいた。そこでこの市場で優位に立ち、アメリカのヘゲモニーを確立する必要があったわけです。
 

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環境問題への関わり方

環境問題はどの視点から見るかが大切なことだと思います。
本来はどの視点とかの問題ではないかとも思いますが・・・

今、日本には車が溢れかえっています。
車があることによる環境負荷は非常に大きいと思います。
車自体の燃料、排ガスはもちろん、車があるために道路が舗装され、
新しく作られる。
そして、毎年何万もの人が交通事故で亡くなっています。

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根拠を問うことで共認闘争を挑む

>「旧観念無用」には素直に納得するが、それ以上先にはなかなかすすめないのではないでしょうか・・・すっと意識転換を促すことができる言葉の必要性を感じます<

 「平等」に限らず、「平和」だの「民主主義」だの、似たような旧観念は私たちの周りに無数にあり、そのいずれもが、目指すべき社会像を導く根本思想のように、特に中高年世代には信じ込まれています。

 

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新しい認識の必要性

確かに、最近テレビが面白くないと感じます。(事実、私はテレビをあまり見ません)マスコミが視聴率獲得の為に発信する情報、評論家などの発信者階級が撒き散らす的を得ない旧観念、それを受けることによって起こる受信者の発信欲求、人々の意識の変化。様々な要因が考えられます。

 しかし、私はテレビ及びマスコミはあまり変わっていないと感じています。例えば、過去においてもマスコミは視聴率獲得を目的としていました。そして、ニュースは現実を映し出す発信媒体として、少なからず新しい認識を得るために役に立っていると感じています。(もちろん、役に立たない番組も数多くあり、過去に比べ多くなってきたと感じていますが)

 

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「人それぞれ」など実在したためしがない。

過去から現在に至るまで、「人それぞれ」であることによって何かを実現できたためしはない。実態として「人それぞれ」とはどんな状態なのであろうか。

家庭を構成する家族が、みんなそれぞれ勝手に生活しているのであればそれは家庭崩壊というのではないのだろうか。学校ならば学級崩壊である。
市場における企業には、「利潤の追求」という、成員の共通目標がある。仕事は「人それぞれ、好きなようにやっていれば良い。」などと考えている人などいない。お金のためであれ、なんであれ共通の目標に反する行為など許されない。

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テレビは病原菌

テレビが面白くない理由を考える前に、テレビはなぜ必要なのかとうい疑問が湧いてきた。私はテレビは様々な情報を得るためのものだと考えてきたけれども、実際テレビの情報が正確どうかなのかどうか、私が今必要としている情報だけを得ることができるのか、と考えるとテレビを見るよりも新聞やインターネットだけで十分なわけであって、テレビの必要性や信憑性がなくなっていることがテレビが面白くない理由になってきているのではないかと思う。

>届けられるニュースもマスコミという機関を媒介させることで、我々に届くニュースにはマスコミ自体の先入観や余計な尾鰭までが付いてきてしまう。

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マスコミの武器と認識形成サイトの課題 取材権の独占に対して

マスコミが共認を支配している力の基盤はこの間議論されてきたように、彼らが人々の代償充足の欠乏を需要源としていることにある。しかしメディアの報道に対する、大衆の胡散臭さの感覚の増大や、代償欠乏の衰弱に伴って、人々は潜在意識は事実探索や答え欠乏に向かいつつあると考えられる。だとすれば、なお残るマスコミの武器とは何か?が次に問題となる。
今、マスコミが尚共認形成を独占しえている、その実態的な力の源は、取材権の独占と供給体制の独占に在るのではないだろうか?

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役割としての情報発信

>受動的にニュースを受信するままでは、偽物の中からまだマシに見える情報をより分けているだけで、結局偽物を掴まされるにすぎないのですから。

テレビ・ラジオ。新聞・雑誌。みんな受動的。
特に、テレビはつけっ放しにしておいたら、ニュースだけでなく、音楽・娯楽、24時間いろんな情報が、刺激的な音楽・画像付きで流れてくる。人間はただぼーっと見てるだけでいい。これ以上ない、っていうくらい受動的。
昔の人はテレビから「頭が悪くなる電波が出てる」って言ってたけど、それって結構ホントのことかも。

それに比べて、インターネットは、接続するだけではダメで、こちらから検索しないと、情報を入手できない。発信しているのは、マスコミという「専業者」だけでなく、世界中の「普通の人」。「商売抜き」で、いろんなHPを作っている、いろんな人がいる。そこがいいと思う。

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「マスコミ」という現代の「宗教団体」

◆マスコミは何をしているのか?

 マスコミが日々行っているのは、観念を頒布して、人々に共認充足を与えることです。

 では、マスコミが登場する以前に、これと同じ事をしていたのは、何かと言えばそれは宗教です。
 権力支配から脱却できない人々に、超越的な存在への信仰を与えることで、宗教は強力な権力を獲得することに成功しました。

 「自分たちを信じさえすれば、必ずいいことがある」という宗教の論理は、そのまま、マスコミの論理と同じです。

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思考を停止させるマスコミ

久しぶりにテレビを見ました。
ワイドショーや娯楽番組のくだらなさは言うまでもありませんが、まだマシかなと思っていたNHKですら見ているだけで疲労感が出て来ます。1日中テレビをつけ夕方にもなってくると、なんともいえない疲労感や虚脱感が残り自分の思考がどんどん停止していく感覚と今日一日無駄に過ごした思いに恐ろしさを感じました。

マスコミが語る言動にことごとく違和感を覚えたのは皆さんと全く同じですが、何より恐ろしく感じたのは共認支配という点です。

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『傍観者であること』を専門の職業にしたのがマスコミ

この間のマスコミに関する投稿を読んで、マスコミの存在自体に対する犯罪性を強く感じました。今までのるいネットの議論の中でも言われてきたように、一握りの誰に選ばれたわけでもない専門家が、社会統合を担うのはおかしいってうこと。更に傍観者の立場では、何をしても非現実にしかならないということ。

そしてマスコミは、正にこの両方を備えている構造にあるってことに気が付いた。というか『傍観者』であることを、専門の職業にしてしまっている。これでは、その仕事といったら「傍観者」の大量生産に他ならないって思った。

当然そこから発せられる言葉は、どんなに現実の事件を扱おうが、『ひとごと』以外の何者でもなく、正に傍観者そのもの。そしてそれを見る私たちは、更に二重の傍観者であることになる。以前、演者と観客の話があったけど、正にマスコミ対視聴者も全く同じ構造にあるって思った。

まずこの構造をしっかり認識する事。これが脱マスコミに不可欠だと思う。

森本亜希子

マスコミが最後の権力者?

>権力者の不正を許さない(または密室性を廃し透明にせよという)人々の監視圧力の高まりを是と感じる一方で、それで何か好転したのか、益々閉塞感は強まっているではないかという根本的な疑問も生じます。

マスコミは日々、国家や市場(企業)を叩くけど、彼らはすでに力を失っていると思います。
実際、政治家になりたいっていう人もお金持ちになりたいっていう人も少なくなったし、身分やお金が人々の共認によって力を持つものだとしたら、そこには、「他に代わるものがないので」というだけの引力しかありません。

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三文脚本家としてのマスコミ

新聞社の公式のHPにQ&Aのページがあり、「どんな人が記者に向いていますか?」の問いに新聞協会は次のように答えている。(子供向けだけにストレートに答えている)
>記者には「やじ馬根性」が欠かせない。やじ馬は人の知らないことを見たり、聞いたりして第三者に伝え、「へぇー」とか「すごーい」という反応に接して満足する。
記者は出来事や話題ものを取材して、紙面を通して一般の人に情報を伝達する。したがって、やじ馬根性、つまり好奇心がおう盛であることが求められる。もちろん、責任感と正義感を備えたやじ馬(??)であることが必要。(以上http://www.chugoku-np.co.jp/c-hanb/nie/qa1.html#q9)

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社会不全の元凶は「官僚のごまかし」以上に「マスコミのごまかし」にある

外務官僚との戦いの急先鋒だった田中真紀子の辞職は、新聞の号外まで出て、格好のおしゃべり=スキャンダルネタを提供したようです。社会統合は皆によって半専任組織として営まれなければ、官僚組織の存続自体が自己目的化し、そのため不正や隠ぺい工作が常套化するという構造認識を理解していると、なにをそんなにさわぐんだ、という気もするのですが、、。そうした新しい認識がなければ、人々は蓄積された「社会不全」を解消させるとりあえずそのはけ口=代償充足として「真紀子も同じ穴のムジナだったのか」てなおしゃべりに向かうのかもしれません。

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芸能か、認識形成か

生存圧力の衰弱に伴って、社会はドラスチックな展開を見せている。
生存圧力(私権の強制圧力)の衰弱は、既に日本においては1960年代からスタートし、1980年代で完全に物的な飽和状態を迎えた。物的欠乏が二義的になり、その結果現れたのは、私権時代に刻印された共認非充足状態→代償充足の欠乏に応える、芸能(歌謡、演劇、スポーツ等)の大衆化である。(正確には生存圧力から脱した支配階級から、その欠乏は顕在化し始め、市場の拡大と共に増殖し、貧困の消滅で一気に拡大した。)

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